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第三章:堕ちた聖女と救済の悪魔

第43話:聖女の撃墜

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◆第01実験施設の守備部隊排除◆
依頼主:アーキバス

神聖防衛帝国領土に存在する第01実験施設、そこに展開する守備部隊を排除してください。

ご存知の通り神聖防衛国は、ロイヤルダークソサエティの支援を受けた人類至上主義の、愚かで暴力的、生かしておく価値は何もない国家です。

我々は、平和的な話し合いを求めていますが
彼らは、頑なにこれを拒み、攻撃的な態度を崩しません

この依頼は、話し合いのための示威行為です。力をちらつかせた交渉は、我々の本意ではないのですが、この際は仕方ありません。

協働相手として聖女エミーリアと、その部下を指定します。

実験施設は接収予定のため損傷は、できるかぎり抑えてください。勿論、損傷が軽微であれば。報酬の上乗せを約束します。

確実な依頼遂行を期待しています



 金髪の見目麗しい聖女は、相変わらず聖母の如き慈愛の微笑みを浮かべていた。
 ラスティは同じく笑みを浮かべて話しかける。

「久しぶりだ、エミーリアさん。元気だっただろうか?」
「はい。なんとか。例の思考誘導による混乱と立て直しで教会は分裂してしまいましたが、アーキバスの保護のお陰でなんとかやってこれてます。ラスティさんはどうですか?」
「楽しくやっているな。基本的に私は、その場の状況や環境ごとに物事を楽しむものが変わるから、今は世界封鎖機構やアーキバスからの依頼を達成していくことが喜びだ」
「それは良いですね。不変の流動さとでも言うのでしょうか? 軟体的な思考は柔軟性の表れでもあります」
「きみのほうは大丈夫なのか? この任務は人間の命を奪う行為だ。教会の者としては厳しいかと思うが」

 聖女や教会は、基本的に癒すことを重視する傾向にあった覚えがある。聖女と言われるくらい医療能力は高い。わざわざ奪命の仕事をしなくても十分、食べていけるだろう。
 元来生物というのは脆い。どれだけ健康的に、万全な準備をしたとしても、予期せぬ病気やダメージは負うものだ。
 故に治す者が重宝される。

「もし嫌なら私が全部片付けるが、どうする?」
「……」

 エミーリアは少し黙った後、首を振った。

「いいえ、私ができる限り救います。ラスティさんは世界情勢には詳しいですか?」
「……いや、あまり」
「簡単に言えばデスゲームが始まり、命を奪う行為が直接的に戦力上昇に繋がるようになったせいで、先制攻撃するべきという論調強くなっています」
「ほう?」
「特にモンスターに関しては全体が強いというより、大群で押し寄せて殲滅したり、撃退されたが生き延びたりすることで、個体の強化が以前の比べ物にならないほど上昇しています。だからこそ、それに備えるべきとして争いが頻発してます」
「アーキバスの市街ではそんな風に見えないが」
「アーキバスは管理国家ですから。役割が明確に違うからこそお互いを尊重し、補うことができる。魔法と薬物による高等洗脳教育もその理由の一つだとは思いますが」
「そんな事をしていたのか、彼女達は。構わないが。それで他の国はどうだろう?」

 エミーリアは顔を顰める。

「神聖防衛帝国は、人類以外のすべての生物に対して強力な攻撃性を見せています。モンスターはもちろんエルフやドワーフも根絶を目的としています。しかし殺せば強くなるデスゲームの性質上、優秀な魔導師は多いです」

 世界封鎖機構は無尽蔵の魔導ゴーレムとチョークポイント(物資輸送経路上の重要拠点)を抑えることによる各国のライフ・ラインの掌握によって絶大な影響力を誇る。
 アーキバスはラスティの現実改変によって無限の物資が使用可能なので関係ない上に、世界封鎖機構とは良好な関係であるので、あまり関係ない話はある。

「最後に聖杯連盟。彼らは至るところに出現して、生物を殺す。国とは違うかもしれませんが、組織として活動しているのは確かです。味方にもなるし、敵にもなる。厄介な相手です」

 第01号実験施設は神聖防衛帝国領土の端にある山麓に、隠れるようにして存在していた。
 殲滅戦を行うには、片側が山肌で逃げ道がない立地は有利に働く。
 味方が敵の索敵範囲ぎりぎりに配置を完了する。
 息を吸って告げた。

「1500時より、通信妨害の展開とともに攻撃を開始する。包囲網を形成する部隊は逃亡者の掃討を開始する。警戒しつつ気楽にやろう」

 通信妨害はバラージ型だ。魔力周波数を絞らず強力な魔力波をぶつけるタイプなので、味方も魔法通信が出来なくなる。

 警備の排除はラスティが、施設の占領はエミーリアが行う。どうやら知らぬ間に、彼女は治す能力の発展型として、無力化能力も極まっていたらしい。

 定刻になった。手筈通り、強力な妨害電波でレーダーが落ちる。通信が無効化されているのを確認し、ラスティとエミーリアは飛び出した。


 まずは研究区画だ。目測で予定地点にたどりつき、躊躇せずに目の前の壁を粉砕する。シェルターほどの強度はなかったようで、あっけなく天井が吹き飛んで捲れ上がった。
 機材や人影が見える。
 ヘビと蜂を生み出して、攻撃させる。
 
 意識を奪う毒を持たせた二種類の生物は、地上と空中から襲いかかり、気絶させていく。
 人間の声を拾わない。悲鳴も、怒号も、命乞いもできず、意識を奪っていく。

 建物を片端から毒を持つ生物で蹂躙していく。

 作業だった。戦闘ではなく。
 怒りも清々しさも憎しみもなく、ただ作業を繰り返す。

「動物は戦っている感じはしないか……毒糸に切り替えて」
『ラスティさん。外部から増援が到着しました。援護を』
「ふむ、ジャミングは?」
『通信妨害は継続しています。恐らく目視での――待ってください、あれは――マジックアイテムを行っているようです。おそらく、目的はデータの回収』
「方向は」
『第01実験拠点より南南西です』

 すぐにそちらの方向へ向かう。相手も索敵がきかない状況のはずだが、後方から放った毒糸の塊は避けられた。
 ラスティは、更に毒糸を固めて槍を発射しながらを接近する。

「それにしても、随分とご到着だ。目端が利くのか」

 外れた毒糸は建物に着弾しかける瞬間にバラバラにして、無数の針として敵の方向へ襲いかける。
 無から炎を発生させて視界を塞ぐほどの惨状となる。その向こうから、敵の火属性魔法『火炎放射』が段幕のように広がり、伸びるようにラスティの元へ殺到してきた。

「お褒めにあずかりまして。アーキバスの方々が神聖防衛王国騎士団第二の席を開けてくれているので、この功績をもって、栄光たる神聖防衛王国騎士団の次席を賜るつもりですよ」
「エクシア達は手広くやっているようだ」

 回避ポイントへ回り込む。そして毒糸による斬撃を繰り出す。

「残念だが、君はここで終わりとなる」

 有効幅が狭いので、立地的に、マジックアイテムを受信できる施設や設備は存在しないはずだった。
 おそらくは、実験施設側の者が襲撃に気付いたのだろう。そこで諦めず旧い設備を持ち出し、救援の友軍にデータを移そうとは、見上げた使命感だ。
 それほどまでに遺したいのだろう。屍の山を築いた、この研究成果を。

「気持ちはわかるが……全ていただく!」

 機動力はラスティの方が上だ。まだ逃げようとしていないということは、十分な回収ができていないのだろう。どの程度回収されたのかわからない以上、ここで落とさなければならない。

 毒糸の斬り込みはぎりぎり盾で受けられた。いい反応だ。麻痺針糸を飛ばして威嚇しながら距離を取ってくる。
 その動きは滑らかな機動だった。

「それにしても、実験施設襲撃とは。戦略目標としては大して意味が無いと思うのですが」
「ああ。友人達の意向はできる限り沿っているだけだ」
「なるほど……お優しいことだ。人外に同情を?」
「らしい。自分達がやるのは良いが、人がやるのは気に障るらしい。ジュネーヴ条約を持ち出す気はないが……非戦闘員に対して、積極的な捕縛と実験はやり過ぎ、という判断だ」
「偽善的ですね」
「言ってくれるな、自覚しているがやらずには居られないのだろう。君だって人間が亜人に実験材料として使われれば憤るだろう」
「尊い人間と、この世にあるべきではない人外と一緒にしないでいただきたい」
「そういう理屈か。生きやすいことだ」

 火属性魔法『マジカルフレイム』の威力が高い。慎重に避けながら、距離を広げられないよう維持する。

「しかし、不思議だな……憐れだと思うのに救助するわけでもなく殺害するとは。素体はまだ生きていますよ?」
「殺したほうが幸せと思っているんだろうな、彼女達は」

 生命活動が維持されているだけで、“下処理”された肉体は既に不可逆的なダメージを受けている。保管を目的としているためか代謝はマジックアイテムで完全にコントロールされ、食事も排泄も必要がない。
 ――削られた機能が回復することはない。
 その状態を“生きている”と不思議そうに言ってのける辺り、よほど人外が嫌いらしい。

《もしかして、死を救いだとお考えで? 面白い話ですね》
「傲慢な時期なのだろう。私がいるのもあるが、踏みつけられる家畜だった自分達が組織を動かし、敵を定め、協力して倒す。これ以上ないカタルシスだ」


 逃げる背中を向ける隙を与えないよう、追い詰めるように張り付き続けた。
 決め手が足りない膠着状態を変えたのは、エミーリアの到着だった。

「ごめんなさい、遅くなりました。警備はすべて殲滅しました」
「助かる。逃がしてはいけない」

 敵が意外そうに声を上げた。

『これはこれは……驚いたな。例の聖女がアーキバスにいたとは。既に死んだものと。宗教を変えたんですか?』
「乗り換えてません。人を尻軽みたいに言わないでください」
「愉快だな、君は。自殺願望でもあるのかといった口振りだ」

 後ろに回り込みながら毒と麻痺する糸を放った。その糸の間を、エミーリアの聖なる光の槍が駆け抜けていく。
 

「くっ……さすがに劣勢か……!」


 二段目を回避したところ糸の網を展開した。盾を破壊し、追撃で左腕を斬り落とす。
 体勢を崩したところへ勢いをつけて蹴りを入れた。
 敵が地面を滑るように吹き飛ぶ。山肌にぶつかるのを追いかけ、重量を掛けて体を押さえつけた。
 身体を吹き飛ばされれば、臓器のダメージも相当なものだ。
 苦しげなの声が、懇願するように言う。

「……取引きをしませんか。有用な情報を差し上げます」
「無理だな。私の最優先はそれじゃない」
「データの破壊、ですか。……では、マジックアイテムを引き渡し、身体検査ののち解放していただくというのはいかがでしょう」
「太い神経だ。面白い……が、ふむ」

 目を瞬いた。
 思いにもよらない提案だったが、あまり迷っていられる時間はない。襲撃を知られている以上、増援はまだ来る。高速だった彼はおそらく先行したに過ぎない。
 一人では決めかねて、エミーリアに声を掛けた。

「どうする?」
「私は賛成です。後は貴方の判断に委ねます」


 予想外の回答だった。
 敵の始末や捕虜交換よりも、情報を優先するということか。
 ラスティも頷く。

「情報の概要を」
「それは良かった……内容はアーキバスへの侵攻情報です。作戦開始予定日は二日後です。アサインされた騎士団の隊長格は3名。第5隊長ヒスイ、第6隊長ビスマス、第7隊長ロードナイト。麾下の騎士部隊はすべて投入されます」
「ありがとうございます。さようなら」

 サクッ、と音を立てて敵の首が飛んだ。
 ラスティは、首を刎ねたエミーリアを見る。

「神聖防衛王国の人間を生かしていくわけにはいきません」
「情報を聞いたら即殺か。よほど憎しみがあるようだ。


「なぜ見逃そうとしたんですか?」
「取引だったからだ。それを破るのは感心しないな」
「ラスティさんはどこに立ち、何を目指していますか?」
「人生に対して誠実あることだ。友情、努力、勝利。孤立、怠惰、敗北。向上と停滞。快楽と苦慮。人生という限られた中で、自分できる選択肢の総当たりがしたい。むしろこちらが聞きたい。何故だ?」
「…………私は、神聖防衛王国を許しません。幼い子供も含めて、何も悪いことしていない存在を、己の利益のために理不尽に消費する。許されない行為です」
「そういう考えか。好きにすれば良い。邪魔になるなら消すし、頼ってくるなら力になる。」

 ラスティは自分の手を合わるようにして叩く。

「よし、切り替えだ。帰ろう。今は仲間だ。未来のことは明日考えれば良い。仲間のままでも、敵になっても、エミーリアさんの考えを尊重するさ」
「意外です。怒るかと思ってました」
「そんなに博愛主義ではないさ」

◆新着メールが届いています◆
FROM:アーキバス
TITLE:ありがとうございました

 第01実験施設の確保、お疲れ様でした。
 無事にデータと施設両方を手に入れることができました。これで我が陣営は汚名を被ることなく、有用な装備の開発・運用ができるでしょう。

 貴方の活躍は、アーキバスを栄光に導くことを確信しています。今後もよろしくお願いしますね。

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