カレイドスコープ

makikasuga

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第10話

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 入院から五日目の朝を迎えた。自宅療養を条件に退院許可が出た慎平は、着替えを済ませ、荷物を片付けていた。
 担当医の池田曰く、慎平の怪我の程度は「肉を少し削ったくらい」だそうだが、銃創ということもあり、二日目までは熱が上がったり下がったりしていた。三日目以降は平熱となったが、奏は慎平に付き添い、甲斐甲斐しく世話してくれた。それはそれで有り難かったが、四日目に一度外出した以外はずっと病室にいて、慎平の一挙手一投足に反応する奏にうんざりしていた。今朝早く退院の手続きに行くからと病室を出て、なかなか戻ってこないものの、内心ほっとしていた。
 そうこうするうちにノックの音がして、引き戸が開いた。慎平は身構えたが、現れたのは奏ではなかった。
「おはようございます、慎平君」
 家庭教師の沢木である。濃紺のスーツにネクタイ姿で、笑みを浮かべていた。
「退院出来てよかったですね。しばらくは自宅で安静にしていてくださいよ」
「あの、奏は?」
「先に帰られましたよ」
 五日も病院で寝泊まりしていたのだ。自宅に帰って当然だろうと思うが、自分に一言もあってもいいのにと思う慎平だった。
「手続きは済んでいますので行きましょうか。荷物お持ちしますね」
 入院中、沢木や佐藤が顔を出すことはなかった。病室には奏と池田以外は現れず(食事も池田が持参)だからこそ息が詰まったのかもしれない。

「あの、色々とご迷惑をおかけしてすみませんでした」
 服部家所有のシルバーの乗用車に乗り込み、沢木が運転し始めたことを確認してから、慎平は謝罪した。
「私は大丈夫ですが、服部先生が心配されているので、外出制限の可能性があるかもしれませんよ」
「マジですか!?」
 服部ならやりかねない、慎平は項垂れた。
「五日前の朝、佐藤さんから連絡があり、慎平君と至急連絡を取っていただけないかとお願いされて、電話を差し上げたのです。奏君からのプレゼントで、なにかあると思われたみたいですね」
 プレゼント=盗聴器であるが、抜かりない佐藤も同じプレゼントを奏に渡していた。
「あの後のこと、聞いていいですか? 奏に聞いてもダンマリだったもので」
 慎平がいくら聞いても、奏は何も話さなかった。回復が先だからとかなんとかいって、話をごまかすし、沢木の名を口にするだけで不機嫌になる。佐藤の名を出せば、完全無視された。
「奏君らしいですね。いいですよ、なにからお話ししましょうか?」
「彼女は無事、ですよね?」
 慎平がまず聞いたのは、ユリカについてだった。
「ユリカさんは元気にしていますよ。あのホテルも危険ということになり、ご自宅に戻られました。二十四時間体勢で、外に何人か張り込ませていると聞いています」
「俺達のこと、不審に思ってませんでしたか?」
「あの日は今回のことは他言無用をお願いして、後は佐藤さんにお任せしました。聞いた話では、ユリカさんは待ち合わせであの場所に現れたそうです。相手は本条コーポレーションの社長である本条健作氏の秘書で、谷村順子さんです。ユリカさんとは幼い頃から姉妹のように仲良しだという話です」
 谷村順子の情報は、奏から聞いていた通りだった。
「会ったんですか、その谷村順子に」
「ええ、事件を聞いて血相変えてやってきました。谷村さんには一緒に難を逃れた者だと言いました」
「あの狙撃、谷村順子の差し金ということはないですか?」
「可能性はゼロではありません」
 慎平の問いかけを受けて、沢木の表情が厳しくなった。
「表向きはホテルに宿泊していた暴力団関係者を狙った銃撃事件で、負傷者はいないことになっています」
 服部は両親の事件以降、慎平の存在を世間に隠し続けた。危険な目に遭わせたくないという配慮だが、それが度を越して、今は過保護という状態になっている。
「ですが、他に目撃者がいたのでは?」
「そこはうまく収めました」
 沢木は三倍増しの笑顔でいったため、これ以上聞けなかった。
「暴力団関係者が宿泊していたのは事実なんです。実際裏で抗争中ですしね。ちなみに歩道橋に犯人のものと思われる拳銃が残されていました。チーター、正式名称ベレッタM84。この銃を使用しているのは日本の麻薬取締官ですね」
「麻薬取締官って、確か……」
 奏から聞いた話が蘇る。
「ユリカさんのお父様、高岡康志さんがそうですね。偶然かもしれませんが」
 沢木がそれを知っているということは、佐藤から何か聞いたということだ。
「なにかの手がかりか、混乱させるための罠か。今はどちらの可能性も捨て切れませんが、ユリカさんを狙う人間がいること、彼女が本条勇作さんの研究に関わるなにかを握っていることは、間違いないでしょう。部屋が荒らされていましたからね。ユリカさんに自覚はないでしょうが、こうなる可能性を考えて、勇作さんは慎平君にも託されたということでしょうか」
 さすがは元刑事というべきか、ほとんど知られてしまっているではないか。
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