カレイドスコープ

makikasuga

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第18話

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「治療は終わったぞ。これに懲りて、バカはおとなしくするように」
 そこに池田が割って入る。バカという言葉に、やはり奏は噛みついた。
「だから、俺はバカじゃねえんだよ!?」
 まもなく乱暴に引き戸が開いた。血相変えてやってきたのは佐藤である。
「佐藤さん?」
 慎平が言葉を放ったことに驚くも、すぐさま厳しい表情で周囲を見渡す。
「空気読め、バカ秘書。最悪の事態は終わ──」
「全員その場に伏せろ!?」
 奏の言葉を遮り、佐藤は叫ぶ。彼の言葉に反応した沢木は、すぐさま慎平の盾になる。次の瞬間、大きな爆発音がした。

「なるほど。あの余裕は爆弾を仕掛けていたからですか」
 慎平は沢木の声で我に返る。窓ガラスは割れ、火災報知器が鳴り響き、天井のスプリンクラーが作動し、室内は水浸しになっていた。
「あれま、特別室がぐちゃぐちゃだよ」
 池田はやれやれといった感じで立ち上がる。咄嗟にカートの影に隠れていたようだが、あまり動じていない。
「慎平君、大丈夫ですか?」
 沢木の言葉にこくりと頷く慎平。奏がどうなったのかと心配になり、ベッドに視線を向けた。
「佐藤さん、奏!?」
 佐藤が奏を庇うようにして、ベッドに倒れ込んでいる。
「おい、どけよ、重いんだよ」
 奏は無事らしく、佐藤の拘束から逃れようともがくが、異変を察知したらしく顔色が変わった。
「おまえ、なんで……!?」
 佐藤は奏にのしかかったまま動かず、ゆっくりとした動作でスマホを取り出した。その手は赤く染まっていた。
「……おまえの、仕、事だ……」
 そういうと、佐藤は意識を失った。
「佐藤さん!?」
「邪魔だからそこにいて」
 駆け寄ろうとした慎平は、池田の声に止められた。彼は呆然とする奏をちらりと見てから、佐藤の身体を仰向けにする。すぐさまナースコールを押し、池田は言った。
「ストレッチャー寄越せ、緊急オペの準備と病院長に連絡、大至急だ!」
 常にのらりくらりとしている池田が真剣な表情になっている。すぐさま看護師ふたりがストレッチャーを持って現れ、池田の指示に従い、佐藤は運ばれていった。
「先生が執刀なさらないのですか?」
 沢木が聞いた。漏れ聞こえてきた話では、池田は別の医師の名前を出していた。
「優秀な奴に任せた方がいいと思うからね」
「あなたが一番優秀だと聞いていましたが」
「誰に聞いたの? 俺はしがない小児科担当だけど」
 探り合いのような沢木と池田の会話の後、呆然としていた奏が起き上がる。
 佐藤が運ばれていくまでの間、奏はずっと動かなかった。いや、動けなかったといった方がいいのかもしれない。佐藤から差し出された電話を取る手も、震えていたような気がする。まもなく奏は深く俯き、足を引きずりながら駆け出していった。
「奏!?」
 追いかけようとした慎平の右手を、池田が掴む。とても強い力だった。
「彼を追いかけてどうするの?」
「どうするって……」
 理屈じゃなく感情で動いた。今、奏をひとりにさせてはいけない気がしたから。
「それなら聞くけど、彼が死んだんじゃないかって思ったとき、どうなったか覚えてる?」
 池田の厳しい視線が突き刺さる。なんのことだかわからないと慎平がいう前に、池田はきっぱり言い放った。
「君の病状は安定していない。そんな状態で他人を抱え込んでどうする? 誰かが傷つくのをみたくないとでもいうつもりかな」
 どうして池田がそれを知っているのかと思ったとき、慎平の身体が震え出した。
「銃創の熱にうなされた君は、ご両親に助けを求めながら、自分のせいだと繰り返していた。彼は君の側でずっと否定し続けた。聞こえていないとわかっていても」
 池田の言葉を受け、慎平の頭がズキリと痛む。
「不用意に血をみた後だ、無理に思い出さない方がいい。えっと、沢木さんだっけ? 彼を連れ戻してくれるかな」
「私でよろしいのですか?」
 沢木は慎平をみてから聞いた。
「君しかいないから。妙な考え、起こさなきゃいいけど」
 池田は思い出すなといったけれど、慎平の記憶の逆流は続いていた。
 最初の入院のとき、熱が下がらず、慎平は寝たり起きたりを繰り返していた。昼夜問わず、目覚めるといつも奏がいた。彼は切なく微笑みながら、慎平の頭を撫でてくれた。

(ずっと側にいる。俺はいつでも慎ちゃんの味方だよ)
(大丈夫、熱が下がればきっとよくなる。開放されるよ、この悪夢から)

「行かせてください」
 大きく深呼吸すると、身体の震えが止まった。慎平は池田の目をまっすぐみつめていった。
「あいつを、奏を助けたいんです!」
 自分だけが不幸だと思っていた。これ以上傷つきたくないからと、絶望の殻から出ようとしなかった。そんな慎平の前に奏という光が現れた。彼は慎平を気遣い、寄り添ってくれた。この世界は絶望だけではなく、希望があるということを指し示すかのように。
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