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第27話
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【カウントダウン開始します。緊急認証の実行まであと四十秒】
「おい、奏の話、聞いてなかったのかよ!?」
突如方向転換した人工知能に、慎平は怒りを露にする。
「ウイルスに侵されていた高岡は、たしかこういってたよな。この男の中で新たな世界を生み出すのだ、人間の知能を超えるために、と。その後、緊急認証が再スタートした。そしてついさっき、人間と同様、それを超える存在になることを目指し……といった途端、カウントダウンが始まった」
奏のいった言葉を反芻して、慎平は気づいた。
「どちらも人間を超えるって言葉が入ってる!?」
「正解。おそらく事前に組み込まれたキーワードだと思う。人間を超えてはいけない。そう思うことがあれば実行を即す。ウイルスは既に人工知能本体にも入り込んでる気がする」
「じゃあ、もう無理ってこと?」
奏は答えなかった。代わりにこんなことを言い出した。
「慎ちゃん、今すぐ外に出て」
「なんでだよ」
「データの消滅によって、なにが起きるかわからないから。このパソコンが爆発する可能性だってある」
「そんなこと出来るかよ!?」
「死んだら終わりだよ」
「それはこっちの台詞。なんとか出来ないのか?」
慎平の言葉を受け、奏はキーボードを軽やかに叩き始めたが、まもなくそれをやめた。
「無理だよ、慎ちゃん。緊急認証を止めることが出来る人物はひとりしかいない」
奏は悔しそうに唇を噛んだ。
「本条勇作だよ。パスワードは虹彩じゃなく、指紋認証だ」
この世に存在しない人間の指紋など、どこを探してもみつかるわけがない。
【緊急認証の実行まであと二十秒】
非情にも、カウントダウンは進んでいた。
「どこかについた指紋とかそういうのは使えないのか? じいちゃんの研究室だから、きっとその辺にいっぱいあるんじゃ……!?」
「時間的に無理」
きっぱり言い放つ奏。
「もう少し引き伸ばせないのかよ」
「俺が無理って判断した。だから、慎ちゃんは逃げて」
「もう遅いし、逃げられないって」
「てか、俺、もう無理」
奏はまたがくんと膝をついた。どうやら薬が切れてしまったようだ。
「奏!?」
慎平は駆け寄り、彼を支えた。
「生きて会えたらさ、今度こそチューしようね」
「勝手に決めんな!?」
【五、四、三、二、一、緊急認証作動します】
けたたましい警告音が鳴り響くと、高岡が倒れ、後を追うように奏も倒れてしまった。
【人間を超えることが出来ないのは、わかっていた。それでも、マスターを、救いたかった……】
警告音が鳴り響くパソコンから人工知能が言葉を紡ぐ。慎平ははっとした。
「ウイルスって本当に偶然だったの? それって本条のじいちゃんを救うための手段とかだっだんじゃ……!?」
【マスターが、死ねば、私はひとり、永遠に、ひとり。哀しい、とても哀しい……】
人間の知能を超えれば、勇作を救う方法がみつかるかもしれない。その思考が自らの破滅に繋がるとしても、勇作に生きていてほしかったのではないか。
警告音が途切れると、パソコンの画面がアルファベットの羅列に侵食されていく。
「じいちゃんが大好きで、もっと一緒にいたかったんだね。わかるよ。俺も本条のじいちゃん、大好きだったからさ」
奏は倒れたままで意識がないから、確かめることは出来ない。いや、それは確かめるべきではないのかもしれない。何より、慎平のバカな頭では正しい結論かどうかもわからない。
「もうすぐ本条のじいちゃんに会えるよ。向こうであったら、よろしく伝えといてくれよな」
アルファベットの羅列が画面を埋め尽くすと、電源が切れた。人工知能は消滅した。そこにあるのは壊れたパソコンだけになった。
***
「君を送り出すとき、彼に無茶させないでっていっておいたよね」
慎平は池田の診察室に呼び出され、医師と患者の距離感で向き合う。池田は笑顔だったが、言葉の端々から静かな怒りが感じられた。
あれからすぐ沢木と警察がやってきた。撃たれた谷村順子、意識のない高岡が警察病院へ搬送され、奏は沢木の車で黒木総合病院に運んだ。特別室は使い物にならなくなったため、個室に入院となった。
「はい、申し訳ありませんでした」
項垂れる慎平をみるや、池田は溜息をついた後、話題を変えた。
「佐藤一馬さんの手術は無事終了してるから。しばらく安静にしてれば、元通りになるよ」
気になっていた佐藤の状態がわかり、慎平は胸を撫で下ろした。
「あの、奏は大丈夫でしょうか?」
「骨折ぐらいだから死なないけど、今夜は目を覚まさないかもしれないね」
高岡との対面以降、慎平は奏が怪我をしていることをほぼ忘れていた。今になって無理をさせたのは自分だとわかり、慎平は落ち込んでいた。
「前から思っていたのだけど、君はまっすぐすぎるね」
その後の池田の言葉は、鋭い刃のようだった。
「絶望を知る人間は嫌いじゃないよ。這い上がろうともがきながら、苦しむ姿もね。まさかアレで治ったなんて思ってないよね? 自分を中途半端にして、他人のことばかり気にかけていたら、自身を破滅させてしまうかもしれないよ」
池田のいいたいことは理解出来た。それは慎平が抱え続けてきた問題でもあったから。
誰かを救えば自分も救われるのではないか。そんなのは幻想にすぎないけれど、そうであってほしいという気持ちがずっとある。なにをしたところで過去は変わらないのに、変わるのではないかと思っているのだ。
「おい、奏の話、聞いてなかったのかよ!?」
突如方向転換した人工知能に、慎平は怒りを露にする。
「ウイルスに侵されていた高岡は、たしかこういってたよな。この男の中で新たな世界を生み出すのだ、人間の知能を超えるために、と。その後、緊急認証が再スタートした。そしてついさっき、人間と同様、それを超える存在になることを目指し……といった途端、カウントダウンが始まった」
奏のいった言葉を反芻して、慎平は気づいた。
「どちらも人間を超えるって言葉が入ってる!?」
「正解。おそらく事前に組み込まれたキーワードだと思う。人間を超えてはいけない。そう思うことがあれば実行を即す。ウイルスは既に人工知能本体にも入り込んでる気がする」
「じゃあ、もう無理ってこと?」
奏は答えなかった。代わりにこんなことを言い出した。
「慎ちゃん、今すぐ外に出て」
「なんでだよ」
「データの消滅によって、なにが起きるかわからないから。このパソコンが爆発する可能性だってある」
「そんなこと出来るかよ!?」
「死んだら終わりだよ」
「それはこっちの台詞。なんとか出来ないのか?」
慎平の言葉を受け、奏はキーボードを軽やかに叩き始めたが、まもなくそれをやめた。
「無理だよ、慎ちゃん。緊急認証を止めることが出来る人物はひとりしかいない」
奏は悔しそうに唇を噛んだ。
「本条勇作だよ。パスワードは虹彩じゃなく、指紋認証だ」
この世に存在しない人間の指紋など、どこを探してもみつかるわけがない。
【緊急認証の実行まであと二十秒】
非情にも、カウントダウンは進んでいた。
「どこかについた指紋とかそういうのは使えないのか? じいちゃんの研究室だから、きっとその辺にいっぱいあるんじゃ……!?」
「時間的に無理」
きっぱり言い放つ奏。
「もう少し引き伸ばせないのかよ」
「俺が無理って判断した。だから、慎ちゃんは逃げて」
「もう遅いし、逃げられないって」
「てか、俺、もう無理」
奏はまたがくんと膝をついた。どうやら薬が切れてしまったようだ。
「奏!?」
慎平は駆け寄り、彼を支えた。
「生きて会えたらさ、今度こそチューしようね」
「勝手に決めんな!?」
【五、四、三、二、一、緊急認証作動します】
けたたましい警告音が鳴り響くと、高岡が倒れ、後を追うように奏も倒れてしまった。
【人間を超えることが出来ないのは、わかっていた。それでも、マスターを、救いたかった……】
警告音が鳴り響くパソコンから人工知能が言葉を紡ぐ。慎平ははっとした。
「ウイルスって本当に偶然だったの? それって本条のじいちゃんを救うための手段とかだっだんじゃ……!?」
【マスターが、死ねば、私はひとり、永遠に、ひとり。哀しい、とても哀しい……】
人間の知能を超えれば、勇作を救う方法がみつかるかもしれない。その思考が自らの破滅に繋がるとしても、勇作に生きていてほしかったのではないか。
警告音が途切れると、パソコンの画面がアルファベットの羅列に侵食されていく。
「じいちゃんが大好きで、もっと一緒にいたかったんだね。わかるよ。俺も本条のじいちゃん、大好きだったからさ」
奏は倒れたままで意識がないから、確かめることは出来ない。いや、それは確かめるべきではないのかもしれない。何より、慎平のバカな頭では正しい結論かどうかもわからない。
「もうすぐ本条のじいちゃんに会えるよ。向こうであったら、よろしく伝えといてくれよな」
アルファベットの羅列が画面を埋め尽くすと、電源が切れた。人工知能は消滅した。そこにあるのは壊れたパソコンだけになった。
***
「君を送り出すとき、彼に無茶させないでっていっておいたよね」
慎平は池田の診察室に呼び出され、医師と患者の距離感で向き合う。池田は笑顔だったが、言葉の端々から静かな怒りが感じられた。
あれからすぐ沢木と警察がやってきた。撃たれた谷村順子、意識のない高岡が警察病院へ搬送され、奏は沢木の車で黒木総合病院に運んだ。特別室は使い物にならなくなったため、個室に入院となった。
「はい、申し訳ありませんでした」
項垂れる慎平をみるや、池田は溜息をついた後、話題を変えた。
「佐藤一馬さんの手術は無事終了してるから。しばらく安静にしてれば、元通りになるよ」
気になっていた佐藤の状態がわかり、慎平は胸を撫で下ろした。
「あの、奏は大丈夫でしょうか?」
「骨折ぐらいだから死なないけど、今夜は目を覚まさないかもしれないね」
高岡との対面以降、慎平は奏が怪我をしていることをほぼ忘れていた。今になって無理をさせたのは自分だとわかり、慎平は落ち込んでいた。
「前から思っていたのだけど、君はまっすぐすぎるね」
その後の池田の言葉は、鋭い刃のようだった。
「絶望を知る人間は嫌いじゃないよ。這い上がろうともがきながら、苦しむ姿もね。まさかアレで治ったなんて思ってないよね? 自分を中途半端にして、他人のことばかり気にかけていたら、自身を破滅させてしまうかもしれないよ」
池田のいいたいことは理解出来た。それは慎平が抱え続けてきた問題でもあったから。
誰かを救えば自分も救われるのではないか。そんなのは幻想にすぎないけれど、そうであってほしいという気持ちがずっとある。なにをしたところで過去は変わらないのに、変わるのではないかと思っているのだ。
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