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57話:ビッグ・ブラザー作戦④

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 会議が始まった。

「関東衛士訓練校を代表する諸君、そしてそれを支援する企業連盟の方々、衛士横断風紀委員会関東支部を設ける東京防衛構想への参加に感謝する」

 壇上に立つのは藤田久住だ。お台場衛士訓練校の風紀委員長で、今回の会議を発案した訓練校の代表者として議長を務めている。

「本会議は東京圏の今後の防衛構想を話し合うものである。ここに参じてくれた代表衛士からの意見を取り入れて最終的な判断を下す。本会議列席者の3分の2の同意を持って、関東支部の訓練校に所属する全衛士に強制力と実行力を持つ防衛構想が定められ、各訓練校はこの構想に基づき、速やかに現状の対策にあたる」

 部屋が暗くなり、プロジェクターに地図が表示される。そこにはデストロイヤーの出現規模と地点が記録されて、それは段々と東京へ近づいてきていた。

「これを見ればわかる通り、デストロイヤーの規模と出現位置が爆発的に増えている。特にギガント級デストロイヤーの出現率増加は著しい。横浜衛士訓練校には連続して二体のギガントデストロイヤー出現した。そしてそれは東京に現れるのも時間の問題だ」

 ギガント級デストロイヤーは強い。しかも魔力リフレクターを標準装備し始めていて、2回のマギスフィア戦術が必要となる場面が増えている。幸いにも、無許可外征をしていた親GE.HE.NA.訓練校の衛士による自爆特攻によって被害は少ないが、1体のギガント級につき1人は必ず犠牲になる結果となっている。またもしこの自爆特攻がなければレギオンが壊滅していた事態が容易に想像できる状況だった。

「これに対して、風紀委員会が3つの方針を打ち出した」

・各訓練校に定められた固定守備範囲外への外征許可の条件の緩和を始めとした連携強化。特に複数のレギオン、訓練校による合同大規模作戦を用意にする。

・実質的な崩壊に至ったコピリコ女学院の固定守備範囲である新宿を含める東京の防衛。ルドビコ女学院はデストロイヤーの大規模襲撃を受け教導官の殆どが戦死し、GE.HE.NA.ラボから逃げ出した変異型デストロイヤーの殆どが野放しになっている。崩壊したコピリコ女学院の守備範囲はデストロイヤーの温床となっている分析結果から、これを支援する。

・企業連盟と防衛隊による次世代兵器群と部隊の配備の決議。アンチデストロイヤーウェポンやアーマードコアを始めとした通常火力で倒せる兵器と部隊を東京に在中、そして衛士の強化の提案。

「以上、三つが防衛構想とそれを支える詳細なのだが……あーこの口調まどろっこしい!」
「ふふ、初めからそうしてれば良いのに。慣れないことをするから」
「取り敢えずコピリコ女学院の支援レギオンを決めたいの。選ばれたのは神凪のフォーミュラブレイン、横浜の一ノ瀬隊ことヴァルキリーズ、あとはウルフガンフ」

 その言葉に衛士達はざわつく。
 ウルフがンフ。それは親GE.HE.NA.のイェーガー衛士訓練校の中でも悪名高いレギオン名前であった。それがGE.HE.NA.が崩壊したレギオンを守るなんて正気なのか? そういった声で満ちる。
 そこで手を挙げた者がいた。
 黒服の集団の一人だ。

「議長、発言よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「では失礼します。皆さん、初めまして企業連盟クレスト代表のものです。皆様にはまずGE.HE.NA.とコピリコ訓練校の関係について話さなければなりません」

 その言葉にコピリコ訓練校の生徒達は敏感に反応する。

「コピリコ訓練校崩壊の公式見解では、デストロイヤー襲撃による崩壊となっていますが、実情とは違います。GE.HE.NA.過激派の教導官の一人が研究を私物化して衛士をデストロイヤー化させたことを発端とするGE.HE.NA.過激派と衛士による内部抗争による結果です。更にGE.HE.NA.過激派は様々な違法行為をしていました。それを重く見た我々はGE.HE.NA.の内部粛清を決定して、過激派を全て殺しました」

 その言葉に衛士達は衝撃を受ける。逮捕などではなく、殺害。その躊躇いのない行為に恐怖を覚えた。

「我々は謝罪しなければなりません。そして罪を償う必要があります。ルコピコ衛士訓練のの皆さん、そして過激派によって苦しみを受けた衛士の皆さん。大変申し訳ありませんでした」

 黒服の男は頭を下げる。
 それに衛士達は何も言えない。ただの謝罪一つで収まるほど安い傷ではない。しかし今この場で謝罪をしてあるのは代表者であり、GE.HE.NA.そのものではない。
 文句を言うのは筋違いなのはわかっていた。

「我々はクリーンなGE.HE.NA.と協力して、様々な技術を高めました。その説明は、一ノ瀬真昼さんから、お願いします」
「はい」

 真昼は呼ばれて、立ち上がる。
 視線が一気に真昼に集まる。真昼は黒服に目配せをして様々な情報をプロジェクターに表示させる。
 これから話す言葉の根拠を裏付ける為だ。

「XM3型強化衛士手術。安全性が確立された副作作用なくリジェネーターと魔力リフレクターを獲得して貯蔵マギを増やす技術です。更に人造衛士のクローン培養による量産型衛士と新型特殊弾を用いた自爆特攻戦術などの配備を提案します。強化衛士手術に関しては全ての衛士に施術することを強く推します」

 その言葉には流石に反感があった。
 
「それ、正気ですの? 今まさにGE.HE.NA.によって被害があった話をした後で、強化衛士や量産型衛士なんて話な通るとでも?」
「そうね。人造衛士なんて粛清した過激派と同じね」
「粛清したって言うのもそもそも怪しい。ただの嘘じゃないの」
「風紀委員としても、強化衛士の強制は看過できない」
「人道的じゃない」
「非道だ」
「そもそも粛清なんて野蛮だ」

 真昼は批判や反対を全て黙って聞いていた。そして衛士達の言葉が尽くされて、静かになった頃。真昼は口を開いた。

「デストロイヤーが現れる前、人類は人類同士で、果てのない殺し合いを続けていたと言われている。誰もが自分の利益を求めて。その時、ある人が言った。もし人類以外の強大な敵が現れたら、人類は一丸となり、争いを止めるだろうと」

 それはまるで誰かに語りかけるような声色だった。

「答えは見ての通りだ。人類は人類同士の戦いをやめて一丸となりデストロイヤーに立ち向かった。しかし勝てなかった。その結果、結束は崩れ始めた。デストロイヤー打倒と偽り己の私利私欲の為に人を犠牲にする者が現れた。だから私が殺した。己の利益の為に他者を食い物にする屑共を駆逐した」

 力強く宣言する。
 GE.HE.NA.の立場を利用して誰かを苦しめるような立場の者は全て抹消したと。
 その証拠にプロジェクターには殺害された人達の情報がずらりと並んでいる。衛士達も自分の知っている者も含まれているだろう。そしてついこの間起きた大規模攻撃作戦のことは誰でも知っていることだ。それがGE.HE.NA.に向けられたと言うことも。

「その結果、全てのリソースを研究に注いだ結果、人類の叡智はデストロイヤーを超えた。デストロイヤーを叩き潰せる力を人類は自ら手に入れた。大切な人を守る強さを得られる方法を手に入れた。過去の人類が受けたデストロイヤーによる恐怖や苦痛を自分の親や兄弟、愛する者に味あわせたい者がいるなら、今すぐ衛士を止めるべきだ」

 覚悟のない者はいらない。
 全ては死んだ人々は誓った勝利の二文字の為に。

「確かに、ここまでGE.HE.NA.は非道な行いをしてきた。それはデストロイヤーに対して無知だったからだ。デストロイヤーに対して物量戦は意味が無い。強い衛士が必要だった。私達は何十万の犠牲で得た戦術と技術の発達を放棄して、大人しくデストロイヤーのエサになるのか!? 冗談でしょう!? 希望の種は芽吹いた!!」

 GE.HE.NA.による非道は許し難い。己の欲望のままに衛士を使い潰すなんて論外だ。しかしだからといって研究そのものは否定しない。善良な研究者も悪魔を殺す為に悪魔になることもあるのだ。そしてその研究成果は被害者の為にも活かさなければならない。

「力があるんだ! 大切な人を守れる力が! 力を使える人間が戦わなくて誰が戦うんだ!? どれだけの犠牲の上にこの力があると思う? 誰かがやらなくちゃいけない事だったんだ。自分の手を汚さず力を得られる癖に怯えて非難するのか!? この、腰抜け共め!!」

 安全性の確立。
 その為にどれだけの研究が必要だったのか知っているにも関わらず怯えている。全て開示した。全て知っている筈だ。頭の良い人間ならわかる筈だ。これが真実だと。
 後は勝利する為に倫理観という人間性を捨てるだけだ。

「全ては私達が望んだこと。全ては……この先にある。世界を救う。全ての敵を、この世から。一匹残らず駆逐する!」

 あの日、時雨お姉様を盾にして逃げた日に誓ったのだ。
 死力を尽くして任務にあたれ。
 生きている限り最善を尽くせ。
 決して犬死するな。

「戦って死んだ全ての人が私達の決断を見ている。死者は私達を見ている。戦いは終わっていない。自分達の死の意味を探している。自分の死の結果を探している。これから人類の反撃を始めなければならない! 他でもない我々が!! 人道的? 論理? 倫理観? そんなもの今この時代に必要ではない! 確立された安全と高い技術による力! それが必要な時代になっている!!」

 力ある者。
 知恵がある者。
 勇気がある者。
 金がある者。
 ありとあらゆる全ての人間の力と努力が今の状況を作ったのだ。
 それに報いる為に、戦う決意をした者は人間性を捧げなければならない。

「死者の意味を決めるのは私達だ! 全ての死者の為に! 墓の前で死んだかいがあったと笑って伝えられるように! 私達は前へ進まなくてはいけない! これまでの人類の壁を打ち破り、前へ!」

 真昼は叫ぶ。

「衛士になったなら、人類の為に心臓を捧げろ!! 怯えるな! 強くなれ! 戦え! 殺される最後の最後まで足掻いて奴らを殺すのだ!!」

 大声で叫ぶ。

「安全を保証する! 力が得られることを保証する! 全ての責任は私と企業の命を賭ける! 死者に報いたいなら、守りたいものがあるのなら、武器を取れ!」

 私達は取り戻すんだ。でもそれに私達の命に見合うのか?
 この破滅が確定した世界から抜け出せるなら、命を懸ける価値があるだろう。
 私達は自由に生きるんだ。デストロイヤーのいない幸せな世界で。

 会場は静まり返っていた。
 真昼の言葉は悪魔の言葉だった。力を得る為に人間性を捨てる。自分の体にメスを入れて、量産型衛士の自爆特攻作戦を認可する。それは普通に考えれば絶対に容認できないものであった。

 だが、しかし。
 大切な人を失った者。
 大切な人を守りたい者。
 これまでの犠牲で確立された技術で守れる命があるなら、それは受け入れるべきじゃないか?
 それは衛士の根幹に問いかける言葉だった。

 静寂。
 痛いほどの沈黙が会場を支配していた。
 その静寂を破ったのはイェーガー衛士訓練校の第二位の松村優珂だった。

「ねぇ、お集まりの衛士の皆さん。もしかして皆さんはご自分が強いとか、思ってますか? MX3強化手術がなくても大丈夫とか、思ってませんか?」

 その言葉に敏感に反応するものがいる。

「なにやら随分と威勢の良い言葉ですわね。そんなに自信があるのかしら?」

 そう言ったのは船田香純だった。
 挑発的な物言いをする優珂に、順は突っかかる。しかしそれはただの反発ではなく、真昼が力説するMX3強化手術の強さがどれほどのものか知りたいから来る言葉だった。

「ありますよ。イェーガーは親GE.HE.NA.ですからね。当然XM3強化手術はされています。素晴らしいですよこの力は。たぶん、真昼様と私がコンビを組めばこの場にいる全員を相手にしても真正面から叩き潰すことが可能です。そもそも私達に傷一つ合わせられないでしょう」
「何ですって?」

 更にそこに宮川高城がアシストに入る。

「私もその意見に同意します。一度、真昼さんと手合わせしたのですが、魔力リフレクターによる防御によってこちらは攻撃が一切通らず、純粋に力負けしました。そこに戦闘技術などはなく、力技だけで負けました。優珂さんの言葉はあながち間違いではないです」

 その言葉に場はざわつく。
 攻撃が通じないレベルの魔力リフレクターを個人が発生させるなど夢のような話だ。更にそこにリジェネイターが加われば致命傷も一瞬で回復する。

「証拠を見せよう。優珂ちゃん、手伝ってくれる?」
「はい、何をすれば良いですか?」
「ストライクイーグル・バンシィで私を攻撃して」
「わかりました」

 松村優珂は戦術機を取り出し、デストロイモードに起動させる。誰かが止める間もなく、ビームマグナムが真昼に発射される。マギリフレクターによって減衰されるも、真昼の体を貫いて風穴を開ける。

「貴方達!? 何をしてますの!?」
「香純ちゃん、よく見てて」

 優珂は真昼のところまでジャンプして、腹に戦術機を突き刺した。そして抉るように回転させて、捻り切る。大量の血液が飛び散り、会場は真っ赤に染まる。
 腹からこぼれ落ちる内臓が床に飛び跳ねた。

「……そんな」
「ありえない」
「これは、これは!」

 全身を風穴だらけにされて、内臓を引き摺り出された梨璃は煙を噴き出しながら再生していた。肉が膨張して体を覆い尽くして、傷を再生していく。確実に致命傷だったにも関わらず、それがたったの数秒で治癒した。
 真っ赤に染まった会場で真昼はボロボロになった服を纏いながら無傷で立っていた。

「これがXM3の力だよ」

 まさに、暴力的な再生力。
 これに対する反応は二種類だった。その力に惹かれる者。または恐怖する者。

「今、私が再生するのを見て怖いだとか、恐ろしいと思った人は衛士向いてないよ。人が死ぬラインを大幅に更新して、仲間が生き残る可能性が高まったのに、それを拒否感を示すなんて衛士として失格だよ」

 真昼は冷静に言葉を紡ぐ。

「逆に今の光景を見て、凄い、素晴らしい、と思った人は衛士だ。大切な人を守る力を目の当たりにして惹かれるのは当然だからね。そう思ったものは信頼できる」

 衛士は船田香純に目を向ける。

「ねぇ、船田香純さん」
「な、なんですの?」
「貴方は力が欲しいよね。話は聞いてるよ。御台場女学校初等科時代に姉妹共々デストロイヤーの襲撃を受け、姉を庇って負傷しながらも命からがら訓練校まで撤退した経験を契機として『弱き者は衛士を名乗るべきではない』『戦士として強くあれ。何時如何なる状況下でも仲間を見捨てるべきではなく、自己を犠牲にしてでも戦い抜くべき』という信念を持つようになったって。貴方なら、この力の素晴らしさがわかるよね?」

 ぐるり、と顔を動かして今度はコピリコ訓練校ルチアと ジャンヌ、フランシスカに目を向ける。

「コピリコ訓練校のマリアさんとフランシスカさん。二人は強化衛士だよね。マリアさんは強化衛士として不完全だったが故に精神がデストロイヤーに蝕まれて暴走して殺される羽目になった。でも、その研究は私達が引き継ぎ、色々な研究をと併せて完成させた。いわばマリアさんの置き土産なんだ。それを捨てるような真似はしないよね?」
「おねぇちゃんの、置き土産」
「真昼……貴方」
「それとフランシスカ。貴方も早くXM3強化手術を受けた方が良いよ。不完全な手術だと精神がデストロイヤーに蝕まれて破綻する。その前に調整しないと」

 真昼は優しく笑う。

「ルチアちゃん。お姉ちゃんの意思を継がなくて良いの? 彼女が残したデータが人類の役に立つんだよ。貴方も妹なら尊敬する姉の力を受け継いで誰かを助けられる自分になろうよ」

 その時だった。
 巨大な轟音と共に光が迸り、炎が燃え上がった。爆風が会場に叩きつけられて窓ガラスが割れる。
 サイレンが遅れて鳴り響く。

「何が起きたの?」
「東京より入電! エリアディフェスが爆発しました! ケイブが東京に大量発生しています!!」
「総員傾注!! 議論は後だ! これより我々は即席の二機連携エレメントを組んで、東京に出現したデストロイヤーを殲滅する!! 戦術機を持ってガンシップに乗り込め! 衛士の意地を見せてみろ!」
『了解!!』
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