Fの真実

makikasuga

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過去~Fの正体~

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 賑やかな特殊事件捜査二係を後にし、レイは階段に通じる突き当たりの扉を開ける。
「警視庁の中枢に殺し屋が入り込むなんて、前代未聞だな」
 一階に向かう踊り場にある人物が佇んでいた。捜査一課の刑事、藤堂駆である。自分を見下す位置にいたことが気に入らなかったが、存在を無視し、レイは階段を昇った。
「ウチのセキュリティは、あんたが全部仕切ってんだろうけど」
 レイが踊り場にやってくると、藤堂に道を塞がれた。身長は自分と同程度、直人と違って服装に気を遣うらしく、ブランド物のダークなスーツを着ていた。刑事ということもあって、やはりピリピリとした空気を纏っている。言い返したい気持ちはあったが、ここが警視庁内であることからして、レイは無言を貫いた。
「挑発には乗らないってことか。さすがはハナムラのナンバー3」
「邪魔なので、どいてもらえませんかね、刑事さん」
 あきらかな棒読みで、名前は言わず、視線も合わせない。相手にしていないと言わんばかりに。
「俺はあんたに用があるんだよ、死人のカネモトレイ君」
 昔の名前をこんなところで口に出されるとは、本当に気分が悪い。レイは大きな溜息をついた後、藤堂と視線を合わせた。
「へー、この情報、嘘じゃなかったんだ」
 レイの素性を知っても、藤堂は恐れることなく自信に溢れていた。
「言いふらしたければ、好きにしろ」
「そんなことしたら、あんたらに殺されるだけだろ」
「そりゃ残念。悪いけど、急ぐから」
 藤堂を押しのけ、レイは階段を上がろうとすれば、背後から左腕を掴まれた。こうまでされると我慢の限界がきてしまった。
「おまえ、マジでバラされ──」
「草薙総監の居場所を教えろ」
 レイが全て言い終わらないうちに、藤堂が言った。
「自宅に居ないことはわかっている。あんたらが匿ってんだろ」
 振り返ってみれば、それまでの余裕綽々な態度は消えていた。
「教えてくれ。このままだと危ないんだよ!」
 何が危ないのかと訊ねようとしたとき、上着の内ポケットに入れてあるスマートフォンが震えた。藤堂は左腕を掴んだまま離そうとしないため、レイは右手でスマートフォンを取り出し、相手を確認せずに通話ボタンを押して耳に当てた。
『レイ、ナオの部屋に誰か訪ねてきたよ』
 警視庁の近くでシラサカと共に車内で待機しているカナリアだった。カナリアには、直人の部屋の中と外をモニターさせてあるのだ。
「どんな奴だ?」
『Kいわく、ヤバそうな連中だって。さっきから何度もインターホンを鳴らして、なかなか帰ろうとしない』
 レイは改めて藤堂を見やる。藤井の命令で自分を足止めしているとしても、草薙の居場所を知りたがるのがわからない。今夜会う約束をしている直人に聞いた方が確実だ。

 鎌をかけてみるか。

「大至急、車を本庁の前に。それから、草薙には絶対動くなと言っとけ」
『了解』
 レイは電話を切って元の位置に戻し、右耳に通信機を突っ込む。すぐに別のポケットから拳銃を取り出し、銃口を藤堂に向けた。
「今、総監の名前が出た。何があった?」
 至近距離で銃口を向けられても、藤堂は脅えることなく、レイに食ってかかった。
「あいつはどこだ、教えろ!」
「藤堂駆。警視庁捜査一課強行犯係、高梨班所属。母親の藤堂文香は未婚で子供を産んだため、戸籍欄の父親の名前は空白」
 既に調査済の経歴をレイが話し始めると、動揺したのか、藤堂は唇を噛みしめ、俯いた。
「藤堂文香は草薙と同じ大学に通っていた。二人がつきあっていたという話もあったが、本人は否定し続けた。大学を卒業した翌年、彼女は一人で子供を産んで育てていたが、三年前に病死」
 藤堂が草薙の居場所を知りたがるのは、彼に危険が及ぶことを知ったためだ。藤井に言われて動いているわけじゃない、これはただの私情。
「死の間際に真実を話したんじゃねえのか、おまえの父親が草薙だってことを」
 最後の言葉に反応して、藤堂は顔を上げた。
「だったらなんだよ」
 銃口を向けられ、秘密の暴露されても藤堂は怯まなかった。こういうふてぶてしさは草薙によく似ている。
『着いたよ、レイ、今どこ?』
 しばし睨み合っていると、庁舎前に到着したというカナリアからの通信が入った。遊びはここまでだと、レイは笑った後、銃口を藤堂の胸に押しつけた。
「迎えが来た。行くぞ」
「行くって、どこへ?」
 藤堂が草薙の息子でも、彼自身を信用したわけではない。裏で藤井に操られている可能性だってある。
「父親に会いたいんだろ。殺し屋同伴で連れて行ってやるよ」
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