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スプリット討伐戦③
しおりを挟む光が激突する。
主体性が復旧する。
意識が金色一葉を認識する。
取り戻した主観は、まず今現在の状況を認識しようと行動した。
目が開かなかった/目を閉ざされているのかもしれない。
口が動かなかった/口を噛まされているのかもしれない。
耳が聞こえなかった/耳を塞がれているのかもしれない。
鼻が匂いを捉えなかった/鼻を摘まされているのかもしれない。
舌が味を感じなかった/味覚に何か異常が起きたのかと思った。
手の感覚がなかった/神経に異変でも起きているのかと思った。
足の実感がなかった/地についていないのではと思った。
肌の感触がなかった/脳の障害を疑った。
全身のどこも動かなかった/よほど厳重に拘束されているのだと信じた。
内蔵の一切が動いていないと自覚した/そこでようやく事態を認めた。
五感の全てが働いていない、それは完全なる停止の世界。
その中に在って、意識だけがある。それが今の金色一葉の状態だった。
それが単なる身体の機能不全なら、まだ希望がある。
機能不全ならば回復の可能性がある。一分の可能性があれば諦めるのは早い。
少なくともそう信じることはできた。どんな夢想でも縋ることができれば持ち直せた。
だが、そもそも金色一葉の肉体が、もうどこにもないのだとしたら――――
デストロイヤーを覚えている。その戦いを覚えている。
戦いの最期は覚えていないが、負けだのだろう。
ならば今の自分は、砕かれた肉体から離れ、魂のみとなって飛散してしまったのではないか。
それは恐ろしい想像だった。
目が開けば前を見られた。手足があれば前に進めた。
金色一葉に才能なんてなかったが、それでも諦めないで前進することだけは出来た。
けれど肉体さえ失ってしまったら、本当にどうしようもない。進むことも退くことも出来ない。
想像してしまえば、次に訪れるのは恐怖だった。
何も感じられないことが恐ろしい。動けないことが耐え難い。
叫び出したくなるが、声を出す口も喉も存在しない。
誰かいないのかと声を上げる。
返事をしてくれと必死に叫ぶ。
手足を伸ばそうと力の限り足掻く。
肉体を動かそうと生命の限り藻掻く。
自分の持てる全てを総動員して、自らの存在を主張する。
――そうしたつもりで、もちろん全てが無駄だった。
正気を失いそうだった。
人の精神の拠り所は肉体だ。肉体を失った精神はその形を見失ってしまう。
自分はどんな形だったのか、どんな人格だったのか、それすら見失ってしまいそうだった。
もう考えるのを止めてしまいたい。思考を放り出してこの苦しみから逃れたかった。
……ふと、それこそが正解答なのではと、そんなことが思い浮かんだ。
時間感覚すら曖昧な中、狂いそうな喪失感と戦いながら、自分は意識をつなぎ止めている。
だがそれは何のためにだ。時間を稼いだところで事態が好転する当てなど何もないのに。
信念だとか、願いなんて言葉もはるか昔の遠い言葉に感じられる。
肉体は失った。後はこの意識を手放してしまえば、金色一葉は本当の終わりを迎える。
終わり――すなわち"死"だ。
その確信がある。手放しさえすればそれは訪れると。
ただ諦めればそれでいい。こんな状態となっては死こそが救いだ。
……ああ、もう無理だ。
これ以上は、耐えていられない。
闇すら見えない無明。空気にすら触れられない無感。
発狂してしまいそうだ。絶望しかないこの場所で抗う意味なんてない。
ここには何もなくて、自分にこれ以上の先はない。それは十分に理解した。
理解したから、後はただ受け入れるだけ。それはなんて簡単なことだろう。
――さあ、これで終わり――――
――もう何も――考えなくていい――――
――自分は――ここで――終わるんだ――――
――だから――もう――なにも――しなくて――いい―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――それは、本当に?
そも、金色一葉は何故立ち上がったのか。理由の一つではあったと思う。けれど根本のところでは違っていた。
疑問なんて言葉じゃない。あの時の奮起は、もっと原始的なものだったと確信できる。
――――そうだ。きっと私は、純粋に、ただ生きることを望んで立ち上がったんだ。
死に瀕した始まりの時、自分は自らの不明を恥じた。
だけどそれは無知であることを許せなかったのではない。
諦めるなんて認められなかった。あのまま命を放棄することが我慢ならなかった。
それは恐怖というよりも怒りに近い。何一つ理解のないまま死の運命に囚われる事がどうしても容認できなかった。
思い出してみる。自分が戦いを決意したのは何のためだったか。
深く考えるまでもなく、そんなものは単純明快。死にたくなかった、それだけだ。
世界が変えようとか、人々のためにとか、そんな願いで立ち上がったんじゃない。
ただ目先の運命が許せなくて、ひたすらに抗って生き抜こうとしていただけだ。
あの、命を賭して守ってくれた人のように。
そうありたいと願ったのだ。だから、立ち上がる。何回地面に叩き潰されても、ひき肉にされても、ミキサーにかけられても、バラバラにされても、それでも魂が、意志がある限り立ち上がり続ける。
――ああ、だけど、それでも。
――たとえ世界の全てが金色一葉の価値を認めなくても。
――金色一葉だけは、その生命を大事にしてあげないと。
命が生きることに正当性は必要ないと誰かは言った。
それは正しくて、優しい言葉だ。生まれた瞬間から命の価値が決められてしまうなんて、悲しすぎる。
たとえその存在がどのようなものであったとしても、生まれた瞬間の命には何の罪もないはずだ。
秩序を守る。世界を変える。
素晴らしい信念だろう。その願いはきっと尊いものだ。
けれど、ならばその前には個人の生存は否定されるのか?
ただ生きたいと願う意志は、万人の望む理想の前に潰えなければいけないのか。
そんなのは、違う。
そんな結論を金色一葉拒む。
間違っていると誰に言われても、これだけは譲らない。
それが世界のためなんだと言われたって、自分自身を簡単に明け渡すなんて出来ない。
金色一葉は、自身の命が失われるから戦った。
それが始まり。それが本質。解答こたえは最初から自分の中にあった。
分からないなら知りたいと探し、己を脅かす事柄には全力で立ち向かう。
そうしながら人は前に進んでいく。それこそが生きていくことの本質なんだ。
なんていう遠回り。呆れるほどに頭が悪い。
気づいてみれば単純明快。こんなもの言葉にして語り聞かせるようなことじゃない。
前へ進むのは生きるために。それだけのために必死にここまで足掻いてきた。
この命は偽物で、その誕生に正当さはない。それでもここに在る意志は本物だ。
たとえば自分の存在が病原体となって大勢の人を脅かすとしても、最後まで自分自身を諦めたくない。
だからきっと、倒れ伏すその瞬間まで、人々を害さずに、自分の命も救えるような、そんな道を探し続けるだろう。
しかし今は立ち上がらなければならない。
何故なら。
目の前には救うべき仲間が待っているのだから。
戦術機を振るう。
それは光を伴って、明日那と霧香を救出する。
残ったのは、幻想を夢見るデストロイヤーと、増殖するだけが取り柄のデストロイヤーだ。
「さぁ、全て終わりです!」
味方は取り戻した。まだ呆然としているが、体は取り戻した。ならば後は敵を滅するだけ。ならば最大火力にて、目の前の敵を滅殺する。
「あれが、一葉さんの、イェーガーの新しい次世代兵装……名前は……ネクスト」
風間が呟く。
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その一葉の手には、確かに二人の衛士が抱きしめられていた。
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その一言であった。
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存在を知り、風間はその力がまるで一つの場所に集結していることに恐怖を覚えた。まるで何かに導かれるようにこの東京で収束する。
何か、風間たちには想像できない何かが起きている。そんな気が来てならないのであった。
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