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25:ヒロイン

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クロードは与えられた選択を決めるためにも王宮にアンナを招いた。

「嫌よ! 誰かとクロードを共有するなんてっ!」

アンナは青い瞳に涙をためて悲劇のヒロインのような素振りをした。

「クロードだって好きでもない人と無理やり結婚するなんて嫌でしょ」

王族であるかぎり、結婚は好き嫌いの問題ではないのだと、今のクロードならはっきりとわかる。

「君と結婚するためなら、継承権を放棄してもいい」

自分の覚悟を伝えるとアンナは複雑そうな表情をした。

「……こんな展開知らない。どうなってるの」

小さくこぼした彼女の声は完璧にはききとれなかった。

「ダメよ! そんなことしたらクロードは王子じゃなくなっちゃうじゃない!」

「君と結ばれるためならそれでもいい。愛しているんだ」

きっとアンナなら笑って受け入れてくれるはずだ。彼女は心優しい博愛者なのだから。

「私がよくない! 王子であるクロードを攻略してじゃないと逆ハーエンドにならないのに……」

アンナは血走ったような瞳で、爪を噛みながら狂ったようにぶつくさと何かを言っている。

「アンナ……?」

「会場にはクリスも断罪に参加したから好感度があがっていると思ったのに、そっけないし。それに隠しキャラが誰かわかんない。けど、まだジャンが残ってる」

彼女の言っている言葉の殆どがわからない。

クリスとは、ジョレアン公爵令息、いや今やジョレアン公爵になったクリストフのことだろう。ジャンはレンヌシー侯爵令息だ。その他にも貴族の子弟の名前がいくつかあがった。

「アンナ、どうしたというんだ?」

「っるさい。……あっ! 違うの。えっと、クロードごめんなさい。少し混乱していて。考える時間をちょうだい」

時間なら十分あったはずなのだ。パーティーが終わってもう数日も経っているのだから。

セリーヌ嬢とその母親は修道院へと送られ、ジョレアン前公爵は密かに処刑されることが決定した。

「……わかった」

「ありがとう、クロード。愛しているわ」

アンナは青い瞳を細めて笑みをうかべたが、その笑顔が不気味に思えた。

ぞっとするような、別のなにかに見えた。

こんな人だっただろうか。愛していた人は本当にこの人だったのだろうか。


アンナが去った部屋で頭を抱えた。





◇◇◇◆◆◆◇◇◇




世間は今、オートゥイユ夫人の話で持ちきりだ。

『稀代の悪女、とうとう王宮から追放。

王をも騙して逢い引きをする。その相手は伯爵令息を名乗った詐欺師。宝石商を名乗った仲間から巨額の装飾品を買わせ、それを回収するという詐欺集団だった。王もとうとう怒り王宮および社交界から永久追放となった』

新聞の見出しには物語のようで読む人を引き付けた。

さらに読むと、オートゥイユ夫人の悪行や彼女がこれまで散財してきた価格なども載っており、その真偽は定かではない。

ただ、世間はオートゥイユ夫人の悪逆に対して王妃に同情的である。

『聖母のような王妃は慈善活動を惜しまない一方で悪魔のオートゥイユ夫人は自身がのった馬車で子供をひき殺す』などといった、過去の話も新聞に取り上げられていた。

この手の話題はさめることなく、王妃の善行と王の英断を称える声があがった。


「あの断罪がなかったようだ」

クロードは気分をかえるために庭園を歩いていた。

あれからアンナには会えずにいた。会ってしまえば最後、きっと落胆するような気がした。

あれほど愛だの正義だのを振りかざしていたというのに、その全てが意味がないように思えた。


ふと、この先を曲がれば王妃の庭園に続く道であることに気付き足を止める。

「先へ進まれますか?」

目の前の兵士が確認した。

決して王妃の庭園に立ち入ることを禁止されてはいなかった。

ただクロードは過去の思い出からか好んで入ろうとしなかった。

「母上はいらっしゃるのか?」

兵士に問うと「いいえ」とこたえた。

ふとあの噴水が見たくなり、先へ進むことを決めた。

いつまでも過去に囚われているわけにはいかない。

一人でこの場を歩くのは初めてかもしれないと咲き誇る花々を見ながら歩く。

すると女性の楽しげな笑い声が聞こえてきた。

先ほど兵士は王妃クラウディアはいないといっていた。王女レティシアの声でもない。

限られた者しか入れない庭園にいるのはいったい誰なのかと気になって体が動いていた。

その場ははからずも噴水がある広場であった。

その場にいたのは、シルバーブロンドが美しい令嬢が侍女たちと楽しげに笑いあっていた。

「クリスティーナ嬢であったか」

「ご機嫌麗しゅう、王太子殿下」

プロンベルト侯の息女は淑やかに挨拶をした。

「殿下のお邪魔をしてしまいました。失礼します」

どこか気まずそうにしてクリスティーナは立ち去ろうとした。

「まっ、待ってくれ」

クリスティーナのヘーゼル色の瞳が驚いたように揺れた。

クロードが彼女を止めるなど思ってもいなかったようだ。

「少し話をしないか」

なぜこんなことを言ったのかわからない。ただ、誰かに相談したかっただけかもしれない。第三者に話したかった時に、たまたま居合わせた彼女を引き留めただけかもしれない。

「わかりました」

クリスティーナは何かを察して、侍女らを少し離した。

「俺が怖いのか?」

クリスティーナは礼儀正しくその場にいたが、どこかおびえているように感じた。

それもそうだ、彼女たちを歓待するパーティーで婚約者を断罪したのだ。女として、そのような相手を怖がらないわけがない。

「怖くないと言えば嘘になります。ですが、殿下の事情も知らず一方的に決めつけるのもよくないことです。それに何かお悩みのようですから」

そのような人を放っておけないとクリスティーナは気丈に振る舞った。

「すまない」

こんな話を他国の令嬢にするべきではないのかもしれない。だが、彼女の寛容さに一つまた一つと溢すように話をした。

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