Fの真実

makikasuga

文字の大きさ
上 下
18 / 43
過去~Fの正体~

しおりを挟む
『なんでも一人で抱え込もうとするのが、おまえの悪い癖だ』
 沈黙を破ったのは、冷静な花村の声だった。状況からして、レイと一緒にいるのだろう。
『俺に泣きついてきたくせに、今更カッコつけてんじゃねえぞ』
 更に松田の声も混じる。三人が一緒という状況に、直人だけでなく草薙も困惑した。
 そうこうするうちに、勝手に玄関が開かれ、花村、松田、レイ、シラサカの四人が上がり込んできた。
「いつから話を聞いていたんです?」
「最初から。俺ん家で作戦会議してたからね」
 直人の問いかけに答えたのはシラサカだった。花村は草薙の側にやってきた。
「言ったはずだ、英介の死は私にも責任があると。そうでなければ、何十年もいがみ合うフリをする必要はなかっただろう」
 それは初めて聞いた花村の優しい言葉だった。
「つまり、花村さんと草薙さんは……?」
「昔と同じ、ダチのままだってことだよ」
 直人の質問に答えたのは松田だった。それでもまだ、直人は納得出来なかった。
「どうして、そんなややこしいことを?」
 この様子だと松田も知らなかったようだし、ここまで徹底的にやる必要があったのだろうか。
「表向き、ボスは友人を草薙に殺され、警察への不審と復讐心からハナムラの人間になっている。二人が犬猿の仲であること、ボスが草薙を憎んでいることは、周囲を欺くためにもアピールし続けなければならなかった。警察関係者とは決して関わるなと言い続けたのは、このことを知られないためだったんだよ」
「ウチもだけどさ、警察上層部も昔のことをいつまでも引きずってるじゃん。だから秘密にしてたんだと。まあ、俺らもさっき聞かされたばかりで、正直驚いてんだけど」
 どうやら、レイもシラサカも、直人と同じ気持ちでいるようだ。
「俺を巻き込みたくねえとかな、今更なんだよ。おまえらが仲悪いせいで、どれだけ気遣ってきたと思ってんだよ!?」
 長年、二人の間に入っていた松田は怒りを露にする。
「そのことについては、何度も謝っているだろうが」
 やれやれと言ったように、花村が肩をすくめた。冷酷な表情しか見せなかった彼が、こんな仕草をするなんてと、直人は目を丸くした。
「あんたとボスが仲良しだってことは理解した。その上で改めて聞く。草薙、脅迫状を出した人物、わかってんだろ?」
 レイが脅迫状という言葉を発した途端、和やかだった空気がピンと張りつめた。
「すみません、上着の中にあった脅迫文を見てしまいました」
「かまわないよ。どうせわかることだから」
 勝手に見てしまったという後ろめたさもあり、直人は謝罪したが、草薙は気にしていないようだった。
「おまえ、まだ庇うつもりなのか?」
 この言い方だと、花村も心当たりがあるようだ。
「藤井英介の身内で、今も生存しているのは五つ上の兄の藤井英吾しかいない。妻は二年前に病死。英吾本人は認知症を患って施設におり、誰のこともわからない状態にある。たった一人の息子も忘れているそうだ」
 息子という言葉に草薙が反応し、レイにこう訴えかけた。
「彼は真相を知らない。私が英介を殺したという話を誰かから聞いて、操られているだけなんだ!」
「その息子が藤井慶。現在は警視庁捜査一課の強行犯係に在籍している」
 なぜ草薙が口を閉ざしたのか、事件を明るみにしなかったのか、ようやくわかった。
「草薙さんを刺したのは、藤井さんだったんですか!?」
 直人も藤井のことはよく知っている。捜査一課の高梨班にいた頃、今朝会いに来てくれた藤堂とコンビを組んでいた刑事である。
「一通り経歴を調べたが、藤井慶は公安の人間だった。捜査一課への異動は、藤堂駆を見張るためのようだ」
「どうして藤堂さんを?」
「その辺の事情に関しては、元公安の蓮見さんに探ってもらうようにお願いしてる」
 藤堂という名前にも、草薙は反応を示した。
「藤堂君に関しては、この件とは無関係だと断言するよ」
「なぜそう言い切れる?」
「プライベートなことだから、答える必要はない」
 レイにきっぱり言い切る草薙。口を挟まないことからして、このことは花村も松田も知らないようである。
「無関係であると思いたいね。むしろ、藤井が藤堂を引きずり込んだ可能性が高いだろうな」
 レイは草薙と藤堂の間に繋がりをわかっているようだった。
「それなら、俺が藤堂さんに会ってきます!」
「却下」
 レイは直人の提案をばっさりと切り捨てた。
「けど、俺の方が藤堂さんだって話しやすいはずだろ」
「自分の立場を認識しろ、ナオ。万が一のことがあったら、その足でどう対処するつもりだ」
 レイの言葉で、直人は忘れていた現実を思い出した。自分の右足は長時間の歩行に耐えることが出来ず、ましてや走ることは出来ないということを。
「今の部署だから復帰が許されただけで、おまえの体で捜査なんて出来やしないんだぞ」
「だったら捜査じゃなく、個人的に会うだけにする」
「おい、こら、わがまま言ってんじゃねえぞ!」
 直人は知りたかった、藤堂がなぜ草薙を嫌悪するのかを。彼と何度も酒を飲んで話し合ったことがあるからこそ、この件とは無関係であってほしかった。藤堂は自分の正義を決して曲げたりしないはずだから。

「そのくらいにしておけ、レイ」
 意外なことに、レイの諌めたのは花村だった。花村は直人をまっすぐ見据えていった。
「君は草薙の部下だ。彼が許すのであれば、我々に止める権利はない」
 花村は最終判断を草薙に託した。直人は草薙に向かって頭を下げた。
「お願いします、草薙さん。藤堂さんと話をさせてください!」
「仕事ではなく、個人的に会うというのなら、私が口を出すことではないよ」
 意外にもあっさりと草薙は認めてくれた。直人は顔を上げると、レイを見やる。
「わかったよ、わかりました。但し、会うのは外にしろ。シラサカに見張らせるから」
 その後、藤堂に連絡を取った直人は、翌日の夜に会うことが決まったのだった。
しおりを挟む

処理中です...