カレイドスコープ

makikasuga

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第14.5話

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「おかしいな、彼、今日退院したばかりなんだけど」
 服部の目の前で慎平が過呼吸発作を起こした。倒れる寸前に現れたのは奏だった。彼が必死の形相で黒木総合病院に運べといったため、その通りにしたが、担当医師はいい顔をしなかった。
「なにかあったら連絡してとはいっておいたけどさ、いくらなんでも早すぎでしょ。こんなもん持ってるなら、彼の病状もよく知ってたわけだし」
 慎平の担当医師となった池田は、佐藤が差し出したカルテを見て大きな溜息をつく。
「文句はいい。具合はどうなんだ」
 佐藤は苛立ちを隠さなかった。同時に悔やんでもいた。奏を無理に追いやってでも、自分が側についていれば、こうなる前に対処出来たはずだから。
「あくまで俺の診立てだけど、心的外傷後ストレス障害、通称PTSDによるフラッシュバックだな。怪我で血を流したことがきっかけで、過去に体験したことが蘇り、過呼吸を引き起こして倒れる。入院中もちょくちょく引き起こしてたけど、付き添い君が対処してくれてたからね」
 慎平をこの病院へ運ぶよう指示したのは服部だった。佐藤が院長の黒木に連絡をとり、服部の孫が銃創の怪我を負ったため、内密で診てもらいたいとお願いした。そういうことならば院内で一番腕の良い医師をつけるといってくれたのである。
「奏が?」
「聞いてないの? 完全に熱が下がるまで、何度も過呼吸発作を繰り返していたよ。本人は覚えていないと思うけどね。付き添い君が一睡もせず、ずっとみていてくれたよ」
 沢木から奏が病院で倒れたことは聞いていた。そこまで無理をしていたのかと、佐藤は唇を噛んだ。
「そういうところ、付き添い君にそっくりだね」
 池田は不敵に笑う。佐藤と奏の関係を見抜いたといわんばかりに。
「そんな怖い顔しないでよ。医者だから、患者の守秘義務は守るよ」
「私は患者ではないが」
 今の佐藤にいえる精一杯の強がりだった。
「そうだね。後で付き添い君、こっちに寄越してくれる? 気休め程度だけど点滴だけやっとく。全然休めてないっぽいから」
「そんなに悪いのか、奏は」
「睡眠不足と過労だから、休めば治るよ。なにやってんだか知らないけど、今はそれどころじゃないっていってるから」
 佐藤も奏がなにをしているのか知らない。問い質したところで、自分には絶対答えないだろう。
「やたらイケメンの兄ちゃんに間に入ってもらえば? 彼ならうまく立ち回れそうな気がするよ」
 池田は変な名前をつける趣味でもあるのだろうか。付き添い君は奏、やたらイケメンの兄ちゃんは沢木のことである。
「奏は彼に懐いているということか」
「懐いているというより、認めているって感じかな。付き添い君って、自分より能力低い人間は絶対認めないよね。そういうところ、昔からちっとも変わってないや」
 池田の最後の発言を聞き、佐藤は目を丸くした。
「君は、奏のことを知っていたのか!?」
「偶然って凄いね。病院長から銃創の怪我人を内密に診ろっていわれて、仕方なく車椅子持参で地下駐車場まで降りたら、患者は二十歳の子供。泣きそうな顔で必死に踏ん張ってた付き添い君は、アメリカでみたときと同じ顔してたから」
 池田の言葉で全てを悟り、佐藤は安堵した。
「そうか、君が、美和子を……」
「それも偶然だよ。結局俺はなにもしてないから」
「少なくとも、私よりは役立っている。先生が君を選んだ理由がやっとわかったよ」

 十二年前、慎平の両親は自宅で惨殺された。息絶えた両親に護られたのか、慎平は無傷だったが、精神的ショックが大きく、立ち直るのにかなりの時間を費やした。表向き、犯人は自殺したことになっているが、服部が手を回して闇に葬っている。当時のことを慎平は覚えていないというが、真実はわからない。事件後からずっと慎平を診ていた医師は最近亡くなってしまったため、当時のカルテを佐藤が預かり保管していたのである。

「適当にやるつもりだったけど、彼には借りがあるし、何より水原君が面白くてやる気になったよ」
 慎平が面白いとはどういうことなのかと、佐藤は首を傾げる。池田はニヤリと笑った後、こう言い放った。
「闇に堕ちた人間が這い上がることが出来るのか、個人的に興味があるからね」
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