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第30話
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二日後、面会の許可が下りたたため、慎平は佐藤の病室を訪ねた。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「謝らないで、佐藤さん。休暇だと思ってのんびりしてよ。俺も奏もまだ出られないしね」
奏は翌日には熱が下がり、普段の彼に戻ったが、退院許可は出ていない。それは慎平も同じで、奏と共に別の特別室で入院しているのだ。
「ありがとうございます。沢木さんが後始末に奔走してくれたと聞きました。私がいない間は先生についてくださるそうなので、安心して休むことが出来ますよ」
ここで、一連の事件が世間的にどういう風に処理されたのかをまとめていこうと思う。
最初のホテルでの狙撃に関しては、暴力団関係者を狙った抗争の一部で表向き怪我人なし。
病院での誘拐未遂、奏負傷については、谷村順子が慎平を拉致するため、服部静雄に強い恨みをもつ人間を金で雇っての犯行だったが、服部の強い希望により、表沙汰にしないことになった。よって、男に刺された佐藤のこともなかったことになっている。
特別室の爆破騒ぎだけは、警察や消防が出動する騒ぎになったため、揉み消すことは出来なかった。電気系統の異常ということで報道されている。
本条勇作の研究室での谷村順子銃撃は、事件になった。ただ、順子自身が研究を独占しようとユリカを強引に連れ出していること、犯人の高岡は意識不明で事情を聞くことが出来なくなっているため、有耶無耶になる可能性がある。
ユリカのところに警察が事情を聞きにやってきたが「勇作の遺言のことで順子に呼び出されただけでなにもわからない」と証言したし(事前に沢木が指示)順子は重傷で命に別状はないものの、ユリカへの脅迫と慎平の誘拐未遂のことを素直に話すかどうかわからないからだ。
「慎平君」
佐藤は上半身を起こした後、慎平に頭を下げた。
「奏のこと、よろしくお願いします。もうご存知ですよね、あれでも息子でしてね」
「昔のこと、奏に少し聞いたよ。どうして佐藤さんは奏をアメリカに連れて行ったの? 奥さんは反対だったって聞いたけど」
「奏は生まれながらの天才でした。日本で終わらせるのはもったいないといわれ、五歳で海外留学を考えました。ちょうど服部先生から私設秘書の話がきたこともあったので」
「もしかして、奏の留学費用はじいちゃんが出したの?」
「そうなりますね。誰にも相談せず、私が勝手にやってしまったことで、妻とは離婚という形になりました。それから一度も会っていません。彼女が事故で亡くなったと聞いた頃、私がいないときに、奏は日本に帰国し、先生を訪ねました。自分の家庭を壊した代償に死んでくれといって、ナイフを向けたそうですよ」
佐藤の放つ言葉に、なんといえばいいかわからず、慎平は沈黙した。
「ですが、先生の方が一枚上手でした。自分が死んで過去が変わるならそうしてもいいとおっしゃって、奏を宥めたのです。慎平君のおじいさまには本当に敵いませんよ。奏は警察に自首するといいましたが、先生はよしとしませんでした。交換条件として、慎平君の側にいること、つまり私と同じ立場になることを提案しました」
奏が慎平の秘書候補になった理由がわかった。だが、なぜ服部はそんなことをしたのだろうか。
「先生の前に現れた奏の目は死んでいたそうです。地位も立場も投げ捨てて、復讐のためだけに日本にやってきて、それが果たせないと知ったら、残るものはなんでしょうか」
(おまえ、まだ諦めていないのか)
ホテルのロビーで佐藤がいった言葉を思い出す。問いかけに奏は答えなかった。警察に捕まろうがどうでもいい、そんな風に思っていたのだろう。慎平の脳裏に、勇作の研究室で聞いた奏の言葉が浮かんできた。
(慎ちゃんが死んだら、俺は生きている意味ないから)
(誰も俺を、必要としないから……)
死ぬことだけを考えていた頃を思い出す。それでも慎平には服部や佐藤がいた。その後、勇作やユリカにも出会った。時間をかけて、少しずつ変わることが出来た。
だが奏は違う。母親を亡くし、佐藤を拒絶し、まだ暗闇の中にいる。
「誰かのために生きる。そういう役割を与えることで変わるかもしれない。奏に私の姿をみせたかったという意味合いもあったのでしょう。先生も、慎平君のお母様を亡くされていますよね。親の姿を、どういう形であれ、みせたかったのではないでしょうか」
慎平の母は服部の娘である。ごく普通のサラリーマンだった父との結婚を反対され、絶縁状態だったそうだ。両親が亡くなるまで、慎平は服部と顔を合わせたことがなかった。
服部は両親の結婚に反対したことを後悔しているといっていた。たらればの話だが、素直にふたりを認めていれば、こんなことにならなかったのかもしれないと。
「全ては奏のため、当時はそう思い込んでいましたし、私自身も舞い上がっていたと思います。だから奏が私を憎み続けるのは当然なんですよ」
「それでも、奏の側にいてあげて、佐藤さん」
服部が奏を佐藤の近くに置いたのは、自分のように後悔してほしくなかったからだろう。
「奏はいつか佐藤さんを許すんじゃないかな。じゃなきゃ、あんな態度はしないと思う」
服部にいわれたからとはいえ、佐藤のことが本当に嫌なら逃げるなり出来たはずだ。
「はい。なにがあっても逃げないと決めています。奏は私のたったひとりの息子ですからね」
佐藤の目に光るものが見えた。同時に、彼は覚悟を決めているのだと感じた。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「謝らないで、佐藤さん。休暇だと思ってのんびりしてよ。俺も奏もまだ出られないしね」
奏は翌日には熱が下がり、普段の彼に戻ったが、退院許可は出ていない。それは慎平も同じで、奏と共に別の特別室で入院しているのだ。
「ありがとうございます。沢木さんが後始末に奔走してくれたと聞きました。私がいない間は先生についてくださるそうなので、安心して休むことが出来ますよ」
ここで、一連の事件が世間的にどういう風に処理されたのかをまとめていこうと思う。
最初のホテルでの狙撃に関しては、暴力団関係者を狙った抗争の一部で表向き怪我人なし。
病院での誘拐未遂、奏負傷については、谷村順子が慎平を拉致するため、服部静雄に強い恨みをもつ人間を金で雇っての犯行だったが、服部の強い希望により、表沙汰にしないことになった。よって、男に刺された佐藤のこともなかったことになっている。
特別室の爆破騒ぎだけは、警察や消防が出動する騒ぎになったため、揉み消すことは出来なかった。電気系統の異常ということで報道されている。
本条勇作の研究室での谷村順子銃撃は、事件になった。ただ、順子自身が研究を独占しようとユリカを強引に連れ出していること、犯人の高岡は意識不明で事情を聞くことが出来なくなっているため、有耶無耶になる可能性がある。
ユリカのところに警察が事情を聞きにやってきたが「勇作の遺言のことで順子に呼び出されただけでなにもわからない」と証言したし(事前に沢木が指示)順子は重傷で命に別状はないものの、ユリカへの脅迫と慎平の誘拐未遂のことを素直に話すかどうかわからないからだ。
「慎平君」
佐藤は上半身を起こした後、慎平に頭を下げた。
「奏のこと、よろしくお願いします。もうご存知ですよね、あれでも息子でしてね」
「昔のこと、奏に少し聞いたよ。どうして佐藤さんは奏をアメリカに連れて行ったの? 奥さんは反対だったって聞いたけど」
「奏は生まれながらの天才でした。日本で終わらせるのはもったいないといわれ、五歳で海外留学を考えました。ちょうど服部先生から私設秘書の話がきたこともあったので」
「もしかして、奏の留学費用はじいちゃんが出したの?」
「そうなりますね。誰にも相談せず、私が勝手にやってしまったことで、妻とは離婚という形になりました。それから一度も会っていません。彼女が事故で亡くなったと聞いた頃、私がいないときに、奏は日本に帰国し、先生を訪ねました。自分の家庭を壊した代償に死んでくれといって、ナイフを向けたそうですよ」
佐藤の放つ言葉に、なんといえばいいかわからず、慎平は沈黙した。
「ですが、先生の方が一枚上手でした。自分が死んで過去が変わるならそうしてもいいとおっしゃって、奏を宥めたのです。慎平君のおじいさまには本当に敵いませんよ。奏は警察に自首するといいましたが、先生はよしとしませんでした。交換条件として、慎平君の側にいること、つまり私と同じ立場になることを提案しました」
奏が慎平の秘書候補になった理由がわかった。だが、なぜ服部はそんなことをしたのだろうか。
「先生の前に現れた奏の目は死んでいたそうです。地位も立場も投げ捨てて、復讐のためだけに日本にやってきて、それが果たせないと知ったら、残るものはなんでしょうか」
(おまえ、まだ諦めていないのか)
ホテルのロビーで佐藤がいった言葉を思い出す。問いかけに奏は答えなかった。警察に捕まろうがどうでもいい、そんな風に思っていたのだろう。慎平の脳裏に、勇作の研究室で聞いた奏の言葉が浮かんできた。
(慎ちゃんが死んだら、俺は生きている意味ないから)
(誰も俺を、必要としないから……)
死ぬことだけを考えていた頃を思い出す。それでも慎平には服部や佐藤がいた。その後、勇作やユリカにも出会った。時間をかけて、少しずつ変わることが出来た。
だが奏は違う。母親を亡くし、佐藤を拒絶し、まだ暗闇の中にいる。
「誰かのために生きる。そういう役割を与えることで変わるかもしれない。奏に私の姿をみせたかったという意味合いもあったのでしょう。先生も、慎平君のお母様を亡くされていますよね。親の姿を、どういう形であれ、みせたかったのではないでしょうか」
慎平の母は服部の娘である。ごく普通のサラリーマンだった父との結婚を反対され、絶縁状態だったそうだ。両親が亡くなるまで、慎平は服部と顔を合わせたことがなかった。
服部は両親の結婚に反対したことを後悔しているといっていた。たらればの話だが、素直にふたりを認めていれば、こんなことにならなかったのかもしれないと。
「全ては奏のため、当時はそう思い込んでいましたし、私自身も舞い上がっていたと思います。だから奏が私を憎み続けるのは当然なんですよ」
「それでも、奏の側にいてあげて、佐藤さん」
服部が奏を佐藤の近くに置いたのは、自分のように後悔してほしくなかったからだろう。
「奏はいつか佐藤さんを許すんじゃないかな。じゃなきゃ、あんな態度はしないと思う」
服部にいわれたからとはいえ、佐藤のことが本当に嫌なら逃げるなり出来たはずだ。
「はい。なにがあっても逃げないと決めています。奏は私のたったひとりの息子ですからね」
佐藤の目に光るものが見えた。同時に、彼は覚悟を決めているのだと感じた。
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