上 下
10 / 28

9:過去ー我が子

しおりを挟む
カトリーヌとは、クラウディアが妊娠した際に王妃が増員した侍女の一人であった。

派手な美人であり、献身的な人物ではなかったが毒にも薬にもならない。そんな人物だと思っていた。

「……そう。王太子殿下に伝えてちょうだい。彼女を愛妾にするようにと。そうね、未婚のままなのは外聞が悪いわね。リズ、いい結婚相手はいないかしら」

「……妃殿下」

リゼットが心配そうな声音で名前を呼んだ。

まわりの侍女たちも悲しそうな顔をして少し狼狽していた。

「あら? どうしたのかしら。ハンカチーフをくださる」

わけもなく涙がこぼれた。

今の感情が悲しいだとか怒りだとかそいったものであるかもわからず、困惑のうちにハラハラと涙がこぼれた。

「オートゥイユ男爵などどうでしょう」

リゼットがレースの柔らかなハンカチを差し出しながら言った。

オートゥイユ男爵がどのような人物で、どのような地位なのかはわからないが、形式的なものであるのだから問題ないだろう。それにリゼットのいうことなら信頼できる。

「そうね。そうしましょう。そこの貴女、殿下にそうお伝えくださる」

「わかりました」

赤毛の侍女はどこか使命感に満ちた顔をして出ていった。

まわりの侍女たちも目覚めたクラウディアを献身的に世話をした。

クラウディアは他国から嫁いできた身であったが、まわりから慕われていた。

社交的で笑みを絶やさず、誠実で苦労を表に出さない。そんな彼女が涙を流せば誰でも困惑し、女であっても庇護欲に刈られるだろう。

しかも彼女はまだ十代であり、まわりは彼女よりも年上である。

「リズ、もう少し休みたいわ。誰もいれないでほしいの」

「わかりました。お食事でも用意しておきますわ。ゆっくりおやすみください」

リゼットたちが出ていき誰もいない中で一人になる。

自分の感情がわからなかった。

カトリーヌを愛妾に迎えるように言ったのは強がりからではなかった。

この国では王侯貴族が不倫をすることは社交界では一般的であり、一種のステータスともなっていた。

これまでアルフレッドが公妾を迎えなかったのが不思議なだけであり、国王は愛妾を含めてすでに十を越えていた。

だから怨み言を言うのは間違っているとはわかっていても裏切られた気持ちだった。

「ふふふっ、ハハハ。子どもはとられ、生死をさ迷っている間に夫は別の女と寝ているなんて。なんて滑稽なんでしょう。喜劇の題材にぴったりじゃない」

アルフレッドを信じていたのだ。彼が向けてくれている愛情が本物であることを。

それを受け入れようとしていた自分が本当に滑稽だ。

ベッドの上で目蓋を閉じればまた涙が滲んで、全てを忘れるようにまた眠りにつこうとした。

「ディア」

今、一番聞きたくない声が聞こえて眉をひそめた。

「なぜ貴方がここにいるのですか? 誰も入れないように言ったはずですが」

「気がついたときいて駆けつけたのだ。身体は大事ないか? お腹がすいているだろう、何か用意をさせよう。クロードの話はきいたか? 君に似た可愛い……」

「今その話をする必要がありますか? 今の私には休むことが必要なのですが」

アルフレッドの声が妙に耳障りに感じて強い語調で言ってしまった。

どうにも感情のコントロールが思うようにいかず、目覚めてから泣いたり怒ったりしてばかりいる自分がなさけない。

「すまなかった」

何に対する謝罪なのかアルフレッドはそう言って出ていった。


その後もアルフレッドに対して以前のように接することができず、時おり辛く当たってしまう。

「ディア、クロードにあってみないか」

体調も回復した時にアルフレッドがそういった。

断る理由もなくナニーに抱かれた小さな生き物と初めて対面した。

腕に抱きのぞき見ると、薄い金色の髪に大きな青緑色の瞳がこちらを興味深そうに見ていた。そして目があうと嬉しそうにニッコリと笑った。

「君に似た天使のような子だろ」

アルフレッドは愛おしそうに言ったが、クラウディアにはその気持ちがわからなかった。

全く可愛く感じなかった。

必死にこちらに小さな手をのばしているのに、それを冷たく見下ろす自分がいた。

長くは抱いていられずに直ぐにナニーへと渡した。

「今後も養育は王妃陛下がするとおっしゃっているようです。私はそれにしたがうつもりです」

「母の言うことに従う必要はないんだ」

「いいえ。祖国でも子弟の養育はナニーやガヴァネスに任せていました」

「だからといって全く関わらないわけではないだろう」

「私がいいと言っているのです! ……大きな声をだして申し訳ありません。必要があればそうします」

無意味に声を荒らげてしまい気まずく視線をそらした。

「……そうか。わかった」

アルフレッドは責めることもなくそう言って引き下がった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

【完結】「婚約者は妹のことが好きなようです。妹に婚約者を譲ったら元婚約者と妹の様子がおかしいのですが」

まほりろ
恋愛
※小説家になろうにて日間総合ランキング6位まで上がった作品です!2022/07/10 私の婚約者のエドワード様は私のことを「アリーシア」と呼び、私の妹のクラウディアのことを「ディア」と愛称で呼ぶ。 エドワード様は当家を訪ねて来るたびに私には黄色い薔薇を十五本、妹のクラウディアにはピンクの薔薇を七本渡す。 エドワード様は薔薇の花言葉が色と本数によって違うことをご存知ないのかしら? それにピンクはエドワード様の髪と瞳の色。自分の髪や瞳の色の花を異性に贈る意味をエドワード様が知らないはずがないわ。 エドワード様はクラウディアを愛しているのね。二人が愛し合っているなら私は身を引くわ。 そう思って私はエドワード様との婚約を解消した。 なのに婚約を解消したはずのエドワード様が先触れもなく当家を訪れ、私のことを「シア」と呼び迫ってきて……。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

婚約破棄ですか?勿論お受けします。

アズやっこ
恋愛
私は婚約者が嫌い。 そんな婚約者が女性と一緒に待ち合わせ場所に来た。 婚約破棄するとようやく言ってくれたわ! 慰謝料?そんなのいらないわよ。 それより早く婚約破棄しましょう。    ❈ 作者独自の世界観です。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかし、正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

処理中です...