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第20話
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「そうか、あいつがドラゴンだったのか」
「なに、それ?」
奏は一瞬だけ迷ったものの、慎ちゃんならいいかといって話し始めた。
「母親がさ、俺がいないときに事故に遭った。即死と思われたけど、通りがかった男の処置で持ち直したんだよ。運ばれた病院で容態急変して亡くなったけどね。現場で応急処置をした男は医師だと思うけど、東洋人で連れにドラゴンと呼ばれていたことしかわからなかった」
「池田先生ってたしかリュウヘイって名前だったっけ。そっか、リュウ=ドラゴンってことか」
池田は奏のことを知っていた。だからこその上から目線だったのかもしれない。
「的確な処置だったらしいぜ。有名な医師じゃないかって噂になったくらいだ。こんなところで小児科医をやっているのは役不足だな」
池田の腕が良いということだけは、奏も認めているようだった。
「最期に、お母さんに会えた?」
慎平は気になっていたことを口にする。
「最期まで意識は戻らなかったけど、看取ることは出来たよ」
奏は淡々と話した。
「お母さん、きっと嬉しかったと思うよ。奏が側にいてくれてさ」
奏は驚いたように目を見開いた後、切なげに笑った。
「慎ちゃんって、本当すごいね……」
慎平の右肩に頭をこつんと乗せ、奏は沈黙する。
もしや泣いているのか。身体はもう震えていないし、ふざけているわけでもないが。
大丈夫なのかと声をかけようとしたとき、すぐ側で車が急停止した。派手な停まり方だったので、慎平は思わず目を向けた。黒塗りの高級車だった。
奏も顔を上げてみやる。いつもの彼に戻っていた。まもなく運転席から女性が降りてきた。きょろきょろと周りを見渡し、こちらに視線を向けると英語でなにか叫んだ。
「シェリー? なんでここに?」
奏は日本語で呟くと、シェリーと呼ばれた女性の表情が和らぐ。ほっとしたようにみえた。
「奏、よかった、無事だったのね」
まもなく彼女はこちらにやってきて、流暢な日本語で奏に話しかけた。
「俺が迎え頼んだの、おまえじゃないんだけど」
やがて助手席の扉が開き、金髪の男がふらふらになりながら出てきた。男の顔はひどく青ざめていた。
「し、死ぬかと思ったわ!?」
こちらもまた流暢な日本語だが、なぜか関西訛りだった。
***
「そういう運転出来るんやったら、あんな無茶せんでも」
金髪の男の名はガウディというらしい。奏は大学(おそらくハーバード)で同じ研究室の仲間だったそうだ。慎平には「変なオッサン」だからとわざわざ付け加えた。
「早く奏を迎えにいけって、あなたがいったのよ」
シェリーは黒髪だが、瞳は青い。ジーンズにシャツ、スニーカーというラフな格好であるが、慎平や奏より年上であることは間違いないだろう。彼女も同じ研究室仲間らしい。
「それで、これからどこにいくんだよ」
黒塗りの高級車から、奏所有の赤いコンパクトカーに乗り込み、車は走り出した。運転手はシェリー、助手席にガウディ、後部座席に慎平と奏という席順である。
「本条勇作の研究室」
事前にカーナビに住所を打ち込んだのは奏だった。車が走り出すと池田から貰った鎮痛剤の注射を自分で打ってから、佐藤から受け取ったスマホを慎平に差し出す。SMS画面が開かれており「Yはこちらの手にある。そちらのSもいただく」と書いてあった。電話番号だけなのでどこの誰かはわからない。
「さっき確認したけど、お嬢さん、出掛けたみたいなんだよね」
「ひとりでユリカを捜しに行くつもりだったのか?」
「それが俺の仕事だから」
佐藤の言葉を思い出したのか、奏は窓の外をみやる。
「必要なのは俺だろ。奏ひとりが突っ走ったところで、どうにもならないよ」
「第一秘書は今夜じいさまの会食に同行していたから、作戦がパーになったこと知らないんだよ」
作戦とはなんだと慎平が問いかけようとしたとき、奏のスマートフォンが着信を知らせた。
「あ、秀ちゃん、さっきはごめんね」
電話の相手は沢木のようだ。奏はうんうんと何度も相槌を打った。
「貴重な情報ありがとね。慎ちゃんに変わるね。はい」
奏はスマホを慎平に手渡すと、運転手のシェリーになにか告げた。
『沢木です。奏君は大丈夫そうですね』
「うん、なんとかね」
奏に気づかれないように、慎平は当たり障りのない答え方をする。
『奏君にも申し上げましたけど、警察に話をして、そちらに何人か配置する手筈にしましたので、到着を先延ばしにしてもらいます』
これから研究室に向かうことは沢木もわかっているらしい。まもなく車は路肩に停められ、奏はガウディが持参したらしいノートパソコンを手にすると、キーボードを叩き始める。こちらの様子は全く気にしていない。
「佐藤さんはどうなってますか?」
『まだ手術中です。先生の話では腹部をナイフで刺されたようで緊急手術を要請したとのことでした。本当は黙っているようにいわれていたのですが、実は佐藤さん、奏君の父親なのですよ』
「うん……」
奏から聞いていないこともあって、慎平は曖昧な返事をした。
『やはり気づかれましたか。奏君、お母さんも事故で亡くされているようなので、今辛いと思います。支えてあげてくださいね』
「わかった。無茶させないから」
通話を終えて、慎平はスマホを奏に返した。
「秀ちゃん、余計なこと話したな」
奏は笑っていた。ノートパソコンを閉じると、ガウディに返却する。
「余計なことじゃないよ。さっきの話の続きだけど、作戦ってなに?」
「なに、それ?」
奏は一瞬だけ迷ったものの、慎ちゃんならいいかといって話し始めた。
「母親がさ、俺がいないときに事故に遭った。即死と思われたけど、通りがかった男の処置で持ち直したんだよ。運ばれた病院で容態急変して亡くなったけどね。現場で応急処置をした男は医師だと思うけど、東洋人で連れにドラゴンと呼ばれていたことしかわからなかった」
「池田先生ってたしかリュウヘイって名前だったっけ。そっか、リュウ=ドラゴンってことか」
池田は奏のことを知っていた。だからこその上から目線だったのかもしれない。
「的確な処置だったらしいぜ。有名な医師じゃないかって噂になったくらいだ。こんなところで小児科医をやっているのは役不足だな」
池田の腕が良いということだけは、奏も認めているようだった。
「最期に、お母さんに会えた?」
慎平は気になっていたことを口にする。
「最期まで意識は戻らなかったけど、看取ることは出来たよ」
奏は淡々と話した。
「お母さん、きっと嬉しかったと思うよ。奏が側にいてくれてさ」
奏は驚いたように目を見開いた後、切なげに笑った。
「慎ちゃんって、本当すごいね……」
慎平の右肩に頭をこつんと乗せ、奏は沈黙する。
もしや泣いているのか。身体はもう震えていないし、ふざけているわけでもないが。
大丈夫なのかと声をかけようとしたとき、すぐ側で車が急停止した。派手な停まり方だったので、慎平は思わず目を向けた。黒塗りの高級車だった。
奏も顔を上げてみやる。いつもの彼に戻っていた。まもなく運転席から女性が降りてきた。きょろきょろと周りを見渡し、こちらに視線を向けると英語でなにか叫んだ。
「シェリー? なんでここに?」
奏は日本語で呟くと、シェリーと呼ばれた女性の表情が和らぐ。ほっとしたようにみえた。
「奏、よかった、無事だったのね」
まもなく彼女はこちらにやってきて、流暢な日本語で奏に話しかけた。
「俺が迎え頼んだの、おまえじゃないんだけど」
やがて助手席の扉が開き、金髪の男がふらふらになりながら出てきた。男の顔はひどく青ざめていた。
「し、死ぬかと思ったわ!?」
こちらもまた流暢な日本語だが、なぜか関西訛りだった。
***
「そういう運転出来るんやったら、あんな無茶せんでも」
金髪の男の名はガウディというらしい。奏は大学(おそらくハーバード)で同じ研究室の仲間だったそうだ。慎平には「変なオッサン」だからとわざわざ付け加えた。
「早く奏を迎えにいけって、あなたがいったのよ」
シェリーは黒髪だが、瞳は青い。ジーンズにシャツ、スニーカーというラフな格好であるが、慎平や奏より年上であることは間違いないだろう。彼女も同じ研究室仲間らしい。
「それで、これからどこにいくんだよ」
黒塗りの高級車から、奏所有の赤いコンパクトカーに乗り込み、車は走り出した。運転手はシェリー、助手席にガウディ、後部座席に慎平と奏という席順である。
「本条勇作の研究室」
事前にカーナビに住所を打ち込んだのは奏だった。車が走り出すと池田から貰った鎮痛剤の注射を自分で打ってから、佐藤から受け取ったスマホを慎平に差し出す。SMS画面が開かれており「Yはこちらの手にある。そちらのSもいただく」と書いてあった。電話番号だけなのでどこの誰かはわからない。
「さっき確認したけど、お嬢さん、出掛けたみたいなんだよね」
「ひとりでユリカを捜しに行くつもりだったのか?」
「それが俺の仕事だから」
佐藤の言葉を思い出したのか、奏は窓の外をみやる。
「必要なのは俺だろ。奏ひとりが突っ走ったところで、どうにもならないよ」
「第一秘書は今夜じいさまの会食に同行していたから、作戦がパーになったこと知らないんだよ」
作戦とはなんだと慎平が問いかけようとしたとき、奏のスマートフォンが着信を知らせた。
「あ、秀ちゃん、さっきはごめんね」
電話の相手は沢木のようだ。奏はうんうんと何度も相槌を打った。
「貴重な情報ありがとね。慎ちゃんに変わるね。はい」
奏はスマホを慎平に手渡すと、運転手のシェリーになにか告げた。
『沢木です。奏君は大丈夫そうですね』
「うん、なんとかね」
奏に気づかれないように、慎平は当たり障りのない答え方をする。
『奏君にも申し上げましたけど、警察に話をして、そちらに何人か配置する手筈にしましたので、到着を先延ばしにしてもらいます』
これから研究室に向かうことは沢木もわかっているらしい。まもなく車は路肩に停められ、奏はガウディが持参したらしいノートパソコンを手にすると、キーボードを叩き始める。こちらの様子は全く気にしていない。
「佐藤さんはどうなってますか?」
『まだ手術中です。先生の話では腹部をナイフで刺されたようで緊急手術を要請したとのことでした。本当は黙っているようにいわれていたのですが、実は佐藤さん、奏君の父親なのですよ』
「うん……」
奏から聞いていないこともあって、慎平は曖昧な返事をした。
『やはり気づかれましたか。奏君、お母さんも事故で亡くされているようなので、今辛いと思います。支えてあげてくださいね』
「わかった。無茶させないから」
通話を終えて、慎平はスマホを奏に返した。
「秀ちゃん、余計なこと話したな」
奏は笑っていた。ノートパソコンを閉じると、ガウディに返却する。
「余計なことじゃないよ。さっきの話の続きだけど、作戦ってなに?」
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