カレイドスコープ

makikasuga

文字の大きさ
上 下
29 / 34

第27話

しおりを挟む
【カウントダウン開始します。緊急認証の実行まであと四十秒】

「おい、奏の話、聞いてなかったのかよ!?」
 突如方向転換した人工知能に、慎平は怒りを露にする。
「ウイルスに侵されていた高岡は、たしかこういってたよな。この男の中で新たな世界を生み出すのだ、人間の知能を超えるために、と。その後、緊急認証が再スタートした。そしてついさっき、人間と同様、それを超える存在になることを目指し……といった途端、カウントダウンが始まった」
 奏のいった言葉を反芻して、慎平は気づいた。
「どちらも人間を超えるって言葉が入ってる!?」
「正解。おそらく事前に組み込まれたキーワードだと思う。人間を超えてはいけない。そう思うことがあれば実行を即す。ウイルスは既に人工知能本体にも入り込んでる気がする」
「じゃあ、もう無理ってこと?」
 奏は答えなかった。代わりにこんなことを言い出した。
「慎ちゃん、今すぐ外に出て」
「なんでだよ」
「データの消滅によって、なにが起きるかわからないから。このパソコンが爆発する可能性だってある」
「そんなこと出来るかよ!?」
「死んだら終わりだよ」
「それはこっちの台詞。なんとか出来ないのか?」
 慎平の言葉を受け、奏はキーボードを軽やかに叩き始めたが、まもなくそれをやめた。
「無理だよ、慎ちゃん。緊急認証を止めることが出来る人物はひとりしかいない」
 奏は悔しそうに唇を噛んだ。
「本条勇作だよ。パスワードは虹彩じゃなく、指紋認証だ」
 この世に存在しない人間の指紋など、どこを探してもみつかるわけがない。

【緊急認証の実行まであと二十秒】

 非情にも、カウントダウンは進んでいた。
「どこかについた指紋とかそういうのは使えないのか? じいちゃんの研究室だから、きっとその辺にいっぱいあるんじゃ……!?」
「時間的に無理」
 きっぱり言い放つ奏。
「もう少し引き伸ばせないのかよ」
「俺が無理って判断した。だから、慎ちゃんは逃げて」
「もう遅いし、逃げられないって」
「てか、俺、もう無理」
 奏はまたがくんと膝をついた。どうやら薬が切れてしまったようだ。
「奏!?」
 慎平は駆け寄り、彼を支えた。
「生きて会えたらさ、今度こそチューしようね」
「勝手に決めんな!?」

【五、四、三、二、一、緊急認証作動します】

 けたたましい警告音が鳴り響くと、高岡が倒れ、後を追うように奏も倒れてしまった。

【人間を超えることが出来ないのは、わかっていた。それでも、マスターを、救いたかった……】

 警告音が鳴り響くパソコンから人工知能が言葉を紡ぐ。慎平ははっとした。

「ウイルスって本当に偶然だったの? それって本条のじいちゃんを救うための手段とかだっだんじゃ……!?」

【マスターが、死ねば、私はひとり、永遠に、ひとり。哀しい、とても哀しい……】

 人間の知能を超えれば、勇作を救う方法がみつかるかもしれない。その思考が自らの破滅に繋がるとしても、勇作に生きていてほしかったのではないか。
 警告音が途切れると、パソコンの画面がアルファベットの羅列に侵食されていく。

「じいちゃんが大好きで、もっと一緒にいたかったんだね。わかるよ。俺も本条のじいちゃん、大好きだったからさ」
 奏は倒れたままで意識がないから、確かめることは出来ない。いや、それは確かめるべきではないのかもしれない。何より、慎平のバカな頭では正しい結論かどうかもわからない。
「もうすぐ本条のじいちゃんに会えるよ。向こうであったら、よろしく伝えといてくれよな」
 アルファベットの羅列が画面を埋め尽くすと、電源が切れた。人工知能は消滅した。そこにあるのは壊れたパソコンだけになった。

***

「君を送り出すとき、彼に無茶させないでっていっておいたよね」
 慎平は池田の診察室に呼び出され、医師と患者の距離感で向き合う。池田は笑顔だったが、言葉の端々から静かな怒りが感じられた。
 あれからすぐ沢木と警察がやってきた。撃たれた谷村順子、意識のない高岡が警察病院へ搬送され、奏は沢木の車で黒木総合病院に運んだ。特別室は使い物にならなくなったため、個室に入院となった。
「はい、申し訳ありませんでした」
 項垂れる慎平をみるや、池田は溜息をついた後、話題を変えた。
「佐藤一馬さんの手術は無事終了してるから。しばらく安静にしてれば、元通りになるよ」
 気になっていた佐藤の状態がわかり、慎平は胸を撫で下ろした。
「あの、奏は大丈夫でしょうか?」
「骨折ぐらいだから死なないけど、今夜は目を覚まさないかもしれないね」
 高岡との対面以降、慎平は奏が怪我をしていることをほぼ忘れていた。今になって無理をさせたのは自分だとわかり、慎平は落ち込んでいた。
「前から思っていたのだけど、君はまっすぐすぎるね」
 その後の池田の言葉は、鋭い刃のようだった。
「絶望を知る人間は嫌いじゃないよ。這い上がろうともがきながら、苦しむ姿もね。まさかアレで治ったなんて思ってないよね? 自分を中途半端にして、他人のことばかり気にかけていたら、自身を破滅させてしまうかもしれないよ」
 池田のいいたいことは理解出来た。それは慎平が抱え続けてきた問題でもあったから。
 誰かを救えば自分も救われるのではないか。そんなのは幻想にすぎないけれど、そうであってほしいという気持ちがずっとある。なにをしたところで過去は変わらないのに、変わるのではないかと思っているのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

初声を君に(休載中)

叢雲(むらくも)
BL
話そうとしても喉が詰まって言葉が出ない――そんな悩みを抱えている高校生の百瀬は、いつも一人ぼっちだった。 コニュニケーションがうまく取れず孤独な日々を過ごしていたが、クラスの人気者である御曹司に「秘密」を知られてしまい、それ以降追いかけ回されることに……。 正反対の二人だが、「秘密」を共有していくうちに、お互いの存在が強くなっていく。 そして、孤独なのは御曹司――東道も同じであった。 人気者な御曹司と内気な青年が織りなす物語です。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ※BLと表記していますが恋愛要素は少ないです。ブロマンス寄り? ※男女CP有ります。ご注意下さい。 ※あくまでフィクションです。実在の人物や建造物とは関係ありません。 ※表紙と挿絵は自作です。 ※エブリスタにも投稿しています。←こちらの方が更新が早いです

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

処理中です...