カレイドスコープ

makikasuga

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第9話

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 気づいたとき、周囲は赤に染まっていた。ひどい臭いが充満して、息をするのも辛い。
 お母さんと問いかけるが、返事はない。
 お父さんと問いかけるも、また返事はない。
 この手は両親のものなのに、まだ温かいのに、どうしてなにもいってくれないのか。
 このぬるぬるとした赤いものはなんなのか、どうしてそれに塗れているのか。
 目を開けるのが怖い、声にならないけれど、慎平は訴え続ける。
 お父さん、お母さん、助けて、と。

「……ん? 慎ちゃん!?」
 嫌だ、目を開けたくない。もうあんな場面みたくない。
「おい、まだいるんだろ!? ヤバいからすぐきて。いいから早く来い!」
 両手が赤く染まって、身体が震え始める。惨劇の現場でみた光景が目の前に……
「慎ちゃん!?」
 はっとして我に返ると同時に慎平は目を開けた。全力疾走したみたいに息は上がっており、不快な汗が全身に纏わりついている。
「うなされていたよ、大丈夫?」
 奏が心配そうに覗き込んできた。上体を起こしたが、気持ち悪くて吐きそうで我慢出来ない。
「ほら、吐いていいから」
 奏が洗面器を差し出し、背中をさすってくれたが、何も吐き出せない。呼吸がうまく出来なくなり、慎平は喘いだ。
「はいはい、確かにヤバそうな感じだね。もうちょい待っててね」
 扉が開き、まもなく男がやってきた。シャツにジーンズというラフな服装だった。
「来たばっかで引き返すなよ!?」
「落ち着きなよ。治療するのに薬や機材が必要でしょ」
 男が言うように奏はなぜ焦っているのか、何よりなぜこんなに苦しいのか。

 そっか、もう、息を止めればいいのか。

 今ここで抗うのをやめれば、楽になれる。そんな気がした。
「ちょ、慎ちゃん? 慎ちゃん!? おいこら、自分で息止めんな!」
 奏に一喝され、胸倉を掴まれる。目の前にいるはずなのに顔が見えない、目が開けられない。
「俺から逃れられると思うなよ。天国でも地獄でも、どこまでも追いかけるぞ!?」

 なんだ、それ、俺のストーカーかよ、勘弁してくれよな。

 奏なら本当にやりかねない。そう思った途端、気持ちが軽くなり、意識が遠のく。ふわふわとした雲の上に浮かんでいるようで、このままずっとここにいたかった。

「……大丈夫、熱が下がればきっとよくなる。開放されるよ、この悪夢から」

 夢か現実かもわからない。だけど、奏の言葉は慎平の胸の奥深くを揺さぶったような気がした。

***

「おはよ、慎ちゃん、気分はどう?」
 目覚めてすぐ、奏の真剣な表情が飛び込んできた。
「あれ、ここ、どこ?」
 慎平の部屋ではないことはわかる。白一色の壁、右手の違和感。いつかもこんなところにいた気がする。
「覚えてなさそうだから説明しておくね。ここは黒木総合病院の小児科病棟の個室だよ」
 病院という言葉で思い出した。奏と会って、彼の車に乗って、その後ホテルに行って佐藤と合流し、慎平はユリカを庇って怪我をした。治療のために病院に行くことになり、奏と車に乗り込んだものの、そこから記憶がぷっつり途切れている。
「病院なのはいいとして、なんで小児科?」
 右手の違和感は点滴だった。怪我をした左肩は思った程痛くない。
「担当医の管轄が小児科だから。銃創は警察に届けなきゃだけど、じいさまが手を回して、何もなかったことになってる。だからこの入院も特別枠なわけ。小児科担当だけど、腕は悪くなさそうだから安心していいよ」

「お褒めいただいて光栄だねえ」
 まもなく引き戸が開いて、白衣を着た男がやってきた。奏の存在を無視し、男は慎平に微笑んだ。
「気分はどうかな、水原慎平君」
 無視されたことが気に入らないのか、奏はあからさまに不機嫌になった。
「君の担当医に指名された池田隆平いけだりゅうへいだよ。小児科病棟勤務だからここにいてもらうね。熱は下がったかな、ちょっとごめんね」
 そう言うと、池田は慎平の左耳の穴に体温計を差し込む。すぐさまピッという電子音が鳴った。
「三十七度七分か。安静にしていてね」
 池田という男、沢木と雰囲気が似ていた。白衣を着ていなければ医師という感じはしないし、顔面偏差値が異様に高い。
「じゃあ、そこの付き添い君、水原君のこと頼むね。俺、一度帰るから」
「帰る、だと!?」
「当直じゃないのに当直になったんだからさ、着替えてシャワー浴びるくらい、許されるっしょ。自宅すぐ近くだから」
「すみません、俺のせいで」
 奏の話からして、服部が無理矢理ねじ込んできたのだろう。慎平は謝罪の言葉を口にした。
「君が謝ることなんてないよ。病院長に面倒事を押し付けられるのは、日常茶飯事だからね」
 返す言葉がみつからなくて、慎平は曖昧に笑うことしか出来なかった。
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