世界をとめて

makikasuga

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アタッカーが開くとき

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「なんでそこにいるのよ」
「いるところがここしかねえ」
 自宅で用事を済ませている間、柳は麻百合のベッドを占領し、見るともなしにスマホを眺めていた。
「狭い部屋で悪かったわね」
「ひとりならこんなもんだろ。広すぎる浅田の家よか居心地がいい」
 バカにされると思ったのに、柳はそうしなかった。やがてスマホを放り投げると、横を向いてしまう。
「まさか、寝るつもりじゃないでしょうね」
「終わったら起こせよ」
「え、ちょっと!?」
 慌てて顔を覗き込めば、柳は目を閉じていた。麻百合は大きく息を吐き出し、ブザーが鳴った洗濯機へと向かう。
 築二十年、六畳の部屋に申し訳程度のキッチン。バス、トイレが別々の二点セパレート。オートロックで駅近のためか家賃は高め。会社勤めを辞めることが決まってからの引っ越しだったので、もっと家賃を下げるべきだとわかっていたが、何件か見た物件の中では一番だったのでここに決めた。
 この部屋に人が来ることはほとんどない。男なんて皆無である。それなのに、麻百合のベッドには柳がごく自然に寝ている。

 よくわからないのよね、この男。

 洗濯を干しながら、麻百合は考える。この風貌でどうやって花梨と出会ったのか。そして恋人になったのはなぜか。警察関係の知り合いがいるという話だったが、不正行為をやってのける人間とも繋がりがありそうである。

 どう見ても働いてなさそうなのに、どこから収入得てるわけ?

 花梨の前では絶対に吸わないが、隠れた場所で、柳は煙草を吸う。ラフな服装(シャツか、Tシャツか、パーカーにジーンズ)ではあるが、それらがブランド物であることは明らかでもある。

「俺に聞きたいことあるんじゃねえの?」
 麻百合が洗濯を全て干し終えると、柳は目を開けることなく、言葉を発した。
「別に、ないけど」
「じろじろ見てただろ。答えられる範囲でなら答えてやってもいいぜ」
 柳は目を開けると同時に起き上がり、体をほぐすように両腕を伸ばした。部屋に入った途端、暑いといってパーカーを脱ぎ捨てたため、半袖の黒いTシャツ姿である。
 初対面のときから思っていたことだが、柳は細身ではあるが筋肉質な体型だ。何かスポーツをやっていたのだろうか。身長は高いし、バスケやバレーをやっていたと言われても納得はいく。
「なんかスポーツやってた?」
「全く。高校まで喧嘩ばっかしてたから」
「でも、右腕の傷は新しそう。今も喧嘩とかしてるわけ?」
 たまたま目に入った新しい傷痕を見て、麻百合は何の気なしにたずねたのだが、途端に柳の表情が凍りついた。
「ごめん。聞いたらダメだったかな」
「いや。コレがきっかけで花梨と出会ったんだ。あいつに助けられなかったら、死んでたから」
 右腕に残る傷痕に触れ、柳は哀しげな笑みを浮かべた。
「死んでたって……」
「大したことねえと思って放置したら、ヤバいことになっただけ」
 顔を見られたくないのか、柳は後ろを向いてしまった。背中がどこか寂しそうである。
「だから、花梨の奴隷なの?」
「まあな。あいつには一生頭が上がらねえ。終わったんなら帰るぞ」
 それ以上は触れられたくないと言わんばかりに、柳は脱ぎ捨てたパーカーを拾い、傷痕を隠すように羽織った。謎は何一つ解決せず、逆に増えただけな気がした。
 窓の施錠を確認し、部屋を後にすべく、着替えを詰め込んだ鞄を麻百合が持とうとすれば、先に柳が手にした。
「いいよ、自分で持つから」
「これくらい普通だろ」
「荷物ぐらい、自分でなんとかする」
 そう言って、麻百合は柳の手にあった鞄を奪い取る。
「自意識過剰な上に、意地っ張りかよ」
 苦笑して肩をすくめた後、今度は柳が麻百合から鞄を奪い取った。
「返してよ!」
「返さねえ。ほら、行くぞ」
 柳は麻百合の鞄を左肩に背負うと、右手で自分の腕を引き寄せる。文句を言おうとして顔を見れば、柳は笑っていた。少年のような屈託のない表情で。

 わけわかんない男だわ、やっぱり。

 謎だらけの柳ではあるが、この表情だけは嫌いじゃないと密かに思う麻百合であった。
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