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動き出したギミック
①
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見知らぬ場所で麻百合は朝を迎えた。豪邸の二階にある客間に通されたものの、こんな状況で眠れるはずもなく、麻百合は早々に起き出し、こっそり部屋の外に出て見る。
「なんなの、ここは……」
部屋の扉と思しきものが前方に点々と続いており、例えるならホテルの廊下のような感じか。敷き詰められた絨毯の上品さと色使いが、この家が豪邸であることを示していた。
「おはようございます、麻百合様」
麻百合が大きな溜息をついたとき、背後から声をかけられた。昨夜話したイケメン執事の高橋である。
「おはようございます。あの、服がこれしかなかったんですけど」
用意されていた着替えは、麻百合が絶対着ることのないフリル付きの清楚なワンピースであった。一緒に用意されていた下着は普通ものであったが。
「よくお似合いですよ。朝食を準備いたしますね」
似合っているわけなどないのだが、くたくたのパジャマを着るわけにも行かず、仕方なく着替えたのである。
「すみません、食欲ないので。それより、お話を聞かせていただきたいんですけど」
頭は混乱状態で全く眠れなかったのだから、食欲なんてあるわけがない。麻百合は一刻も早くこの場所から立ち去りたかった。
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
案内されたのは隣の部屋だった。室内は麻百合が泊まった部屋と相違なく、ダブルサイズのベッドに小さなテーブルとクローゼット、バス・トイレ付きである。
「書類をお持ちしますので、おかけになってお待ちくださいませ」
ひとり残されて、麻百合は小さく息をついた。前方にある鏡を見て、酷い顔色だと思い知る。ブランド物と思しき化粧品が用意されていたが、香料がきつくてつける気にならず、何より麻百合の肌に合うかもわからなくてやめたのだ。
「ファンデーション位、塗っておいた方がよかったかな」
イケメン執事と話す機会なんてそうあるわけじゃない。こんな状況でなければ、麻百合の気分も高揚していたはずだ。今度は大きな溜息をつく。ほぼ同時にノックの音と共に、失礼しますという声がして、高橋が入ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが戸籍謄本となっております」
高橋はテーブルの上に公文書を置いた。
「花梨様のお名前の欄に麻百合様のご両親のお名前があり、養子縁組の記載がございます。これで花梨様が麻百合様と血縁関係にあることが証明出来るかと思われます」
双子の妹の名前は浅田花梨というらしい。当然ながら生年月日も同じである。どう答えていいかわからず、麻百合は曖昧に頷いてみせた。
「花梨様は生まれつき体が弱く、何度も命の危機に瀕していました。それを救ったのがこの家の当主であり、主治医でもあった浅田相次郎様です。相次郎様の奥様は出産の際に亡くなられ、かろうじて助かったお子様も後を追うように亡くなられた辛い経験をお持ちでした。そのため、花梨様を我が子の生まれ変わりのように感じられて、麻百合様のご両親に花梨様の治療の一切を無償で引き受ける代わりに、浅田家の養女として迎えたいと申し出られたそうですよ」
双子を育てるのは大変なことだ。ひとりが病弱だったとすれば、経済的な負担は更に増える。ましてや両親は麻百合が十歳のときに事故死しているのだから、この選択は賢明だったといえる。
「相次郎様と麻百合様のご両親の間で、ふたりが十八歳になったら本当のことを打ち明けようという話になっていたのですが、その間にご両親は亡くなられ、麻百合様の消息もわからなくなっていました。こうしてお会い出来て、本当によかったと思っていますよ」
高橋の言葉に嘘はないように思うが、あの強引な連れ出し方には納得がいかない。深夜、見知らぬ男に乱入され、有無を言わせず車に乗せられ、麻百合は生きた心地がしなかった。
「昨晩のヤナギ君は強引過ぎました。改めて謝罪致します。申し訳ございませんでした」
麻百合の心を読んだのか、高橋は深々と頭を下げてきた。
「頭を上げてください。私はあなたに連れて来られたわけではありませんから」
謝罪ならそのヤナギという男がするべきことである。
「ヤナギ君はこちらでお預かりしている大事な方です。彼に麻百合様の調査をお願いしたのは私ですから」
どうやら麻百合の行方を捜し当てたのは、昨晩の誘拐犯ヤナギの仕業らしい。
「調査って、あの人、探偵なんですか?」
「違いますよ。ヤナギ君には警察関係にお知り合いの方がいらっしゃるそうなので」
「警察……」
金髪ヤンキー男に警察の知り合い。昨晩の態度からしても、警察にお世話になる可能性の方が高いのではないか。
「ついでに、ヤナギ君のことも、お知らせしておきましょうかね」
高橋はそう言った後、戸籍謄本の欄外に持っていたボールペンで彼の名前を書いてみせた。
「柳広哲君、二十六歳。花梨様の恋人として、ここで同居しています」
「つまり、婚約者ってことですか?」
それならば、柳が花梨を特別扱いするのもわからなくない。
「形にはこだわっておりませんので、麻百合様がそう思われたのでしたら、それでかまいませんよ」
恋人ではなく婚約者の方が響きもいいのだがと思ったが、他人の事情に首を突っ込みたくなかったので、言わないことにした。
「話はだいたいわかりました。でも、いきなりこんな話を聞かされて、今すぐ会えと言われても……」
血縁関係であっても、育ってきた環境は麻百合と正反対。ましてやこんな豪邸に住む人間と顔を合わせるには、心の準備が必要である。何よりまず、この服を脱ぎたい。
「お会いするだけですから、すぐに済みますよ」
それとなく先延ばしにしようとした麻百合だったが、それをわかってのことか、高橋も引かなかった。
「わがままは承知の上です。花梨様にはあまり時間がございませんので。出来ることはすぐにでも実行に移すようにと、相次郎様にも言われております」
「時間がない?」
「花梨様の体調には浮き沈みがございまして。何より花梨様が、麻百合様に会いたいと強くおっしゃっていますし」
病弱だからわがまま放題なのだろうか。顔合わせが一日二日延びたところでどうなることでもないと思うのだが。
「だったら、せめて家に帰らせてください。花梨さんと会うのに、化粧もしてませんし」
ついでに着替えたいし、出来ることならそのまま逃げ出したかった。突然妹がいると言われ、しかも相手はお嬢様。血の繋がりがあったとしても、生きる世界が違うのだ。
「そうですよね、突然すぎて混乱されていますよね。柳君の連れ出し方も悪かったですし。ここはお詫びもかねて、柳君に送っていただきましょう」
誘拐犯の車にまた乗れというのか。麻百合はあからさまに嫌そうな顔をした。
「大丈夫ですよ。外見はともかく、柳君の運転技術は確かですから」
「いえ、結構です。駅までの道を教えていただければ、自力で帰りますから」
市街地であれば、深夜でもそこそこ明るいのに、小一時間近く車に乗っているうちにどんどん暗くなっていった。だとすれば、郊外にある高級住宅地という線が打倒である。
「駅までなんてとんでもない。ご自宅までお送りいたしますよ。何より昨晩の失礼をお詫びしていませんからね。では、柳君を連れてまいりますので、少々お待ちくださいませ」
あの人だけは勘弁してくれと言おうとしたが、麻百合に話す隙を与えず、高橋は一礼して部屋を後にしてしまった。
「この家の人って、自分勝手な人ばっかり!」
苛立ち紛れに言葉を吐き出して、我慢の限界だと知った。他人に振り回されるのは、もうこりごりなのだ。
「だったら私も、自分勝手にさせてもらうから」
そう言葉を吐き捨てて、麻百合は部屋を飛び出した。
「なんなの、ここは……」
部屋の扉と思しきものが前方に点々と続いており、例えるならホテルの廊下のような感じか。敷き詰められた絨毯の上品さと色使いが、この家が豪邸であることを示していた。
「おはようございます、麻百合様」
麻百合が大きな溜息をついたとき、背後から声をかけられた。昨夜話したイケメン執事の高橋である。
「おはようございます。あの、服がこれしかなかったんですけど」
用意されていた着替えは、麻百合が絶対着ることのないフリル付きの清楚なワンピースであった。一緒に用意されていた下着は普通ものであったが。
「よくお似合いですよ。朝食を準備いたしますね」
似合っているわけなどないのだが、くたくたのパジャマを着るわけにも行かず、仕方なく着替えたのである。
「すみません、食欲ないので。それより、お話を聞かせていただきたいんですけど」
頭は混乱状態で全く眠れなかったのだから、食欲なんてあるわけがない。麻百合は一刻も早くこの場所から立ち去りたかった。
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
案内されたのは隣の部屋だった。室内は麻百合が泊まった部屋と相違なく、ダブルサイズのベッドに小さなテーブルとクローゼット、バス・トイレ付きである。
「書類をお持ちしますので、おかけになってお待ちくださいませ」
ひとり残されて、麻百合は小さく息をついた。前方にある鏡を見て、酷い顔色だと思い知る。ブランド物と思しき化粧品が用意されていたが、香料がきつくてつける気にならず、何より麻百合の肌に合うかもわからなくてやめたのだ。
「ファンデーション位、塗っておいた方がよかったかな」
イケメン執事と話す機会なんてそうあるわけじゃない。こんな状況でなければ、麻百合の気分も高揚していたはずだ。今度は大きな溜息をつく。ほぼ同時にノックの音と共に、失礼しますという声がして、高橋が入ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが戸籍謄本となっております」
高橋はテーブルの上に公文書を置いた。
「花梨様のお名前の欄に麻百合様のご両親のお名前があり、養子縁組の記載がございます。これで花梨様が麻百合様と血縁関係にあることが証明出来るかと思われます」
双子の妹の名前は浅田花梨というらしい。当然ながら生年月日も同じである。どう答えていいかわからず、麻百合は曖昧に頷いてみせた。
「花梨様は生まれつき体が弱く、何度も命の危機に瀕していました。それを救ったのがこの家の当主であり、主治医でもあった浅田相次郎様です。相次郎様の奥様は出産の際に亡くなられ、かろうじて助かったお子様も後を追うように亡くなられた辛い経験をお持ちでした。そのため、花梨様を我が子の生まれ変わりのように感じられて、麻百合様のご両親に花梨様の治療の一切を無償で引き受ける代わりに、浅田家の養女として迎えたいと申し出られたそうですよ」
双子を育てるのは大変なことだ。ひとりが病弱だったとすれば、経済的な負担は更に増える。ましてや両親は麻百合が十歳のときに事故死しているのだから、この選択は賢明だったといえる。
「相次郎様と麻百合様のご両親の間で、ふたりが十八歳になったら本当のことを打ち明けようという話になっていたのですが、その間にご両親は亡くなられ、麻百合様の消息もわからなくなっていました。こうしてお会い出来て、本当によかったと思っていますよ」
高橋の言葉に嘘はないように思うが、あの強引な連れ出し方には納得がいかない。深夜、見知らぬ男に乱入され、有無を言わせず車に乗せられ、麻百合は生きた心地がしなかった。
「昨晩のヤナギ君は強引過ぎました。改めて謝罪致します。申し訳ございませんでした」
麻百合の心を読んだのか、高橋は深々と頭を下げてきた。
「頭を上げてください。私はあなたに連れて来られたわけではありませんから」
謝罪ならそのヤナギという男がするべきことである。
「ヤナギ君はこちらでお預かりしている大事な方です。彼に麻百合様の調査をお願いしたのは私ですから」
どうやら麻百合の行方を捜し当てたのは、昨晩の誘拐犯ヤナギの仕業らしい。
「調査って、あの人、探偵なんですか?」
「違いますよ。ヤナギ君には警察関係にお知り合いの方がいらっしゃるそうなので」
「警察……」
金髪ヤンキー男に警察の知り合い。昨晩の態度からしても、警察にお世話になる可能性の方が高いのではないか。
「ついでに、ヤナギ君のことも、お知らせしておきましょうかね」
高橋はそう言った後、戸籍謄本の欄外に持っていたボールペンで彼の名前を書いてみせた。
「柳広哲君、二十六歳。花梨様の恋人として、ここで同居しています」
「つまり、婚約者ってことですか?」
それならば、柳が花梨を特別扱いするのもわからなくない。
「形にはこだわっておりませんので、麻百合様がそう思われたのでしたら、それでかまいませんよ」
恋人ではなく婚約者の方が響きもいいのだがと思ったが、他人の事情に首を突っ込みたくなかったので、言わないことにした。
「話はだいたいわかりました。でも、いきなりこんな話を聞かされて、今すぐ会えと言われても……」
血縁関係であっても、育ってきた環境は麻百合と正反対。ましてやこんな豪邸に住む人間と顔を合わせるには、心の準備が必要である。何よりまず、この服を脱ぎたい。
「お会いするだけですから、すぐに済みますよ」
それとなく先延ばしにしようとした麻百合だったが、それをわかってのことか、高橋も引かなかった。
「わがままは承知の上です。花梨様にはあまり時間がございませんので。出来ることはすぐにでも実行に移すようにと、相次郎様にも言われております」
「時間がない?」
「花梨様の体調には浮き沈みがございまして。何より花梨様が、麻百合様に会いたいと強くおっしゃっていますし」
病弱だからわがまま放題なのだろうか。顔合わせが一日二日延びたところでどうなることでもないと思うのだが。
「だったら、せめて家に帰らせてください。花梨さんと会うのに、化粧もしてませんし」
ついでに着替えたいし、出来ることならそのまま逃げ出したかった。突然妹がいると言われ、しかも相手はお嬢様。血の繋がりがあったとしても、生きる世界が違うのだ。
「そうですよね、突然すぎて混乱されていますよね。柳君の連れ出し方も悪かったですし。ここはお詫びもかねて、柳君に送っていただきましょう」
誘拐犯の車にまた乗れというのか。麻百合はあからさまに嫌そうな顔をした。
「大丈夫ですよ。外見はともかく、柳君の運転技術は確かですから」
「いえ、結構です。駅までの道を教えていただければ、自力で帰りますから」
市街地であれば、深夜でもそこそこ明るいのに、小一時間近く車に乗っているうちにどんどん暗くなっていった。だとすれば、郊外にある高級住宅地という線が打倒である。
「駅までなんてとんでもない。ご自宅までお送りいたしますよ。何より昨晩の失礼をお詫びしていませんからね。では、柳君を連れてまいりますので、少々お待ちくださいませ」
あの人だけは勘弁してくれと言おうとしたが、麻百合に話す隙を与えず、高橋は一礼して部屋を後にしてしまった。
「この家の人って、自分勝手な人ばっかり!」
苛立ち紛れに言葉を吐き出して、我慢の限界だと知った。他人に振り回されるのは、もうこりごりなのだ。
「だったら私も、自分勝手にさせてもらうから」
そう言葉を吐き捨てて、麻百合は部屋を飛び出した。
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