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死神は告知する
④
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「あんたいったい、何を隠してるのよ」
応えるはずがないとわかっていたけれど、呟かずにはいられなかった。レイ曰わく、あれが柳の強いトラウマであるのなら、そこから導き出される結論はこうだ。
柳はおそらく家族と思しき人々を奪われ、その相手を殺したい程憎んでいる。
柳が警察官だったという話は嘘じゃなさそうだ。それなら尚更、捕まえるというべきではないのか。それに加えて、柳の先輩だというレイの存在が異様すぎる。フルネームで柳を呼んだのに「知らない」と言い切ったかと思えば、レイ自身がフルネームを名乗ると、態度を急変させた。まるでレイに弱みを握られているかのように。
「変なとこ、見せちまったな」
ぼんやりと考え込んでいた麻百合は、か細い声で我に返る。いつのまにか、柳は右腕で両目を覆っていた。
「起きてたの、大丈夫?」
「ああ」
言葉とは裏腹に、目を覆っている柳の右腕はガタガタと震えていた。
「全然大丈夫じゃないよ。待ってて、高橋さん、呼んでくるから」
「呼ばなくて、いい」
「でも、すごく苦しそうなのに」
「いい、これぐらい、平気だから」
柳は唇を噛みしめ、必死に堪えている。こんな弱々しい姿を見せられたら、麻百合は心配になるばかりだ。
正直まだ怖い。先程レイが言ったみたいに、触れたらまた殴りかかってくるのかもしれない。だが、このままにはしておけない。
覚悟を決めて、麻百合は恐る恐る手を伸ばした。距離が近づく程に、柳の苦しみが露わになる。手だけじゃない。噛みしめた唇は血の気を失い、全身が震えている。流れ落ちる汗は止まらず、相当な不快感を伴っているはずなのに拭うこともしない。
「もう、帰れ」
震える右腕に触れようとして、麻百合は気づいた。首筋に伝い落ちるのは汗だが、頬を伝うのは汗ではない、涙だ。柳が目を覆い隠すのは泣き顔を見られたくないからだった。
「帰って、くれよ……」
衝撃的な光景だった。男の人がこんな風に泣くのを見たのは初めてだったから。
そっとしておくべきだろう、柳自身もそれを望んでいる。だがそれが彼の本心だろうか。ガタガタと体を震わせながら、溢れ出る雫を抑えることが出来ずにいる。こんな泣き方をする人を、ひとりにしていいわけがない。
麻百合は震える柳の右手にそっと触れた。まるで血が通っていないかのように冷たかった。すぐさま両手で握りしめる。自分の体温が伝わるように、そうすることで少しでも楽になるように、と。
「……触んな」
「だって、こんなに手が冷たいのに」
「どうでも、いい」
「誰にも言わない。勿論花梨にも。だから、今は甘えて」
麻百合は知っている、ひとりで泣くことの辛さを。誰にも届かず、誰にもわかってもらえず、ただ泣きじゃくる行為の虚しさを。
泣いて消化出来る苦しみではないのだ。泣けば泣くほど、その苦しみは増大し、自らを追い込んでいく。
「帰れって、言ってんだろ」
全て言い終わらないうちに、麻百合は強い力で引っ張られ、気がつけば、上半身を起こした柳に抱きしめられていた。
言葉と行動が正反対だが、おそらくこれが柳の本音だ。涙の感触がはっきりとわかる。悲しみや痛み、苦しみが詰まったような、切ない感情がひしひしと伝わってくる。
「花梨の代わりだと思っていいから」
「うる、さい」
「さっきも言ったように、誰にも言わな……!?」
言葉をせき止めるように、麻百合の唇は塞がれた。震える柳の唇はやはり冷たくて、しょっぱい味がした。
ほんの数秒だったのか、あるいはもっと長い時間だったのか、よく覚えていない。だが唇が離れたとき、名残り惜しさを感じたことは事実だった。
「だから、帰れって、言った……の、に……」
全て言い終わらないうちに、柳は麻百合にもたれかかってきた。
「ちょっと、待って、重い、重いってば!?」
くっついてきた柳を必死の思いで剥がしてみれば、彼は眠っていた。涙の跡はそのままだが、呼吸は正常に戻っていた。再びベッドに寝かせ、側にあったタオルで涙を拭ってやる。それでも柳は目を覚ますことなく、安らかな寝息を立てていた。どうやら落ち着いたらしい。ほっとした途端、先程の行為を思い出して、麻百合は恥ずかしくなった。
柳が麻百合の唇に触れたのは、会話をせき止めたかったから。今までの言動や行動からして、柳なら何の気なしにやりそうだとわかる。
なんで、キスなんかするのよ。
だが、柳の唇の感触は熱を帯び、麻百合の中に残ってしまっていた。
応えるはずがないとわかっていたけれど、呟かずにはいられなかった。レイ曰わく、あれが柳の強いトラウマであるのなら、そこから導き出される結論はこうだ。
柳はおそらく家族と思しき人々を奪われ、その相手を殺したい程憎んでいる。
柳が警察官だったという話は嘘じゃなさそうだ。それなら尚更、捕まえるというべきではないのか。それに加えて、柳の先輩だというレイの存在が異様すぎる。フルネームで柳を呼んだのに「知らない」と言い切ったかと思えば、レイ自身がフルネームを名乗ると、態度を急変させた。まるでレイに弱みを握られているかのように。
「変なとこ、見せちまったな」
ぼんやりと考え込んでいた麻百合は、か細い声で我に返る。いつのまにか、柳は右腕で両目を覆っていた。
「起きてたの、大丈夫?」
「ああ」
言葉とは裏腹に、目を覆っている柳の右腕はガタガタと震えていた。
「全然大丈夫じゃないよ。待ってて、高橋さん、呼んでくるから」
「呼ばなくて、いい」
「でも、すごく苦しそうなのに」
「いい、これぐらい、平気だから」
柳は唇を噛みしめ、必死に堪えている。こんな弱々しい姿を見せられたら、麻百合は心配になるばかりだ。
正直まだ怖い。先程レイが言ったみたいに、触れたらまた殴りかかってくるのかもしれない。だが、このままにはしておけない。
覚悟を決めて、麻百合は恐る恐る手を伸ばした。距離が近づく程に、柳の苦しみが露わになる。手だけじゃない。噛みしめた唇は血の気を失い、全身が震えている。流れ落ちる汗は止まらず、相当な不快感を伴っているはずなのに拭うこともしない。
「もう、帰れ」
震える右腕に触れようとして、麻百合は気づいた。首筋に伝い落ちるのは汗だが、頬を伝うのは汗ではない、涙だ。柳が目を覆い隠すのは泣き顔を見られたくないからだった。
「帰って、くれよ……」
衝撃的な光景だった。男の人がこんな風に泣くのを見たのは初めてだったから。
そっとしておくべきだろう、柳自身もそれを望んでいる。だがそれが彼の本心だろうか。ガタガタと体を震わせながら、溢れ出る雫を抑えることが出来ずにいる。こんな泣き方をする人を、ひとりにしていいわけがない。
麻百合は震える柳の右手にそっと触れた。まるで血が通っていないかのように冷たかった。すぐさま両手で握りしめる。自分の体温が伝わるように、そうすることで少しでも楽になるように、と。
「……触んな」
「だって、こんなに手が冷たいのに」
「どうでも、いい」
「誰にも言わない。勿論花梨にも。だから、今は甘えて」
麻百合は知っている、ひとりで泣くことの辛さを。誰にも届かず、誰にもわかってもらえず、ただ泣きじゃくる行為の虚しさを。
泣いて消化出来る苦しみではないのだ。泣けば泣くほど、その苦しみは増大し、自らを追い込んでいく。
「帰れって、言ってんだろ」
全て言い終わらないうちに、麻百合は強い力で引っ張られ、気がつけば、上半身を起こした柳に抱きしめられていた。
言葉と行動が正反対だが、おそらくこれが柳の本音だ。涙の感触がはっきりとわかる。悲しみや痛み、苦しみが詰まったような、切ない感情がひしひしと伝わってくる。
「花梨の代わりだと思っていいから」
「うる、さい」
「さっきも言ったように、誰にも言わな……!?」
言葉をせき止めるように、麻百合の唇は塞がれた。震える柳の唇はやはり冷たくて、しょっぱい味がした。
ほんの数秒だったのか、あるいはもっと長い時間だったのか、よく覚えていない。だが唇が離れたとき、名残り惜しさを感じたことは事実だった。
「だから、帰れって、言った……の、に……」
全て言い終わらないうちに、柳は麻百合にもたれかかってきた。
「ちょっと、待って、重い、重いってば!?」
くっついてきた柳を必死の思いで剥がしてみれば、彼は眠っていた。涙の跡はそのままだが、呼吸は正常に戻っていた。再びベッドに寝かせ、側にあったタオルで涙を拭ってやる。それでも柳は目を覚ますことなく、安らかな寝息を立てていた。どうやら落ち着いたらしい。ほっとした途端、先程の行為を思い出して、麻百合は恥ずかしくなった。
柳が麻百合の唇に触れたのは、会話をせき止めたかったから。今までの言動や行動からして、柳なら何の気なしにやりそうだとわかる。
なんで、キスなんかするのよ。
だが、柳の唇の感触は熱を帯び、麻百合の中に残ってしまっていた。
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