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消えた正義
④
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色々考えているうちにインターホンが鳴った。キーボードを叩き、玄関に備えつけたカメラ映像を確認すれば、コウと桜井の姿がある。
「寄り道はしなかったようだな」
ドアホンと回線を繋いでいるので、そのまま話しかける。レイの皮肉混じりの言い回しに、すぐさまコウがムッとした。
『当たり前だろ。入っていいか』
「どうぞ」
マキが言うように、コウはすっかりハナムラの人間になっている。隣にいる桜井とはまるで違っていたから。
「そんなに怒るなよ」
桜井を連れて部屋にやってきたコウは不服そうだった。レイはモニターの電源を落とし、立ち上がった。
「他の奴ならともかく、おまえに信用されないことが一番ムカつくんだよ」
「信用したから、あそこで電話を切ったんだろうが」
「今頃褒めても遅いっつーの。これ、返しておく」
コウはレイに拳銃を差し出した。受け取った後、側のテーブルに無造作に置いた。一連の動作を、隣にいた桜井がじっと見つめていた。
「じゃあ、俺は帰るから」
「ああ。麻百合さんによろしくと伝えておいてくれ」
麻百合の名前を出すと、コウはよりいっそう機嫌が悪くなった。
「まだ諦めてねえのかよ。あいつは俺のだ。絶対渡さねえからな」
少しばかりからかったことがあるせいか、レイが麻百合の名を出すと、こうして牽制してくるのだ。
「そういう意味じゃねえよ。言えばわかる」
最後まで不服そうにしながら、コウは部屋を出ていった。
「さてと。まずは自己紹介といこうか、刑事さん」
室内がレイと桜井のふたりだけになると、空気がピンと張り詰めた。
「俺はレイ。ハナムラの情報屋だ。朝早く訪ねて悪かったな」
「起こしてもらって助かったよ。情報屋というからには、俺のことは全部知ってんだろ」
桜井は自分から名乗ることをしなかった。敵意満載の視線をぶつけられ、レイは気持ちが高揚していくのを感じた。
「朝まで飲んでたわりには頭が回るじゃねえか、刑事さん」
「なぜそれを知ってる!?」
「警視総監からクビを言い渡されれば、誰だって自棄になる。居留守を決め込むぐらいだから、遅くまで飲んでたって考えるのが普通だろ」
「そっちこそ、頭が回るじゃねえか」
「それが仕事なんでね。じゃあ、早速本題に入ろうか」
そう言うと、レイはキーボードを操作し、モニターのスイッチを入れた。画面に事件の資料が映し出される。
「これ、捜査会議の資料じゃねえか!?」
「インタラクティブホワイトボード、電子黒板ってやつさ。記載された内容はそのままパソコンに読み込まれるから便利なんだよ」
「けど、会議室にあったのは、ただのホワイトボードで!?」
「すり替えたに決まってんだろ」
桜井は目を丸くした。ひとつ息を吐き出すと、レイにまた敵意を向けてきた。
「おまえら、いったい何者だよ。警視庁の中枢部に易々と入り込んだり、当たり前のように拳銃を所持したり」
こいつ、死神のくせに、何もしらないのかよ。
「光の中で生きる人間の手助けをしてやってんだよ」
レイはほくそ笑んだ。話は横道に逸れるが、隠していてもすぐにわかることである。
「悪事を働く人間はどこにでもいる。それが表に出れば、あんたらが捕まえるが、そうじゃない人間もたくさんいる。そういう人間の多くは、闇の中で息を潜めていられないのさ。殺したい程憎まれるようなことを平気でやり、社会的に抹殺するしか方法がなくなる。だから、俺達がバラしてやってるんだよ」
「意味がわからねえ。そんな理由で人を殺すなんて異常だろ」
レイは肩をすくめた。桜井は、闇の中でしか生きられない人間のことを理解出来ないでいる。
「有りもしない正義という名の鎧を身に纏って、自分に酔っているだけだぜ、刑事さん」
「だとしても、人の命の刻限を決めるのが、おまえ達じゃないことだけは確かだ」
真っ向から自分を否定する人間とはなかなか巡り会えない。これは面白いとレイは目を輝かせた。
「そう言い含めて、あいつを取り込んだのかよ」
柳の名は出すなとコウが言い含めたのだろう。桜井の中で、まだ柳広哲は死んでいないのだ。
「あいつは自分から堕ちてきた。そして俺に縋った。全てを捨ててな」
桜井の表情に狂気が宿るのが見えた。本人に自覚がないだけで、既に闇に片足に突っ込んでいる。
さあ、どうする、刑事さん。
レイは笑みを浮かべて、腕を組んでやった。
あんたも昔のコウのような、引き金を弾けない臆病者か、それとも。
「おまえらみたいな人間と、捜査なんてするかよ!?」
桜井はテーブルに置いたままになっていた拳銃を手にし、レイに銃口を向けた。
「いいぜ、撃てよ」
予想通りの展開に、レイは笑いが止まらなかった。
「本職なんだから撃てるだろ、刑事さん」
桜井はコウに拳銃を撃たせたくなかったからここへ来た。自分の目の前で、拳銃自殺をした元恋人のトラウマを引きずって。
「それとも、人を殺す覚悟がねえのか」
レイの言葉を受け、桜井は感情を露わにした。まっすぐレイの目を見つめる。
「覚悟ならとっくに出来てる。俺はおまえらに殺されるんだろ。どうせ死ぬなら、ひとり殺したって一緒だからな!」
そう言い放って、桜井は引き金を弾いた。
「寄り道はしなかったようだな」
ドアホンと回線を繋いでいるので、そのまま話しかける。レイの皮肉混じりの言い回しに、すぐさまコウがムッとした。
『当たり前だろ。入っていいか』
「どうぞ」
マキが言うように、コウはすっかりハナムラの人間になっている。隣にいる桜井とはまるで違っていたから。
「そんなに怒るなよ」
桜井を連れて部屋にやってきたコウは不服そうだった。レイはモニターの電源を落とし、立ち上がった。
「他の奴ならともかく、おまえに信用されないことが一番ムカつくんだよ」
「信用したから、あそこで電話を切ったんだろうが」
「今頃褒めても遅いっつーの。これ、返しておく」
コウはレイに拳銃を差し出した。受け取った後、側のテーブルに無造作に置いた。一連の動作を、隣にいた桜井がじっと見つめていた。
「じゃあ、俺は帰るから」
「ああ。麻百合さんによろしくと伝えておいてくれ」
麻百合の名前を出すと、コウはよりいっそう機嫌が悪くなった。
「まだ諦めてねえのかよ。あいつは俺のだ。絶対渡さねえからな」
少しばかりからかったことがあるせいか、レイが麻百合の名を出すと、こうして牽制してくるのだ。
「そういう意味じゃねえよ。言えばわかる」
最後まで不服そうにしながら、コウは部屋を出ていった。
「さてと。まずは自己紹介といこうか、刑事さん」
室内がレイと桜井のふたりだけになると、空気がピンと張り詰めた。
「俺はレイ。ハナムラの情報屋だ。朝早く訪ねて悪かったな」
「起こしてもらって助かったよ。情報屋というからには、俺のことは全部知ってんだろ」
桜井は自分から名乗ることをしなかった。敵意満載の視線をぶつけられ、レイは気持ちが高揚していくのを感じた。
「朝まで飲んでたわりには頭が回るじゃねえか、刑事さん」
「なぜそれを知ってる!?」
「警視総監からクビを言い渡されれば、誰だって自棄になる。居留守を決め込むぐらいだから、遅くまで飲んでたって考えるのが普通だろ」
「そっちこそ、頭が回るじゃねえか」
「それが仕事なんでね。じゃあ、早速本題に入ろうか」
そう言うと、レイはキーボードを操作し、モニターのスイッチを入れた。画面に事件の資料が映し出される。
「これ、捜査会議の資料じゃねえか!?」
「インタラクティブホワイトボード、電子黒板ってやつさ。記載された内容はそのままパソコンに読み込まれるから便利なんだよ」
「けど、会議室にあったのは、ただのホワイトボードで!?」
「すり替えたに決まってんだろ」
桜井は目を丸くした。ひとつ息を吐き出すと、レイにまた敵意を向けてきた。
「おまえら、いったい何者だよ。警視庁の中枢部に易々と入り込んだり、当たり前のように拳銃を所持したり」
こいつ、死神のくせに、何もしらないのかよ。
「光の中で生きる人間の手助けをしてやってんだよ」
レイはほくそ笑んだ。話は横道に逸れるが、隠していてもすぐにわかることである。
「悪事を働く人間はどこにでもいる。それが表に出れば、あんたらが捕まえるが、そうじゃない人間もたくさんいる。そういう人間の多くは、闇の中で息を潜めていられないのさ。殺したい程憎まれるようなことを平気でやり、社会的に抹殺するしか方法がなくなる。だから、俺達がバラしてやってるんだよ」
「意味がわからねえ。そんな理由で人を殺すなんて異常だろ」
レイは肩をすくめた。桜井は、闇の中でしか生きられない人間のことを理解出来ないでいる。
「有りもしない正義という名の鎧を身に纏って、自分に酔っているだけだぜ、刑事さん」
「だとしても、人の命の刻限を決めるのが、おまえ達じゃないことだけは確かだ」
真っ向から自分を否定する人間とはなかなか巡り会えない。これは面白いとレイは目を輝かせた。
「そう言い含めて、あいつを取り込んだのかよ」
柳の名は出すなとコウが言い含めたのだろう。桜井の中で、まだ柳広哲は死んでいないのだ。
「あいつは自分から堕ちてきた。そして俺に縋った。全てを捨ててな」
桜井の表情に狂気が宿るのが見えた。本人に自覚がないだけで、既に闇に片足に突っ込んでいる。
さあ、どうする、刑事さん。
レイは笑みを浮かべて、腕を組んでやった。
あんたも昔のコウのような、引き金を弾けない臆病者か、それとも。
「おまえらみたいな人間と、捜査なんてするかよ!?」
桜井はテーブルに置いたままになっていた拳銃を手にし、レイに銃口を向けた。
「いいぜ、撃てよ」
予想通りの展開に、レイは笑いが止まらなかった。
「本職なんだから撃てるだろ、刑事さん」
桜井はコウに拳銃を撃たせたくなかったからここへ来た。自分の目の前で、拳銃自殺をした元恋人のトラウマを引きずって。
「それとも、人を殺す覚悟がねえのか」
レイの言葉を受け、桜井は感情を露わにした。まっすぐレイの目を見つめる。
「覚悟ならとっくに出来てる。俺はおまえらに殺されるんだろ。どうせ死ぬなら、ひとり殺したって一緒だからな!」
そう言い放って、桜井は引き金を弾いた。
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