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教導官への転向①

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 神凪女子藝術高校かんなぎじょしげいじゅつこうこう
 衛士の自主性を重んじる異端の衛士訓練学校。
 東京地区荻窪に校舎を構える訓練校。衛士ひとりひとりの人生を大切にしており、デストロイヤー討伐の活動も最低限しか強制しないという理念を持つ。 

 「出撃選択制」を採用しており、神凪女子藝術高校の衛士は参加する戦場を自ら選択することができる。 そのため衛士として独自の考えを持ちながら戦いに望む者が多く集まり、戦場に赴く際にはかなりの覚悟で参戦することからその働きは高く評価されることが多い。 
 校則は緩く、衛士としても最低限の訓練を受ければ良いとされているが、所属衛士のスペックが高めで安定している所以でもある。

 神凪女子の衛士選定眼はかなり有名で、特にトップレギオン・フォーミュラフロントへの指名をもって、他の訓練校から移ってきた不調の衛士を再生させる手腕で名高い。戦力、人柄、連携など的確な評価で知られている。
 G.E.H.E.N.A.に関しては中立派の立場を取る。

 そのトップレギオン、フォーミュラフロントに所属する『綾波みぞれ』は少し集合時間早めにレギオン控え室にやってきていた。その手には今日発売されたある雑誌が握られている。
 みぞれは震える手でテーブルに置いた。
 その雑誌の名前は。

『世界衛士クロニクル特別号・横浜の英雄にして戦場を駆ける幸運のクローバー・一ノ瀬真昼特別特集』

「はぁ、はぁ」

 息が荒くなる。
 一ノ瀬真昼
 今や知らない人はいないと言っても良いほどの有名人。その人の特集だった。
 綾波みぞれは、ゆっくりそのページを開くのだった。



 一ノ瀬真昼。
 横浜衛士訓練校に所属する二年生。最初は彼女が英雄となるまでの軌跡を改めて紹介しようと思います。

 一ノ瀬真昼は横浜衛士訓練校に入学して一週間ほどで姉妹誓約の契約を交わした。
 相手は夕立時雨。ユーザーザインを持つ実力者だ。
 伝説のレギオン、初代アールヴヘイムに所属していた二年生(当時)だ。彼女と意気投合して姉妹誓約の契約を結ぶ(注:姉妹契約は一際仲が良い者同士でしか交わされない)。

 これにより夕立時雨の口添えとスキル・ラプラスを保有していたこともあり一ノ瀬真昼も初代アールヴヘイムに所属する事なる。他のメンバーからは多少の反発があったようだが、夕立時雨の強い要望によって押し通したそうだ。

 そして一ノ瀬真昼は初代アールヴヘイムでラプラスの力を存分に発揮させ、レギオンを伝説へ導いていく。ラプラスの力は自軍の士気上昇と攻撃力防御の増加、そして敵の防御力低下という凄まじいスキルだ。
 一ノ瀬真昼本人は当時のことを「一番楽しかった時代であり、地獄のような訓練を通して仲間との絆を育んだ」と回想している。

 初代アールヴヘイムはお台場迎撃戦などその戦果ばかりに目が行きがちだが、その訓練も常識を逸している。一週間の拠点防衛シュミレーションと呼ばれる常に現れるラージ級以下のデストロイヤーを一週間初代アールヴヘイムのメンバーだけで迎撃し続けて防衛拠点を守るなど他の横浜衛士訓練校は類を見ない訓練をしている。

 そして茨城撤退戦での夕立時雨との離別。
 同時に初代アールヴヘイムの一人が新型戦術機実験の事故で廃人となり、高出力砲の運用ミスによって一般人、衛士に多数の死者を出す事故を起こした。
 これによって初代アールヴヘイムは輝かしい戦果とは裏腹に汚名に濡れた解散をする事になる。

 そして各員が新しいレギオンに所属する中、一ノ瀬真昼は臨時の補充要員として、過酷な外征任務に連続して志願するようになる。この時の彼女は大切な姉妹誓約の相手を失った事と初代アールヴヘイムを失った事に責任を感じて、少しでも世界に貢献しなければと考えていたという。

 横浜衛士訓練校のカウンセラーは当時の彼女をサバイバーズ‐ギルト(survivor's guilt/survivor guilt)だと診断した。

 注:《「生存者の罪悪感」の意。「サバイバーギルト」とも》戦争や虐殺、大災害などに遭いながらも生き残った人々が、犠牲者に対してもつ罪悪感。自分の命は他人の犠牲によるものではないか、自分にも助けられる人がいたのではないか、などの自責の念。不眠や鬱うつ状態を引き起こすこともある。


 そして全ての戦場で勝利を収め、ラプラス発動と共に絶望的な戦況が好転する事から、彼女の髪飾りに因んだ幸運のクローバーと呼ばれ始める事になった。

  二年生への進級と一年生の柊シノアとの出会い、レギオン:ヴァルキリーズを結成する。
 レギオン結成の理由は柊シノアの熱烈なアプローチだという。柊シノアは過去に一ノ瀬真昼に救われており、それがきっかけで衛士を目指したそうだ。柊家は対デストロイヤー建造物の大手であり、彼女もその道進むようだったようだが、命を救われた事で一ノ瀬真昼と同じ衛士になりたいと訓練を始めた。

 そして柊シノアは一ノ瀬真昼に姉妹誓約の契約をしてほしいと言った。しかしそれは本人が断り、条件を出した。それが『自身の悪評の収集』と『一ノ瀬真昼の思想に賛同する同志集め』だったのだ。

 一ノ瀬真昼は幸運のクローバーと呼ばれ、好意的な意見が大多数を占めるが、反対に扇動者と嫌う者も一定数いるのはご存じだろうか?

 彼女のスキル・ラプラスは戦意を向上させる。その為、様々な理由で戦線離脱すべき戦えない人間も戦ってしまうのだ。そのせいで死んだ人はいるだろう。それを目の当たりにした人々から彼女は扇動者と呼ばれている。

 それに成否善悪正邪を決める事はできない。戦わなければ死んでいた人もいるし、戦ったから死んだ者もいる。しかし我々が一つ忘れてはならないのは、少なくとも一ノ瀬真昼と共に戦場に立って犬死した人は誰もいないという事だ。

 彼女はどのような犠牲を出そうとも必ず戦場で勝利を収めている。犠牲なった人々には哀悼の意を表するが、決してそれが無になってはいないのだ。

 そして柊シノアは『悪評』と『同士』を集めてレギオンを結成。姉妹誓約の契約を果たした。

 その後、横浜衛士訓練校に現れたギガント級をヴァルキリーズで殲滅。続けて襲来した超特型ギガント級の一体の単独撃破と、同じく超特型級ギガント級討伐の立役者となった。このデータを世界に共有して大きな貢献をした。

そして衛士訓練校連合を率いてのネストの占領。そしてこうした特型ギガント級デストロイヤーに対抗する為にマギスフィア戦術をに代わる新たなB型兵装の開発、運用とパワーアシストアタッチメントの改良、発展を説いている。

 しかしこの戦いを経て左腕を喪失、足も負傷した事で衛士として不適合の烙印が押され、戦力外通告を余儀なくされる。しかし彼女は戦う意志は強く、教導官として後輩の衛士を少しでも生かす為に努力しているようだ。

 これが横浜の英雄、一ノ瀬真昼の軌跡だ。
 我々は彼女のような英雄に頼ってはいけない。彼女もまだ成人していない少女なのだ。過酷な運命に折れない精神は誰もが持ち得るものではない。しかしだからこそ、今生きている誰もが自分にできる最善を積み重ね欲しいと思う。
 どうか、彼女のような英雄が生まれない世界を願っている。



 そこまで読んだ綾波みぞれは顔が真っ赤に紅潮して雑誌を握りしめていた。

「ふぅ、はぁ、はぁ、みぞれには刺激が強すぎます。輝かしい初代アールヴヘイムからの転落、サイバーズギルドでの苛烈な外征、そして柊シノア様との出会い、そこからのデストロイヤー討伐による英雄。なんて、なんて、なんて! 素敵なんでしょう! 折れても、粉々になっても、それでも抗い続ける精神……自分の悪評を聞かせて突き放そうとするけどその上で仲間になるレギオンメンバーさん達。尊い……これは尊い……!!」

 言葉では表すのは難しい。しかし一ノ瀬真昼の光に綾波みぞれは当てられていた。その行動に尊さを感じていた。彼女の仲間にもだ。普通の衛士同士による信頼や愛情に感じる尊さとは違う。
 私が彼女を救ってあげたい、そんな邪道とも思える気持ちが芽生える種類の尊さだった。
 その時、五条瑠衣が部屋に入ったきた。
 顔を赤くして、息を荒くしている綾波みぞれ見て、ギョッとする。

「みぞれ、アンタ一人で何しているの? 何の雑誌?」

 綾波みぞれの後ろに回り込んで雑誌の中を見る。そこには一ノ瀬真昼の軌跡の後にヴァルキリーズの日常場面が写真と説明付きで貼り付けられていた。
 真昼とシノアが一緒にティータイムを楽しんでいるシーン、色々な格好をしている真昼、その中にはアイドルような格好をしたものもある。戦場を駆ける真昼の姿、色々な髪型をしてある真昼、そして最後にレギオンメンバー全員が映った写真がある。

「ああ、一ノ瀬真昼さんね。うーむ、横浜の英雄か。系統は違うけどある意味アイドルよね。瑠衣もそうなれるように頑張らなきゃ」
「そうですね、瑠衣ちゃんが目指すはアイドルリリィですもんね。真昼様はその参考になると思います。幸運のクローバーみたいな二つ名がつけば更に近づけますね」
「二つ名! 確かにそうよね! 私も何か象徴となるものをつけようかしら」

 二人は雑誌をめくって次のページを見る。
 そこには二人のコメントが載っていた。

 ◆

・一ノ瀬真昼からのコメント
「自分に果たしたい目的があるのなら、生ある限り死力を尽くして最善を尽くせ」
「もし伝えたい言葉があるのなら、今すぐ伝えたほうがよい。明日にはいないかもしれない」
「綺麗事だけでは世界は回らない。だけど綺麗事を現実にする為に努力している人達のことを私達は忘れてはならない。それが例え罵倒や非難される非道な行いだとしても、それは確かに尊い行いなのだ」

・真昼の推薦、間宮愛花からのコメント
 私は故郷をデストロイヤーに焼かれ、幼年期から衛士として育てられました。故郷奪還と死んだ兄達の復讐のために努力を重ねました。しかし目的のスキルは発現させず、常に2番手で故郷奪還の夢は遠く、そして横浜衛士訓練校で唯一の汚点を刻みました。
 私は10年以上努力して報われない日常を繰り返して、故郷の奪還すら諦めていました。そこに現れたのが真昼様でした彼女は私の手を取り、私を知り、私の目的を知った上でレギオンを入れてくれました。

 まだ故郷奪還の目的は果たせていません。しかし夢を持ち続ける事ができました。私は彼女との出会いに感謝しています。どうか絶望していても、諦めていても、たとしても、と歯を食いしばっていれば貴方の元にも幸運のクローバーがやってくるかもしれません。

 ◆

「真昼様の言葉は重いですね。色々な経験をされて、それから出る言葉が自分のことではなく誰かの為への言葉なのが尊い。ああ。素晴らしいです。世界を救う為に努力している人は誰もが尊い存在……ああ、みぞれもそんな風になれるでしょうか」
「間宮愛花も色々あったのね。雑誌のモデルをしていて、才能があるって言われてたけど、本人の望んだものは手に入らないなんて悲しいわね」
「でも、最後は諦めないで、と言っています。真昼様の出会いで、心を救われたんです。はぁー、ふぅー、尊い」

 扉が開き、赤火フレデリカと今流星と宮川高城が入ってくる。

「みんな揃ってるわね」
「はい、今日は重大な発表があるって聞いてましたけど」
「なになに先輩! 教えて教えて!」
「落ち着いて。まずはお茶を入れましょう」
「クッキー焼いてきたからそれを食べながら話しましょうか」

 テーブルにクッキーが置かれて、それぞれの前にお茶が揃う。

「じゃあ話すわね。みんなは一ノ瀬真昼さんって知ってる?」
「はい。横浜の英雄ですよね」
「その通りよ。真昼さんは今教導官をやっているのは知っているかしら?」
「は、はい。戦いで左手を喪失してから教導官に転向したと」
「つまり! 教導官として一ノ瀬真昼先輩が来るんだね!」
「フレデリカちゃん、流石にそれは」

 フレデリカの言葉に、やんわり否定するみぞれ。しかし流星は首を振った。

「そうよ、一ノ瀬真昼さんが神凪に来る。臨時教導官としてね」
「え、ええええええええええ!?!?!!?」

 レギオン控室に綾波みぞれの悲鳴が轟いた。
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