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第29話
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奏がいるはずの個室の前に到着する。深夜ということもあり、ノックもせず引き戸をゆっくり開けて中に入った。カーテンは閉められ、照明はついたままだった。
「ちゃんといるよな、奏?」
慎平は声をかけた後、カーテンを開けた。特別室程ではないが、ソファー等も置いてあり、あまり病室を感じさせない造りになっていた。
「あ、慎ちゃんだ。来てくれて嬉しいな」
奏はベッドで寝ていた。そのことに安堵はしたが、近づいてみると顔は赤く、目は閉じたままでみるからに辛そうだった。
「おい、大丈夫かよ!?」
「大丈夫。慎ちゃんの顔みたら治った」
「目閉じてるだろうが。熱あるよな、先生呼ぶぞ」
慎平はベッド脇にあるナースコールを押そうとしたが、その手を掴まれた。
「少しだけ、少しだけ待って、お願い」
奏がゆっくり目を開ける。熱のせいか、潤んだ瞳で見つめられ、慎平の心拍数は急上昇する。
「ご、五分だけだぞ」
「ありがと、慎ちゃん、やっぱ好きだわ」
なんと答えていいかわからず、慎平は近くにあった椅子をベッドの側まで持ってきて座る。
「辛いなら、我慢しないでちゃんといえよな」
「大丈夫。昔のことを夢にみて、色々思い出しただけだから」
そういうと、奏はまた目を閉じた。
「もう気づいてると思うけどさ、第一秘書って俺の親父なの」
「沢木さんから聞いた。どうして佐藤さんのことを嫌ってるんだ?」
「大昔はさ、父親が大好きだったんだよ。いわゆるファザコンってやつ。あいつSPだったろ。子供からしたら、すげえカッコよくみえたわけ」
服部の秘書になる以前の佐藤は、警視庁警備部警護課に在籍していた。服部を担当した際、その腕を見込まれ、強引にスカウトしたという話だった。
「今もだろ。佐藤さん、じいちゃんの秘書ってことで色んなところに顔出すから見合い話とかも多いけど、全部断わってるって聞いた」
「息子の俺が断言するわ。あいつは結婚に向いてねえ」
これまたなんと答えるべきかわからず、慎平は曖昧に笑った。
「アメリカへ渡ったのは五歳のとき。嫌なら日本へ戻っていいとおふくろに何度もいわれたけど、当時の俺はバカ正直に、あいつとの約束を守ってた」
「約束?」
「仕事で遠くに行くことになった。パパが戻ってくるまで、奏はママの側にいて守ってあげるんだよ」
あからさまな棒読みだった。奏は右手で両目を覆った。
「何年前の話だよ。一字一句覚えているなんてバカじゃねえの」
天才を自負する奏が、自分のことをバカといったことに慎平は驚いた。
「アメリカ行きは親父の強い希望だったことは後から聞いた。それを機に離婚してたこともね。真相を聞いて愕然としたよ。親父は俺達を捨てたんだって。日本戻る気は勿論、素直でよい子の俺も、泡となって消えちまった」
「それでそんなに性格が悪く……」
「性格悪いって、まさか俺のこと?」
思わず溢れてでた言葉に、奏がすかさず突っ込む。
「いってない、いってない」
慎平は笑ってごまかした。普段の奏なら打ち負かすはすだが、そうしなかった。
「まあいいや、慎ちゃんなら全部許す。経緯はどうあれ、俺がおふくろをアメリカに連れてきたことになっただろ。身内もいない、言葉もままならない、そんな土地で暮らす決心をしたおふくろを、とにかく守ろうと思った」
「それでハーバードに入学したわけか」
「アメリカは日本みたいに年齢の柵はなかったからね。別にハーバードにいきたかったわけじゃないよ。大学なんてどこでもよかった。日本と違って一斉入試とかじゃなくて、書類審査のみであっさり受かっちゃったから」
「それ、自慢だろ」
「自慢じゃなくて事実。ハーバードを卒業して、エリート街道まっしぐらの予定だったのに、シェリーとガウディに出会って、あいつらの研究が面白くて、つい付き合っちゃった」
わざわざ日本へやってくるぐらいだ。ふたりも奏のことを信頼し、必要としているのだろう。
奏はアメリカに戻るのかな。
脳裏に浮かんだ言葉に、慎平の心は締め付けられる。
「おふくろが死んだのは事故だし、あいつのせいじゃないってわかってる、よくわかってるんだよ……」
奏の発した言葉で、慎平は我に返る。相変わらず右手で両目を覆ったままだが、その手が震えていた。
「でも、俺があいつの言葉に縛られて、日本に戻らなかったのは事実だ。だからあいつのせいにした。おふくろが事故ったのも、俺がひとりになったのも、全部あいつのせいだって……!?」
震える奏の手を慎平は強く握った。
「なんで俺達を捨てた? なんで俺をひとりにしたんだよ!?」
父親が大好きだったからこそ、自分を置いていったことが許せない。奏かあからさまに佐藤を嫌悪するのは、愛情の裏返しなのかもしれない。
「でも、今はひとりじゃない。俺も佐藤さんも沢木さんもいる。そうだろ?」
嗚咽を漏らす奏に、慎平は優しく語りかける。
「ありがと、慎ちゃん、今夜のことはふたりだけの秘密だよ」
弱音を吐いたことで楽になったのか、まもなく奏は眠りについた。
「ちゃんといるよな、奏?」
慎平は声をかけた後、カーテンを開けた。特別室程ではないが、ソファー等も置いてあり、あまり病室を感じさせない造りになっていた。
「あ、慎ちゃんだ。来てくれて嬉しいな」
奏はベッドで寝ていた。そのことに安堵はしたが、近づいてみると顔は赤く、目は閉じたままでみるからに辛そうだった。
「おい、大丈夫かよ!?」
「大丈夫。慎ちゃんの顔みたら治った」
「目閉じてるだろうが。熱あるよな、先生呼ぶぞ」
慎平はベッド脇にあるナースコールを押そうとしたが、その手を掴まれた。
「少しだけ、少しだけ待って、お願い」
奏がゆっくり目を開ける。熱のせいか、潤んだ瞳で見つめられ、慎平の心拍数は急上昇する。
「ご、五分だけだぞ」
「ありがと、慎ちゃん、やっぱ好きだわ」
なんと答えていいかわからず、慎平は近くにあった椅子をベッドの側まで持ってきて座る。
「辛いなら、我慢しないでちゃんといえよな」
「大丈夫。昔のことを夢にみて、色々思い出しただけだから」
そういうと、奏はまた目を閉じた。
「もう気づいてると思うけどさ、第一秘書って俺の親父なの」
「沢木さんから聞いた。どうして佐藤さんのことを嫌ってるんだ?」
「大昔はさ、父親が大好きだったんだよ。いわゆるファザコンってやつ。あいつSPだったろ。子供からしたら、すげえカッコよくみえたわけ」
服部の秘書になる以前の佐藤は、警視庁警備部警護課に在籍していた。服部を担当した際、その腕を見込まれ、強引にスカウトしたという話だった。
「今もだろ。佐藤さん、じいちゃんの秘書ってことで色んなところに顔出すから見合い話とかも多いけど、全部断わってるって聞いた」
「息子の俺が断言するわ。あいつは結婚に向いてねえ」
これまたなんと答えるべきかわからず、慎平は曖昧に笑った。
「アメリカへ渡ったのは五歳のとき。嫌なら日本へ戻っていいとおふくろに何度もいわれたけど、当時の俺はバカ正直に、あいつとの約束を守ってた」
「約束?」
「仕事で遠くに行くことになった。パパが戻ってくるまで、奏はママの側にいて守ってあげるんだよ」
あからさまな棒読みだった。奏は右手で両目を覆った。
「何年前の話だよ。一字一句覚えているなんてバカじゃねえの」
天才を自負する奏が、自分のことをバカといったことに慎平は驚いた。
「アメリカ行きは親父の強い希望だったことは後から聞いた。それを機に離婚してたこともね。真相を聞いて愕然としたよ。親父は俺達を捨てたんだって。日本戻る気は勿論、素直でよい子の俺も、泡となって消えちまった」
「それでそんなに性格が悪く……」
「性格悪いって、まさか俺のこと?」
思わず溢れてでた言葉に、奏がすかさず突っ込む。
「いってない、いってない」
慎平は笑ってごまかした。普段の奏なら打ち負かすはすだが、そうしなかった。
「まあいいや、慎ちゃんなら全部許す。経緯はどうあれ、俺がおふくろをアメリカに連れてきたことになっただろ。身内もいない、言葉もままならない、そんな土地で暮らす決心をしたおふくろを、とにかく守ろうと思った」
「それでハーバードに入学したわけか」
「アメリカは日本みたいに年齢の柵はなかったからね。別にハーバードにいきたかったわけじゃないよ。大学なんてどこでもよかった。日本と違って一斉入試とかじゃなくて、書類審査のみであっさり受かっちゃったから」
「それ、自慢だろ」
「自慢じゃなくて事実。ハーバードを卒業して、エリート街道まっしぐらの予定だったのに、シェリーとガウディに出会って、あいつらの研究が面白くて、つい付き合っちゃった」
わざわざ日本へやってくるぐらいだ。ふたりも奏のことを信頼し、必要としているのだろう。
奏はアメリカに戻るのかな。
脳裏に浮かんだ言葉に、慎平の心は締め付けられる。
「おふくろが死んだのは事故だし、あいつのせいじゃないってわかってる、よくわかってるんだよ……」
奏の発した言葉で、慎平は我に返る。相変わらず右手で両目を覆ったままだが、その手が震えていた。
「でも、俺があいつの言葉に縛られて、日本に戻らなかったのは事実だ。だからあいつのせいにした。おふくろが事故ったのも、俺がひとりになったのも、全部あいつのせいだって……!?」
震える奏の手を慎平は強く握った。
「なんで俺達を捨てた? なんで俺をひとりにしたんだよ!?」
父親が大好きだったからこそ、自分を置いていったことが許せない。奏かあからさまに佐藤を嫌悪するのは、愛情の裏返しなのかもしれない。
「でも、今はひとりじゃない。俺も佐藤さんも沢木さんもいる。そうだろ?」
嗚咽を漏らす奏に、慎平は優しく語りかける。
「ありがと、慎ちゃん、今夜のことはふたりだけの秘密だよ」
弱音を吐いたことで楽になったのか、まもなく奏は眠りについた。
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