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4:ジョレアン公爵
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「ディア! クロードに対して少々冷酷すぎるのではないか」
不躾に私室に入ってきたのはそれを唯一許される存在である国王アルフレッドである。
クラウディアは刺繍を行っていた手をとめて国王に挨拶をする。
「何に対してでしょうか? 以前、叱責したことかしら? それともガヴァネスを解雇したことかしら?」
「どちらもだ。なぜクロードに対してだけそうも厳しいのだ」
アルフレッドの言葉を聞いて笑った。
「彼は王太子なのですよ。厳しく躾て何がいけないのでしょう。貴方が甘やかす分を補っていると思ってください」
それが理由の半分だ。
もう半分は複雑になったクラウディアの気持ちに起因する。クロードとアルフレッドに対する愛憎だ。
母親として誉められた態度でないことはわかっていても、どうすることもできないのだ。
「それにガヴァネスの件は報告書を読んでください」
クラウディアは控えていた侍女に指示し、紙をアルフレッドに渡した。
そこにはクロードのガヴァネスであった者のカリキュラムと予算署がある。
誰が見ても遅れている教育課程に、不必要な支出がある。
自己の予算案をこれでよしとしていた王太子には呆れて者も言えない気持ちだ。
「これは明らかな専横ではないか! なぜもっとはやく知らせなかった」
「これは王太子の養育をナニーに一任した私の落ち度です。王太子の予算も、本人に任せるべきではありませんでした」
クラウディアは、第一子に養育に全く関与しなかった。
それはクラウディアが外国人であり、国の風習に合わせるためにも義母に任せていたことも起因しているのかもしれない。
「そなたの事情もわかっているつもりだ。これ以上責めることはできない」
アルフレッドは疲れた様子でソファに腰かけた。
「おそらくガヴァネスの甘言に惑わされたのだろう。あまりクロードを責めてやるな」
「そのようでは困るのです。ゲレ子爵の養女の件もそうです。陛下が首都に招くよう助言なさったとききました」
その話かとアルフレッドは顔をしかめた。
ゲレ子爵領を行き来して公務をおろそかにするぐらいなら、首都に招いたらどうだと確かに言った。
おそらくシャルモン伯爵からリゼットを経由して聞いたのだろう。
「まだ婚約期間とはいえ、王太子の相手はジョレアン公爵の愛娘ですよ」
「君が危惧していることはわかっているが、ジョレアン公爵令嬢との婚約は破棄しようと考えている」
「そうですか」
あまりにもあっさりとした返答にアルフレッドは呆気にとられた。
「何故だと問い詰めないのか?」
「貴方のすることを理解できる気がしませんもの」
あっけらかんと言う様に、アルフレッドの方が理解できないと言いたい気持ちになった。
「ジョレアン公爵がノルディストとの繋がりが示唆されている」
「数代前にノルディストの王族と婚姻をむすんでいるのですからなんら不思議でもありませんわ」
「もう百年も前の話だ。それにジョレアン公爵領はノルディスト国との海峡に臨む肥沃な土地であり、要所だ」
そんな土地が、敵国の手に落ちれば簡単に攻め入られてしまうだろう。
その土地を有している公爵が敵国に寝返るなり、機密を漏らすなり、手引きをするなりしてみればたまったものではないだろう。
「公爵を廃し、ジョレアンを再び王家へと戻す良い機会だろう」
たしかにジョレアン公爵の行動は目にあまるものがある。危険なものは芽のうちに摘んでおくことが望ましい。
「陛下のご随意になさってください」
クラウディアの言葉は一見冷たく感じるが、彼女も為政者だ。アルフレッドの意見に同意したからそう言うのであって、もし不都合があるならば忠言を呈しているだろう。
話が終わるとクラウディアは侍女から何かを耳打ちされ立ち上がった。
「ディア、どこへ行く」
「謁見の申請がありましたの。ここには陛下がいらっしゃいますので場所を移そうかと」
「朕の前で会うことが憚れる人物であるのか」
アルフレッドは鋭い視線をクラウディアに向けた。
そこにある感情が何なのかわからないが、下手に刺激しない方が懸命だろうと足をとめた。
「ティオゾ伯爵をここに」
その言葉にアルフレッドはあからさまに顔をしかめた。
不躾に私室に入ってきたのはそれを唯一許される存在である国王アルフレッドである。
クラウディアは刺繍を行っていた手をとめて国王に挨拶をする。
「何に対してでしょうか? 以前、叱責したことかしら? それともガヴァネスを解雇したことかしら?」
「どちらもだ。なぜクロードに対してだけそうも厳しいのだ」
アルフレッドの言葉を聞いて笑った。
「彼は王太子なのですよ。厳しく躾て何がいけないのでしょう。貴方が甘やかす分を補っていると思ってください」
それが理由の半分だ。
もう半分は複雑になったクラウディアの気持ちに起因する。クロードとアルフレッドに対する愛憎だ。
母親として誉められた態度でないことはわかっていても、どうすることもできないのだ。
「それにガヴァネスの件は報告書を読んでください」
クラウディアは控えていた侍女に指示し、紙をアルフレッドに渡した。
そこにはクロードのガヴァネスであった者のカリキュラムと予算署がある。
誰が見ても遅れている教育課程に、不必要な支出がある。
自己の予算案をこれでよしとしていた王太子には呆れて者も言えない気持ちだ。
「これは明らかな専横ではないか! なぜもっとはやく知らせなかった」
「これは王太子の養育をナニーに一任した私の落ち度です。王太子の予算も、本人に任せるべきではありませんでした」
クラウディアは、第一子に養育に全く関与しなかった。
それはクラウディアが外国人であり、国の風習に合わせるためにも義母に任せていたことも起因しているのかもしれない。
「そなたの事情もわかっているつもりだ。これ以上責めることはできない」
アルフレッドは疲れた様子でソファに腰かけた。
「おそらくガヴァネスの甘言に惑わされたのだろう。あまりクロードを責めてやるな」
「そのようでは困るのです。ゲレ子爵の養女の件もそうです。陛下が首都に招くよう助言なさったとききました」
その話かとアルフレッドは顔をしかめた。
ゲレ子爵領を行き来して公務をおろそかにするぐらいなら、首都に招いたらどうだと確かに言った。
おそらくシャルモン伯爵からリゼットを経由して聞いたのだろう。
「まだ婚約期間とはいえ、王太子の相手はジョレアン公爵の愛娘ですよ」
「君が危惧していることはわかっているが、ジョレアン公爵令嬢との婚約は破棄しようと考えている」
「そうですか」
あまりにもあっさりとした返答にアルフレッドは呆気にとられた。
「何故だと問い詰めないのか?」
「貴方のすることを理解できる気がしませんもの」
あっけらかんと言う様に、アルフレッドの方が理解できないと言いたい気持ちになった。
「ジョレアン公爵がノルディストとの繋がりが示唆されている」
「数代前にノルディストの王族と婚姻をむすんでいるのですからなんら不思議でもありませんわ」
「もう百年も前の話だ。それにジョレアン公爵領はノルディスト国との海峡に臨む肥沃な土地であり、要所だ」
そんな土地が、敵国の手に落ちれば簡単に攻め入られてしまうだろう。
その土地を有している公爵が敵国に寝返るなり、機密を漏らすなり、手引きをするなりしてみればたまったものではないだろう。
「公爵を廃し、ジョレアンを再び王家へと戻す良い機会だろう」
たしかにジョレアン公爵の行動は目にあまるものがある。危険なものは芽のうちに摘んでおくことが望ましい。
「陛下のご随意になさってください」
クラウディアの言葉は一見冷たく感じるが、彼女も為政者だ。アルフレッドの意見に同意したからそう言うのであって、もし不都合があるならば忠言を呈しているだろう。
話が終わるとクラウディアは侍女から何かを耳打ちされ立ち上がった。
「ディア、どこへ行く」
「謁見の申請がありましたの。ここには陛下がいらっしゃいますので場所を移そうかと」
「朕の前で会うことが憚れる人物であるのか」
アルフレッドは鋭い視線をクラウディアに向けた。
そこにある感情が何なのかわからないが、下手に刺激しない方が懸命だろうと足をとめた。
「ティオゾ伯爵をここに」
その言葉にアルフレッドはあからさまに顔をしかめた。
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