カレイドスコープ

makikasuga

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第19話

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「ギリギリ合格かな」
 ふっと息を吐き出した後、池田が笑う。
「彼のしたことが無駄にならなくてよかったよ。その格好での外出は許可出来ないから、着替えてからにしてね」
 特別室とはいえ、入院患者の慎平はパジャマ姿であった。急いでロッカーを開け、ジーンズに長袖Tシャツに着替える。その間、池田はカートから手早く薬品のアンプルをあけて、注射器に注入していく。
「本当は駄目だけど、医学知識持っているから特別にね」
 着替えを終えた慎平に、池田は小さなポーチを渡した。
「急場しのぎの鎮痛剤。効果が切れたらぶっ倒れるから、サポートよろしくね」
「そんなに悪いんですか、あいつ。どうして先生は奏に医学知識があるってわかるんです?」
 慎平の問いかけに「どうしてだろうね」というだけで、池田は明確な答えを出さなかった。
「やはり肋骨が折れていますか」
 沢木が心配そうにいった。
「ぽっきり折れただけで、肺にささったりしてないんだろうけど、無理させないでね。外出るなら裏口の救急受付がいいだろう。もしなにかいわれたら、入院患者だっていいな。それでもダメなら俺の名前だしていいから」

 エレベーターで一階に降りると、私服と制服の警察官達が入り乱れ、騒然としていた。いわれたとおり慎平は裏口から外に出たが、呼び止められることはなかった。
 奏はどこだろうかと隣の商業施設の建物まで行ってみる。店舗の営業は終了しているらしく、人の気配はしない。更に隣のコインパーキングまで行ってみると、一番奥に見覚えのある赤いコンパクトカーが目に入り、車に持たれかかるようにして、奏が立っていた。スマホを耳に当てていることからして、誰かと話しているようだ。
 慎平はそっと近づいた。少しずつ奏の声が耳に入ってきたが、日本語ではなく英語だった。やがて会話を終えたのか、スマホが手から滑り落ちた。
「……奏?」
 慎平が声をかけると、奏はびくんと反応した。だが振り向かない。後姿が痛々しくみえた。慎平は奏の落としたスマホを拾い、差し出した。
「来るな」
 いつもみたいに軽い話し方じゃなく、拒絶の言葉だった。
「聞こえなかったのか、来るなっていってんだよ!?」
 こんな冷たい奏は今までみたことがない。戸惑いながらも、慎平は奏の右手をそっと握り締めた。佐藤から差し出された電話を受け取ったときと同じで、震えていた。
「大丈夫、佐藤さんなら、きっと大丈夫だから」
 慰めにすぎないと思ったけれど、なにか言葉を発していないといけないと思った。慎平は、小刻みに震える奏の右手を強く握った。
「なんでまた、こんなことに……?」
「奏のせいじゃないから」
「なんであいつが、よりによってあいつが、俺を、なんでだ……?」
 奏はかなり混乱しているようだった。手の震えは止まらないし、慎平の言葉など全く耳に入っていないようだった。
「大丈夫だよ、奏、大丈夫だから」
 奏が自分にしてくれたように、慎平は彼に寄り添うことにした。たとえ聞こえていなくとも。
「もうみたくないんだよ、人が死ぬところは!?」
 手だけじゃ足りないと、慎平は奏の身体ごと抱きしめる。震えていたのは手だけじゃない、全身だった。まるで真冬の海に入ってしまったかのように。
「佐藤さんは大丈夫。だから自分を責めるな」
 奏も慎平と同じで、身内の死で辛い経験をしているのだ。たしか佐藤は離婚し、子供がひとりいるといっていた。奏の父親は佐藤なのだろう。そう考えれば、今までの違和感が払拭される。だが、奏も佐藤もそれを口にしないのだから、今は心の中に留めておくことにする。

「ありがと、慎ちゃん」
 震えが収まり、冷たかった奏の身体に温もりが戻ってきた。声のトーンがいつも通りになったのを確認して、慎平は身体を離した。
「そんなに俺のことが好きだったなんて、嬉しいな」
「バカ、そういうのじゃない!」
「てか、顔赤いけど?」
 ニヤついた顔を近づけてくる奏。慎平は慌てて後ずさりする。
「気持ち悪いから寄るな、懐くな!?」
「熱い抱擁の次はチューかな」
「ない、絶対ない!」
 軽口を叩くいつもの奏に戻っていた。正直ほっとした。さっきみたいな痛々しい奏をみるよりはずっといい。
「やっぱりご主人様はすごいね」
「別にすごくなんかないって。あ、そうだ、これ、池田先生から」
 話題を変えるべく、預かっていたポーチを手渡す。
「奏に医学知識があるだろうから特別にって」
 中味を確認すると、奏は渋い顔つきになった。
「あいつ、やっぱ俺のこと知ってそうだな」
「先生と知り合いなわけ?」
「いや、あんな日本人みたことないけど」
 奏の顔色が変わる。腕を組み、少し考え込んだ後、こう呟いた。
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