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9:過去ー我が子
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カトリーヌとは、クラウディアが妊娠した際に王妃が増員した侍女の一人であった。
派手な美人であり、献身的な人物ではなかったが毒にも薬にもならない。そんな人物だと思っていた。
「……そう。王太子殿下に伝えてちょうだい。彼女を愛妾にするようにと。そうね、未婚のままなのは外聞が悪いわね。リズ、いい結婚相手はいないかしら」
「……妃殿下」
リゼットが心配そうな声音で名前を呼んだ。
まわりの侍女たちも悲しそうな顔をして少し狼狽していた。
「あら? どうしたのかしら。ハンカチーフをくださる」
わけもなく涙がこぼれた。
今の感情が悲しいだとか怒りだとかそいったものであるかもわからず、困惑のうちにハラハラと涙がこぼれた。
「オートゥイユ男爵などどうでしょう」
リゼットがレースの柔らかなハンカチを差し出しながら言った。
オートゥイユ男爵がどのような人物で、どのような地位なのかはわからないが、形式的なものであるのだから問題ないだろう。それにリゼットのいうことなら信頼できる。
「そうね。そうしましょう。そこの貴女、殿下にそうお伝えくださる」
「わかりました」
赤毛の侍女はどこか使命感に満ちた顔をして出ていった。
まわりの侍女たちも目覚めたクラウディアを献身的に世話をした。
クラウディアは他国から嫁いできた身であったが、まわりから慕われていた。
社交的で笑みを絶やさず、誠実で苦労を表に出さない。そんな彼女が涙を流せば誰でも困惑し、女であっても庇護欲に刈られるだろう。
しかも彼女はまだ十代であり、まわりは彼女よりも年上である。
「リズ、もう少し休みたいわ。誰もいれないでほしいの」
「わかりました。お食事でも用意しておきますわ。ゆっくりおやすみください」
リゼットたちが出ていき誰もいない中で一人になる。
自分の感情がわからなかった。
カトリーヌを愛妾に迎えるように言ったのは強がりからではなかった。
この国では王侯貴族が不倫をすることは社交界では一般的であり、一種のステータスともなっていた。
これまでアルフレッドが公妾を迎えなかったのが不思議なだけであり、国王は愛妾を含めてすでに十を越えていた。
だから怨み言を言うのは間違っているとはわかっていても裏切られた気持ちだった。
「ふふふっ、ハハハ。子どもはとられ、生死をさ迷っている間に夫は別の女と寝ているなんて。なんて滑稽なんでしょう。喜劇の題材にぴったりじゃない」
アルフレッドを信じていたのだ。彼が向けてくれている愛情が本物であることを。
それを受け入れようとしていた自分が本当に滑稽だ。
ベッドの上で目蓋を閉じればまた涙が滲んで、全てを忘れるようにまた眠りにつこうとした。
「ディア」
今、一番聞きたくない声が聞こえて眉をひそめた。
「なぜ貴方がここにいるのですか? 誰も入れないように言ったはずですが」
「気がついたときいて駆けつけたのだ。身体は大事ないか? お腹がすいているだろう、何か用意をさせよう。クロードの話はきいたか? 君に似た可愛い……」
「今その話をする必要がありますか? 今の私には休むことが必要なのですが」
アルフレッドの声が妙に耳障りに感じて強い語調で言ってしまった。
どうにも感情のコントロールが思うようにいかず、目覚めてから泣いたり怒ったりしてばかりいる自分がなさけない。
「すまなかった」
何に対する謝罪なのかアルフレッドはそう言って出ていった。
その後もアルフレッドに対して以前のように接することができず、時おり辛く当たってしまう。
「ディア、クロードにあってみないか」
体調も回復した時にアルフレッドがそういった。
断る理由もなくナニーに抱かれた小さな生き物と初めて対面した。
腕に抱きのぞき見ると、薄い金色の髪に大きな青緑色の瞳がこちらを興味深そうに見ていた。そして目があうと嬉しそうにニッコリと笑った。
「君に似た天使のような子だろ」
アルフレッドは愛おしそうに言ったが、クラウディアにはその気持ちがわからなかった。
全く可愛く感じなかった。
必死にこちらに小さな手をのばしているのに、それを冷たく見下ろす自分がいた。
長くは抱いていられずに直ぐにナニーへと渡した。
「今後も養育は王妃陛下がするとおっしゃっているようです。私はそれにしたがうつもりです」
「母の言うことに従う必要はないんだ」
「いいえ。祖国でも子弟の養育はナニーやガヴァネスに任せていました」
「だからといって全く関わらないわけではないだろう」
「私がいいと言っているのです! ……大きな声をだして申し訳ありません。必要があればそうします」
無意味に声を荒らげてしまい気まずく視線をそらした。
「……そうか。わかった」
アルフレッドは責めることもなくそう言って引き下がった。
派手な美人であり、献身的な人物ではなかったが毒にも薬にもならない。そんな人物だと思っていた。
「……そう。王太子殿下に伝えてちょうだい。彼女を愛妾にするようにと。そうね、未婚のままなのは外聞が悪いわね。リズ、いい結婚相手はいないかしら」
「……妃殿下」
リゼットが心配そうな声音で名前を呼んだ。
まわりの侍女たちも悲しそうな顔をして少し狼狽していた。
「あら? どうしたのかしら。ハンカチーフをくださる」
わけもなく涙がこぼれた。
今の感情が悲しいだとか怒りだとかそいったものであるかもわからず、困惑のうちにハラハラと涙がこぼれた。
「オートゥイユ男爵などどうでしょう」
リゼットがレースの柔らかなハンカチを差し出しながら言った。
オートゥイユ男爵がどのような人物で、どのような地位なのかはわからないが、形式的なものであるのだから問題ないだろう。それにリゼットのいうことなら信頼できる。
「そうね。そうしましょう。そこの貴女、殿下にそうお伝えくださる」
「わかりました」
赤毛の侍女はどこか使命感に満ちた顔をして出ていった。
まわりの侍女たちも目覚めたクラウディアを献身的に世話をした。
クラウディアは他国から嫁いできた身であったが、まわりから慕われていた。
社交的で笑みを絶やさず、誠実で苦労を表に出さない。そんな彼女が涙を流せば誰でも困惑し、女であっても庇護欲に刈られるだろう。
しかも彼女はまだ十代であり、まわりは彼女よりも年上である。
「リズ、もう少し休みたいわ。誰もいれないでほしいの」
「わかりました。お食事でも用意しておきますわ。ゆっくりおやすみください」
リゼットたちが出ていき誰もいない中で一人になる。
自分の感情がわからなかった。
カトリーヌを愛妾に迎えるように言ったのは強がりからではなかった。
この国では王侯貴族が不倫をすることは社交界では一般的であり、一種のステータスともなっていた。
これまでアルフレッドが公妾を迎えなかったのが不思議なだけであり、国王は愛妾を含めてすでに十を越えていた。
だから怨み言を言うのは間違っているとはわかっていても裏切られた気持ちだった。
「ふふふっ、ハハハ。子どもはとられ、生死をさ迷っている間に夫は別の女と寝ているなんて。なんて滑稽なんでしょう。喜劇の題材にぴったりじゃない」
アルフレッドを信じていたのだ。彼が向けてくれている愛情が本物であることを。
それを受け入れようとしていた自分が本当に滑稽だ。
ベッドの上で目蓋を閉じればまた涙が滲んで、全てを忘れるようにまた眠りにつこうとした。
「ディア」
今、一番聞きたくない声が聞こえて眉をひそめた。
「なぜ貴方がここにいるのですか? 誰も入れないように言ったはずですが」
「気がついたときいて駆けつけたのだ。身体は大事ないか? お腹がすいているだろう、何か用意をさせよう。クロードの話はきいたか? 君に似た可愛い……」
「今その話をする必要がありますか? 今の私には休むことが必要なのですが」
アルフレッドの声が妙に耳障りに感じて強い語調で言ってしまった。
どうにも感情のコントロールが思うようにいかず、目覚めてから泣いたり怒ったりしてばかりいる自分がなさけない。
「すまなかった」
何に対する謝罪なのかアルフレッドはそう言って出ていった。
その後もアルフレッドに対して以前のように接することができず、時おり辛く当たってしまう。
「ディア、クロードにあってみないか」
体調も回復した時にアルフレッドがそういった。
断る理由もなくナニーに抱かれた小さな生き物と初めて対面した。
腕に抱きのぞき見ると、薄い金色の髪に大きな青緑色の瞳がこちらを興味深そうに見ていた。そして目があうと嬉しそうにニッコリと笑った。
「君に似た天使のような子だろ」
アルフレッドは愛おしそうに言ったが、クラウディアにはその気持ちがわからなかった。
全く可愛く感じなかった。
必死にこちらに小さな手をのばしているのに、それを冷たく見下ろす自分がいた。
長くは抱いていられずに直ぐにナニーへと渡した。
「今後も養育は王妃陛下がするとおっしゃっているようです。私はそれにしたがうつもりです」
「母の言うことに従う必要はないんだ」
「いいえ。祖国でも子弟の養育はナニーやガヴァネスに任せていました」
「だからといって全く関わらないわけではないだろう」
「私がいいと言っているのです! ……大きな声をだして申し訳ありません。必要があればそうします」
無意味に声を荒らげてしまい気まずく視線をそらした。
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