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第16話
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黒木総合病院は幹線道路に面した救急指定病院で、地下二階、地上十階の建物だ。二年程前にリニューアルした。
今回慎平が入院したのは小児科病棟ではなく、最上階にある特別室だった。特別というだけあって眺望もよく、病室というよりはホテルの一室のようだった。前回のように秘密裏ではないので、食事等は専属の女性看護師が担当した。面会謝絶にされて暇だったこともあり、ホワイトボードを使って夕食時に池田のことを聞いてみると、様々な情報を提供してくれた。
病院長が伯父にあたるらしく、外科医で大変腕がよいのだが、女性看護師を口説きまくってクレームが出たことにより、小児科担当になったそうだ。突然の配置転換にも関わらず、池田は子供から慕われる存在となり、周囲からの要望もあって、今の立場に落ち着いたそうだ。今朝ここを訪れた後も、救急の手伝いで難しい手術を行っていたらしい。
ひとしきり池田の話題で盛り上がったものの、その後はまたひとりになり、暇になった。慎平は起き上がってカーテンを開け放ち、何気なく窓の外を眺める。行き交う車と、立ち並ぶ周囲のビル群が発する光が闇を照らしている。ふと、この部屋はいくらするのだろうかと思ったとき、ノックもなく引き戸が開いた。
「よかった、間に合った」
帽子を目深に被り、黒のパーカーにジーンズ姿の奏が、息を弾ませてやってきた。
どうしてここに、といったつもりだが、言葉にならなかった。奏は傷ついたような表情になったものの「一緒にきて」といった。
どこにいくのかと口を動かすも、奏には見えていないようだ。
「ごめん、説明は後でする。ここも危険だから」
奏は焦っていた。周囲に視線をやり、室内照明のスイッチをみつけて消した。続いて、開いたままになっているカーテンに手をかけようとしたが、なにかの気配を察すると、慎平をベッド脇のテーブルの隣に座らせた。
「床、冷たいけど、ガマンして。なにがあっても動いたらダメだよ」
奏が真剣だったので、わけがわからないまま慎平は頷いた。
程なくしてまた扉が開かれた。ベッドが邪魔だし、照明も消されているから、誰がやってきたのかわからない。
「ここは面会謝絶だぜ、不法侵入者さん」
奏の声が響き渡ると同時に、ふっと息を漏れる。まもなくあの忌まわしい空気音が耳に飛び込んできた。慎平は思わず左肩に手を当てた。あのときと同じ銃撃だったから。
暗闇から一転、眩い光に照らされる。かろうじてわかるのは、奏の右足付近から血液が流れているということだった。撃たれたのかと問いかけようとしたが、やはり声は出ない。まもなく奏の両手が高く挙げられた。
「不法侵入者はおまえじゃないのか」
冷たい男の声が響き渡る。
「主治医の了承は得てる。それよりあんたさ、俺に怪我させて、無事でいられると思ってんの?」
こんなときでも奏の自信は揺るがない。相手を刺激することにならなければよいのだが。
「服部静雄の関係者だからか?」
「そういう意味じゃない。俺の頭ぶち抜いたら、大変なことになるよ」
「そうか。なるべく血が出ないようにしよう」
「だから、そういう意味じゃなくて」
奏は帽子を取ったようだ。床にパサリと落ちた。
「俺の頭を撃ったら、高額な賠償金とアメリカから怖いおじさん達がやってきて、大変なことになるっていってんの」
追い詰められても決して揺るがない奏。そこだけは見習いたいと思う慎平だった。血をみると胸がざわつくし、嫌なイメージに支配されそうになる。こんなところで倒れている場合じゃないのに。
「そうか」
男はゆっくりとこちらに向かってくる。奏が一歩も動かないということは脅されているのだろうか。
「なら、こうしようか」
まもなく鈍い衝撃音がして、奏が倒れ込むのが見えた。反射的に慎平は叫んだ。
「奏!?」
出なかったはずの声が発せられ、慎平は立ち上がった。目に飛び込んできたのは、サングラスをかけ、黒いスーツを着た男。慎平の姿を確認するや、ニヤリと笑った。
「一緒にきてもらおうか、水原慎平君」
蛇に睨まれた蛙のように、慎平は固まってしまう。
「邪魔者は好きにしていいと言われていたからな」
奏は床に倒れており、右足から血が流れていた。慎平の声にも、男の声にも、反応を示さない。
嫌だ、もうあんな思いはしたくない。これは現実なんかじゃない!?
今回慎平が入院したのは小児科病棟ではなく、最上階にある特別室だった。特別というだけあって眺望もよく、病室というよりはホテルの一室のようだった。前回のように秘密裏ではないので、食事等は専属の女性看護師が担当した。面会謝絶にされて暇だったこともあり、ホワイトボードを使って夕食時に池田のことを聞いてみると、様々な情報を提供してくれた。
病院長が伯父にあたるらしく、外科医で大変腕がよいのだが、女性看護師を口説きまくってクレームが出たことにより、小児科担当になったそうだ。突然の配置転換にも関わらず、池田は子供から慕われる存在となり、周囲からの要望もあって、今の立場に落ち着いたそうだ。今朝ここを訪れた後も、救急の手伝いで難しい手術を行っていたらしい。
ひとしきり池田の話題で盛り上がったものの、その後はまたひとりになり、暇になった。慎平は起き上がってカーテンを開け放ち、何気なく窓の外を眺める。行き交う車と、立ち並ぶ周囲のビル群が発する光が闇を照らしている。ふと、この部屋はいくらするのだろうかと思ったとき、ノックもなく引き戸が開いた。
「よかった、間に合った」
帽子を目深に被り、黒のパーカーにジーンズ姿の奏が、息を弾ませてやってきた。
どうしてここに、といったつもりだが、言葉にならなかった。奏は傷ついたような表情になったものの「一緒にきて」といった。
どこにいくのかと口を動かすも、奏には見えていないようだ。
「ごめん、説明は後でする。ここも危険だから」
奏は焦っていた。周囲に視線をやり、室内照明のスイッチをみつけて消した。続いて、開いたままになっているカーテンに手をかけようとしたが、なにかの気配を察すると、慎平をベッド脇のテーブルの隣に座らせた。
「床、冷たいけど、ガマンして。なにがあっても動いたらダメだよ」
奏が真剣だったので、わけがわからないまま慎平は頷いた。
程なくしてまた扉が開かれた。ベッドが邪魔だし、照明も消されているから、誰がやってきたのかわからない。
「ここは面会謝絶だぜ、不法侵入者さん」
奏の声が響き渡ると同時に、ふっと息を漏れる。まもなくあの忌まわしい空気音が耳に飛び込んできた。慎平は思わず左肩に手を当てた。あのときと同じ銃撃だったから。
暗闇から一転、眩い光に照らされる。かろうじてわかるのは、奏の右足付近から血液が流れているということだった。撃たれたのかと問いかけようとしたが、やはり声は出ない。まもなく奏の両手が高く挙げられた。
「不法侵入者はおまえじゃないのか」
冷たい男の声が響き渡る。
「主治医の了承は得てる。それよりあんたさ、俺に怪我させて、無事でいられると思ってんの?」
こんなときでも奏の自信は揺るがない。相手を刺激することにならなければよいのだが。
「服部静雄の関係者だからか?」
「そういう意味じゃない。俺の頭ぶち抜いたら、大変なことになるよ」
「そうか。なるべく血が出ないようにしよう」
「だから、そういう意味じゃなくて」
奏は帽子を取ったようだ。床にパサリと落ちた。
「俺の頭を撃ったら、高額な賠償金とアメリカから怖いおじさん達がやってきて、大変なことになるっていってんの」
追い詰められても決して揺るがない奏。そこだけは見習いたいと思う慎平だった。血をみると胸がざわつくし、嫌なイメージに支配されそうになる。こんなところで倒れている場合じゃないのに。
「そうか」
男はゆっくりとこちらに向かってくる。奏が一歩も動かないということは脅されているのだろうか。
「なら、こうしようか」
まもなく鈍い衝撃音がして、奏が倒れ込むのが見えた。反射的に慎平は叫んだ。
「奏!?」
出なかったはずの声が発せられ、慎平は立ち上がった。目に飛び込んできたのは、サングラスをかけ、黒いスーツを着た男。慎平の姿を確認するや、ニヤリと笑った。
「一緒にきてもらおうか、水原慎平君」
蛇に睨まれた蛙のように、慎平は固まってしまう。
「邪魔者は好きにしていいと言われていたからな」
奏は床に倒れており、右足から血が流れていた。慎平の声にも、男の声にも、反応を示さない。
嫌だ、もうあんな思いはしたくない。これは現実なんかじゃない!?
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