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再生の儀式

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 深い闇の中で、シラサカは目を覚ました。
【気がついたか、K】
 声をかけてきたのは父だった。シラサカはKと呼ばれていた頃の少年の姿になっていた。
【俺は、死んだのか?】
【死んではいない。深い眠りについているだけ。まもなく目覚めることになるだろう】
 そう言うと、父は穏やかな表情でKの頭を撫でた。様々な想いがこみ上げてきて、Kは父に抱きついた。
【もう、戻りたくない、父さんや母さんと一緒にいたい!】
【辛い思いをさせて悪かったな】
 Kは泣いた、声をあげて泣き続けた。

【ケイ、泣かないで】
 父に抱きついていたはずなのに、いつしか母に代わっていた。
【あなたを護れなくて、側にいてあげられなくて、ごめんなさいね】
【嫌だ、このままアカネの側にいる!】
【本当はね、あなたを連れていきたいのよ。でもそうなったら、あなたは大切な人達を失うことになるの】
【大切な人達?】
 誰のことだろうと思ったとき、脳裏に様々な言葉が蘇ってきた。

(おまえは、私の親友の忘れ形見だ)
(先走ったことすんなよ、シラサカ)
(サカさんも、無理しちゃダメだよ)

 ハナムラ、レイ、マキ。
 彼らのことを思い出した瞬間、闇が一筋の光に切り裂かれた。
【あなたのことを待っているわ、早く行ってあげて……】
 光は強くなり、いつしか目を開けていられなくなった。
「……ん、……カ、さん!?」
 眩しいだけじゃなく、気持ちが悪くて、頭がぐるぐる回る。
「……い! ……て、サカさん!?」
 はっとして目を見開けば、今にも泣きそうなマキの顔があった。
「マキ、なんで……!?」
 声を発したことで胃の内容物が逆流してきた。制御することは叶わず、シラサカはその場で嘔吐した。
「悪いな、兄ちゃん。こうでもしなきゃ、目を覚まさせられなかった」
 吐き出しても尚、気分の悪さは変わらない。神妙な顔つきの松田がペットボトルに入った水を差し出した。
「なんで、来た? 診療所にいろって、言っただろうが!」
 水を飲んで吐き出して繰り返して落ち着いてくると、マキが松田と共にここに来たことに怒りを感じた。
「ごめんなさい。ふたりの話を聞いてたら、嫌な予感がして、居ても経ってもいられなくて」
 そういえば、レイはマキに通信を繋げておくと言っていた。
「少年をあまり責めるな。俺がついてこなかったら、こんなに早く起きられなかったんだから」
 この場にマキと松田が来てくれなかったら、シラサカはZに打たれた睡眠薬のせいで、今も尚眠りについたままだった。結果的に、マキの単独行動のおかげで救われたことになる。
「マキ、レイは今どこだ?」
「レイはコールに連れられて、ボスとヤスオカさんが出席しているパーティー会場に行った。その会場で爆発音した後、照明が落ちて、中の人間がバラされているみたい」
 爆発音がしたことはシラサカも知っていたが、そんなことが起きているとは思いもしなかった。

「……シラサカ君!?」
 そこへネクタイを緩めたヤスオカが姿を見せた。右手には拳銃が握られていた。
「マキ、それに松田、なんでおまえらがここに?」
「おまえがそんなものを持たなければならない位、ヤバいことになってんだな」
 情報屋は通常、銃器を持つことはしない。事前にレイが連絡を入れていたため、護身用に持ってきたのだろうが、それを使わなければならない程、状況は逼迫しているらしい。
「ヤスオカさん、レイは一緒じゃないの?」
 マキが不安そうに言った。
「途中から通信が切れて、今どうなっているかわからない」
「大丈夫。レイは無事だ。連れて来られなくて悪かった。シラサカ君、花村から君を連れてくるようにと言われた。一緒に来てくれるかい?」
 ヤスオカに問われ、シラサカは立ち上がったが、まだ少しふらついていた。
「勿論です。あいつらを止められるのは、俺にしか出来ないことですから」
 Zは言っていた、再生の儀式を始めると。コールとZは会場の人間全てを殺すつもりでいる。
「先生、医療用のナイフ、お持ちですよね?」
 松田が目を覚まさせてくれたとはいえ、薬がまだ残っている体では満足に動くことが出来ない。
「何をするつもりだ、兄ちゃん」
「こうするんですよ」
 渡されたナイフを思い切り大腿部に突き刺した。痛みの刺激がぼやけた意識をクリアなものへと変えていった。
「ヤスオカさんはここに残って、マキと先生の側にいてください」
「だが、私は花村から君を連れて来るようにと言われていて!?」
「ボスとレイは必ず生きてここに連れてきます。すぐ逃げられるように準備を整えていてください。先生もお願いしますよ」
「サカさんも、戻ってくるよね!?」
 マキが不安そうな顔で言った。十五年前、Zと別れたときのことを思い出し、シラサカは笑顔でこう言い放った。
「俺はハナムラの人間だから、必ず戻るよ」

 たとえ、どんな形であってもな。

 シラサカはマキの頭を撫でてやった、夢の中で父にされたように。
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