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第8話
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「おい、元刑事だからって、こんなところで発砲すんなよ!?」
まもなく、機嫌を害した奏がやってきた。
「少々面倒になっても、人を呼ぶにはこれが一番ですからね」
なんでもないように沢木は言った。
「慎平君の応急処置、頼みますよ」
「言われなくてもわかってる!」
沢木は慎平を奏に任せ、持っていた紙袋を渡すとエリカの側に行き、微笑みながら彼女に手を差し伸べた。
「お怪我はありませんか?」
沢木は長身でスタイルも良く、人目を惹く顔立ちをしている。
「は、はい!」
呆然としていたユリカの頬も赤く染まった。沢木に微笑まれたら、大多数の女性はこういう反応をする。
「それならよかった。あなたは巻き込まれただけですから、お気になさらず。ここは騒がしくなりますから、近くまでお送りします」
沢木が言うように、騒ぎに気づいた人達が何事かとざわつき始めていた。
「で、でも……」
ユリカは心配そうに慎平を見つめてきた。彼女の視線は慎平の左肩に集中していた。
「彼なら大丈夫です、さあこちらへ」
沢木は笑顔を振り撒き、ユリカを連れてホテルの中へと入る。彼女の姿が無くなったことを確認すると、慎平はその場に崩れ落ちた。
「慎ちゃん!?」
「大丈夫、気が抜けただけ……」
奏は沢木から渡された紙袋の中からタオルを取り出し、慎平の左肩を縛る。
「痛いんだけど」
「ゆるくしたら止血にならないだろ」
奏は厳しい顔つきで言った。まもなく彼のスマホから着信音が鳴る。画面を見ることなく耳に当てた。
「なんだ、あの家庭教師は。人前で発砲しやがったぞ。……状態? 傷は思ったより深くないし、止血はした。ああ、意識もちゃんとある。黒木総合病院だな、すぐに向かう」
電話の相手は佐藤だろうか。奏の顔つきは一段と厳しくなったが、慎平は思わず笑ってしまった。
「撃たれて、頭おかしくなった?」
奏は真顔で言った。
「いや、なんか、すごいなって」
慎平を本気で心配していることはわかるが、これまでの態度と百八十度違うため、驚くばかりである。
「まるで刑事みたいだな、奏」
「ふざけてる場合かよ!? 撃たれたんだぞ、場所が場所なら、死んでたかもしれないのに!?」
奏に一喝され、慎平は項垂れる。たしかに、この状況で笑うのは不謹慎だろう。
「ごめん……」
「いや、悪いのはこっちだから」
慎平以上に奏はダメージを受けていた。唇を噛みしめながら、ずっと傷口をみつめている。
「奏のせいじゃないって。勝手に無茶して怪我しただけからさ」
慎平は明るく振舞った。左肩はじんじん痛むが、気分は悪くない。
「それを止めるのが俺の役目だ。怪我させて悪かったよ」
責任を感じる奏になんと声をかけるべきか、慎平は考える。そしてこんな言葉を投げかけた。
「それ以上落ち込むなよ。これ、命令だから」
言葉の意味が理解出来ないと言わんばかりに、奏は目を丸くし、こう呟いた。
「命令?」
「そう、命令。おまえが言ったんだろ、俺に仕える者だって」
奏に哀しい顔をさせたくない。彼には自信満々の、上から目線がよく似合う。この気持ちがなんであるか、慎平自身よくわからないけれど、奏に笑顔を取り戻してほしくてこんな言い方をした。
「仰せの通りに、ご主人様」
慎平の願いが通じたのか、奏は笑った。
「ご主人様呼びは無しだろ」
「そうだったね。俺、慎ちゃんのこと、好きになっちゃった」
突然の告白に唖然とする慎平。元気になってくれたのはよかったが、それとこれとは話が別である。
「慎ちゃんがユリカちゃんのこと好きでも、俺、諦めないからね」
「いや、俺は彼女をそんな風にみてないし」
「命がけで助けたりしたのに?」
「そ、それは……」
勇作の遺言に関わることだし、ユリカに自覚はなくても、絶望の中にいた自分の心を動かしたから、とはいえない慎平だった。
「好みのタイプではあったけど、立場もあるからなって思ってた。でもド直球で来られたら、きちんと応えないとね」
奏は深く追及してこなかった。今は彼の発した言葉の方が問題である。
「何言ってんのか、さっぱりわからないんだけど」
好みのタイプ。これは冗談、そう冗談に決まっている。
「さっきの言葉が、ハートに直撃したから」
さっきの言葉のなにが奏を刺激したのか、考えても一向にわからない慎平だった。
まもなく、機嫌を害した奏がやってきた。
「少々面倒になっても、人を呼ぶにはこれが一番ですからね」
なんでもないように沢木は言った。
「慎平君の応急処置、頼みますよ」
「言われなくてもわかってる!」
沢木は慎平を奏に任せ、持っていた紙袋を渡すとエリカの側に行き、微笑みながら彼女に手を差し伸べた。
「お怪我はありませんか?」
沢木は長身でスタイルも良く、人目を惹く顔立ちをしている。
「は、はい!」
呆然としていたユリカの頬も赤く染まった。沢木に微笑まれたら、大多数の女性はこういう反応をする。
「それならよかった。あなたは巻き込まれただけですから、お気になさらず。ここは騒がしくなりますから、近くまでお送りします」
沢木が言うように、騒ぎに気づいた人達が何事かとざわつき始めていた。
「で、でも……」
ユリカは心配そうに慎平を見つめてきた。彼女の視線は慎平の左肩に集中していた。
「彼なら大丈夫です、さあこちらへ」
沢木は笑顔を振り撒き、ユリカを連れてホテルの中へと入る。彼女の姿が無くなったことを確認すると、慎平はその場に崩れ落ちた。
「慎ちゃん!?」
「大丈夫、気が抜けただけ……」
奏は沢木から渡された紙袋の中からタオルを取り出し、慎平の左肩を縛る。
「痛いんだけど」
「ゆるくしたら止血にならないだろ」
奏は厳しい顔つきで言った。まもなく彼のスマホから着信音が鳴る。画面を見ることなく耳に当てた。
「なんだ、あの家庭教師は。人前で発砲しやがったぞ。……状態? 傷は思ったより深くないし、止血はした。ああ、意識もちゃんとある。黒木総合病院だな、すぐに向かう」
電話の相手は佐藤だろうか。奏の顔つきは一段と厳しくなったが、慎平は思わず笑ってしまった。
「撃たれて、頭おかしくなった?」
奏は真顔で言った。
「いや、なんか、すごいなって」
慎平を本気で心配していることはわかるが、これまでの態度と百八十度違うため、驚くばかりである。
「まるで刑事みたいだな、奏」
「ふざけてる場合かよ!? 撃たれたんだぞ、場所が場所なら、死んでたかもしれないのに!?」
奏に一喝され、慎平は項垂れる。たしかに、この状況で笑うのは不謹慎だろう。
「ごめん……」
「いや、悪いのはこっちだから」
慎平以上に奏はダメージを受けていた。唇を噛みしめながら、ずっと傷口をみつめている。
「奏のせいじゃないって。勝手に無茶して怪我しただけからさ」
慎平は明るく振舞った。左肩はじんじん痛むが、気分は悪くない。
「それを止めるのが俺の役目だ。怪我させて悪かったよ」
責任を感じる奏になんと声をかけるべきか、慎平は考える。そしてこんな言葉を投げかけた。
「それ以上落ち込むなよ。これ、命令だから」
言葉の意味が理解出来ないと言わんばかりに、奏は目を丸くし、こう呟いた。
「命令?」
「そう、命令。おまえが言ったんだろ、俺に仕える者だって」
奏に哀しい顔をさせたくない。彼には自信満々の、上から目線がよく似合う。この気持ちがなんであるか、慎平自身よくわからないけれど、奏に笑顔を取り戻してほしくてこんな言い方をした。
「仰せの通りに、ご主人様」
慎平の願いが通じたのか、奏は笑った。
「ご主人様呼びは無しだろ」
「そうだったね。俺、慎ちゃんのこと、好きになっちゃった」
突然の告白に唖然とする慎平。元気になってくれたのはよかったが、それとこれとは話が別である。
「慎ちゃんがユリカちゃんのこと好きでも、俺、諦めないからね」
「いや、俺は彼女をそんな風にみてないし」
「命がけで助けたりしたのに?」
「そ、それは……」
勇作の遺言に関わることだし、ユリカに自覚はなくても、絶望の中にいた自分の心を動かしたから、とはいえない慎平だった。
「好みのタイプではあったけど、立場もあるからなって思ってた。でもド直球で来られたら、きちんと応えないとね」
奏は深く追及してこなかった。今は彼の発した言葉の方が問題である。
「何言ってんのか、さっぱりわからないんだけど」
好みのタイプ。これは冗談、そう冗談に決まっている。
「さっきの言葉が、ハートに直撃したから」
さっきの言葉のなにが奏を刺激したのか、考えても一向にわからない慎平だった。
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