カレイドスコープ

makikasuga

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第14話

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「具合はどうだ、慎平」
 一時は総理大臣有力といわれていた服部静雄だが、慎平からすれば、過保護極まりない祖父である。白髪の割合が多い頭髪だが、身なり同様きっちりと整えられており、七十代にしては若々しい印象である。
「大丈夫だよ。心配かけてごめん。奏に聞いたけど、本条コーポレーションに行ってたんだよね?」
 盗聴器のことは服部も佐藤もわかっているらしい。服部は佐藤に視線を向けた。あとは彼に話させるようである。
「本条ユリカさんをこちらで預かることになりました。先生宛の手紙の中に、ユリカさんの保護をお願いする文面があったためです」
 急展開に、慎平は言葉を失った。
「隠していたことを正直にお話しして、ユリカさんは納得してくださいました。本日中に荷物をまとめて、明日こちらにお見えになります。発砲事件がきっかけで、私が慎平君を連れて勇作さんのところへ通っていたことを思い出したようですね。怪我をした慎平君のことを心配しておられました」
 慎平とユリカの虹彩が必要なのだから、自分達は一緒にいる方がいい。こうなることを考えて、勇作は服部に託したのだろう。
「奏から聞いたということは、勇作さんの研究に関する遺言のことも知っていますね」
 佐藤の問いかけを受けて、慎平は白い封筒を彼に手渡した。遺言内容と同じものであることを確認すると、佐藤は渋い顔つきになった。
「どうして黙っていたのです?」
「話したところで閉じ込めるだけだろ」
 佐藤は大きな息をひとつ吐いてから、話を変えた。
「勇作さんから頼まれたことは?」
「研究は失敗に終わってある人間を不幸にしたから、俺と彼女の虹彩で研究室を開けてくれって」
「不幸になった人間とは誰ですか? 研究室を開けたらどうなるのですか?」
「俺達になら任せられるってことしか、聞いてないよ」
「研究が失敗に終わり、不幸になった人間がいるということは、研究自体が違法、もしくは危険だということでしょうかね」
 黙って話を聞いていた沢木が口を挟んだ。
「あいつは、そういうことには手を出さない男だと思っていたがな」
 友人だった服部もわからないようである。
「遺言が公になったのは今日ですが、狙撃事件が起きたのは五日前です。慎平君以外に、このことを知っていた人物がいます。ユリカさんの父親であり、現在行方不明の麻薬取締官、高岡篤志が暗躍している可能性があります」
「ユリカの親父さんが?」
「警察時代のコネを使って調べました。一年程前、捜査中に流れ弾が頭に当たる大怪我を負ったものの、奇跡的に回復しました。復帰後の初仕事として、ある組織に潜入していたようです。一ヶ月前に連絡が途絶え、消息不明になりましたが、彼をみかけたという情報も入ってきているようですね」
 一ヶ月前といえば、慎平が勇作に呼び出されてこの遺言を受け取った時期でもある。
「身元を突き止められ、組織内でそういう立場に鞍替えしたのではないかという憶測が飛んでいます。狙撃の腕はかなりのものだったそうですよ」
「そんな、父親が娘の命を狙うなんて……」
 もしそれが本当だとしたらと考えたとき、寒気がした。慎平の脳裏にあるイメージが再生される。あの忌まわしい現場、もう二度と思い出したくない場面が。

 お父さん、お母さん、目を開けてよ!?

 真っ赤に染まった両手。震える身体にもそれが付着して気持ち悪い。何度も叫んで、何度も泣いたけれど、なにも変わらない。
 両親はいない。ここあるのは冷たい躯。全て止まった、あの瞬間から。

 ここには、永遠に続く暗闇しかないんだ。

「慎平!?」
 服部の声で慎平は我に返ったが、一歩遅かった。浅い呼吸を繰り返す。寒くもないのに震えが止まらず、冷や汗が流れ出る。

 もうなにもみたくない、なにも考えたくない。このままいっそ……!?

 目の前が霞んで立っていられない。佐藤や沢木が駆け寄ってきたが、視界はゆらゆら揺れている。
「俺から離れちゃダメっていったでしょ」
 倒れそうになった身体を、背後から力強い声と共に誰かが支えた。頼もしくて温かい。そういえば、最近この声に助けられたような気がする。
「車を出せ、行き先は黒木総合病院、大至急だ!?」
 奏の焦った声が聞こえる。俺よりおまえの方がヤバいだろと思ったものの、声に出すことは出来ず、慎平の意識はぷつりと途切れた。
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