Fの真実

makikasuga

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終焉~Fの遺言~

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 レイとシラサカが松田の診療所に顔を出せたのは、和臣の死から四日目を迎えた深夜の時間帯だった。
「お疲れさま。ふたりとも、大丈夫? すごく疲れた顔してるよ」
 カナリアがノートパソコンを持って出迎えた。
「大変だろうとは思ってたけど、こんなに面倒だと思わなかったわ」
 シラサカは冠婚葬祭用のネクタイを取り、上着を脱ぎ、カナリアに預ける。大勢の人の前に出ることもあって、シラサカはコンタクトを入れて黒目に見えるようにしていた。
「一段落しただけで、まだ終わりじゃねえからな」
 レイも同じようなスーツを着ていたが、ネクタイを緩めることも上着を脱ぐこともしなかった。唯一したことは、かけていた眼鏡を外したことである。
「はいはい、わかってますよ」
 シラサカは側にいたカナリアの髪をぐしゃぐしゃと撫で回す。嬉しそうに笑うカナリアを見て、レイはこんな言葉を漏らす。
「マキと桜が盛り上がるのも、わからなくはないな」
 仲が良いのは結構だが、これ以上発展した場合、色々と対応を考えなくてはならなくなる。
「だから、そういうのじゃないんだってば!?」
 慌てふためくカナリアを、そっと抱きしめるシラサカ。
「わー、久しぶりのハニーの体温だ」
「やめろ、離せって!?」
 慌ててシラサカを振り解くカナリア。
「照れなくてもいいのに」
「そういうことするから、変な誤解されるんだぞ!?」

 恋愛というよりは溺愛親子か。

 こんなにシラサカに懐いた人間は他にはいない。カナリアはシラサカの足枷になっており、唯一の弱点になってしまった。
「いいじゃん、いいじゃん。何があっても、俺が護ってやるって」
 とはいえ、おいそれとシラサカに手を出す人間がいるとは思えないし、カナリアがシラサカのお気に入りであることは周知の事実だ。何より、花村が認めている。
「ナオは草薙のところか?」
 頭を切り替えて訊ねれば、そうだよと言って、カナリアはノートパソコンを差し出す。
「レイの指示通り、ドクターと交代で病室に詰めてる。今日はナオが泊まりの日だよ」
 松田と相談の上、草薙を二十四時間監視することにした。決してひとりにしないようにと言い含めてあった。
「昼間マキとボスが来たよ。ボスは草薙と面会した後帰ったけど、マキは夕飯まで一緒だった」
 マキには、蓮見と直人の様子を見に行かせていた。既にメールで連絡をもらっている。
「先生はともかく、ここはナオより刑事さんの方がよかったんじゃねえの」
 シラサカは、再度カナリアの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら言った。
「奴の言葉で、草薙は和臣をバラすのを躊躇ったぐらいなのに」
 やたらといがみ合っていたものの、シラサカは藤堂を認めているようである。
「草薙の動揺具合からして、あの言葉は奴の母親のものだろう。藤堂が血縁だということが公になった以上、草薙は警察を辞めるつもりでいる」
 草薙は藤堂を不幸にしたくないという気持ちが人一倍強いはずだ。彼に迷惑がかかることは決してしない。草薙が辞めれば、直人と蓮見がいる特殊捜査二係も解散となるだろう。
「草薙が辞めたら、俺らが関わることはなくなるな」
「ハナムラは何の問題もない。むしろ面倒がなくなって仕事がやりやすくなる。ただ、ナオと蓮見さんはハナムラの内情を知りすぎているから、ウチに来るか、あるいは……」
 シラサカと共にレイがたたみかければ、側にいたカナリアが不安そうな顔になる。
「それって、ふたりが死んじゃうってこと!?」
「最悪を想定すればな」
 カナリアは顔色を変え、目を潤ませた。彼がシラサカの次に慕っているのは直人である。
「おいおい、ハニー泣かしてどうすんだよ」
 よしよしとシラサカはカナリアを宥めにかかる。レイは事実を述べただけで、最悪の事態だけはなんとしても避けるつもりであった。
「要するに、ナオ達には今のポジションで動いてもらうのが一番ってことだ。だからこそ、今草薙に辞めてもらったら困るんだよ」
 レイは大きく息をついた後、カナリアから受け取ったノートパソコンを操作する。しばらくすると、画面に仏頂面の藤堂の顔が映し出された。
「まだ起きてたのか、刑事さん」
『四六時中監視されたら、おちおち眠れやしねえんだよ』
 カナリアには午後十時から午前八時までは見張らなくていいと言ってあるが、動向は記録してあり、不審な行動を察知すればレイに連絡が行くようになっているのだ。
「単刀直入に聞く。おまえはまだ草薙に警察を辞めてほしいと思っているのか?」
『そりゃあ、反社会的勢力との関わりが公になったら困るからな』
「そういうことを抜きにしてだ。草薙を一警察官として、どう思うかだよ」
 レイの問いかけを聞いて、藤堂は不機嫌そうな顔つきになる。
『……おまえらには言いたくない』
「なんで俺らに言えねんだよ」
 藤堂の答えが不服だったらしく、シラサカがひょいと顔を覗かせた。
『てめえがいるからだよ、バカ殺し屋』
「刑事さんの頭ん中は、相変わらずお花畑だねえ」
『なんだと!?』
 毎度毎度なぜか言い争いになる藤堂とシラサカ。疲れがたまっているレイは、すかさずシラサカを一喝する。
「何回言わせんだ、面倒を増やすんじゃねえよ!」
「えー、また俺だけ?」
 自分だけ責められたことが不服だと言わんばかりに、シラサカは拗ねる。その様子を見て、カナリアが笑った。
「俺らに言いたくなくても、本人には言えるだろ」
 レイは再びキーボードを操作した後、シラサカやカナリアにも見えるようにダイニングテーブルに置いた。
「おまえの中にある真実を伝えろ」
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