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第7話
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「ほら、やっぱり無理してる」
いつのまにか奏が側にいた。にっこり笑いながら、無邪気に手を振っている。
「すごく重いんだよね、悲壮感満載みたいな」
細身にみえるが筋肉質なのか、側に立たれると妙な威圧感がある。パーカーにジーンズというラフな服装で、うまくかき消していたようだ。
「全部ひとりで背負い込まなくてもいいよ、ご主人様」
「その呼び方、やめてくれ」
「だって、俺の名前呼んでくれないんだもん」
名前を呼んだところで、変えてくれそうにない気がするのだが。
「わかった、わかったから。その呼び方をやめてくれよ、奏」
「えー、そんな投げやりはヤダ」
「ちゃんと名前で呼んだだろうが、とにかくご主人様呼びは却下」
「じゃあ、慎ちゃん」
最近「ちゃん」づけで呼ばれることがなかったため、とても新鮮な響きだった。
「うん、慎ちゃんにしよう。気に入った!」
「だから、なんで一方的に決めるんだよ!?」
奏は人の話を聞かない。天才だがなんだか知らないが、マイペースにも程がある。慎平が呆れ返ったとき、問題の人物が姿を見せた。
「あ、お嬢さん、みっけ」
慎平と奏がいる場所はホテルとオフィスビルを立体歩道橋で繋いでいる中間地点。向かって左側にあるホテル内のショッピングエリアの通用口から、ユリカが現れた。
「せっかくだから声かけ──!?」
軽口を叩いていた奏の顔色が険しくなり、慎平に覆い被さるようにして、突然地面に伏せる。
「ちょ、おい、なんだよ!?」
男女問わず、他人とゼロ距離で接することがほぼない慎平は、奏の体温を全身で感じて、胸が高鳴った。
「こんな街中で狙撃なんて、日本の安全神話も崩壊だな」
「狙撃って、銃声なんか聞こえなかったし」
慎平は奏の拘束から逃れようとしたが、なかなか離れてくれない。
「サイレンサーついてる。あの音、間違いねえよ」
奏の真剣な表情をみて、慎平は目の前の危機を自覚した。
「慎ちゃんを狙ってるか、あるいはお嬢さんか……」
独り言のように呟いた後、奏は慎平から少し離れ、ユリカに向かって叫んだ。
「今すぐ地面に伏せろ!?」
奏の声に驚き、ユリカは立ち止まって振り返る。白のカーディガンに黒の水玉のワンピースを着た彼女は目を大きく見開き、呆然と立ち尽くした。セミロングの黒髪が風に揺れる。心を閉ざしていた慎平に無邪気に笑いかけてくれた少女は、大人になっていた。
「だから伏せろって言ってんだろうが、死にたいのかよ!?」
咄嗟に反応出来ないのも無理はない。自分だってすぐ理解出来なかったから。慎平は奏を押しのけ、ユリカの元へ走った。
「ちょっと、慎ちゃん、危ないってば!?」
奏と同じように行動すれば、ユリカにも伝わるかもしれない。先程の奏と同じように、慎平はユリカに無言で覆い被さり、地面に伏せた。
「やだ、はなして!?」
「ごめん、説明は後でするから、動かないで」
慎平の言葉が耳に入らないくらい、ユリカはパニック状態だった。慎平にも遠慮があり、自身の上体が起き上がってしまう。その瞬間、左肩に強烈な痛みが襲った。
「慎ちゃん!?」
焦った奏の声が聞こえた後、焼けつくような熱さと痛みが襲う。大昔に体験した血の海が脳裏に蘇ったが、無理矢理押し込めた。
「怖がらせてごめん。今は危険なんだ、動かないでくれるかな」
慎平は冷静に語りかける。自分を見て言葉の意味を理解したらしいユリカはおとなしくなり、自ら地面に伏せた。
慎平は左肩を右手で押えながら、のろのろと立ち上がる。だるくて熱くて途方もなく痛い。まっすぐ立っていられず、体がぐらりと揺れる。このまま倒れるかと思ったとき、力強い手が阻止してくれた。
「ありがと、奏……」
「奏君じゃなくてすみませんね」
家庭教師の沢木の声だった。朦朧する意識を奮い立たせ、慎平は顔を上げる。
「遅くなって申し訳ありません。すぐに終わらせます」
沢木は自信たっぷりに笑った後、ジャケットの内ポケットからある物を取り出した。
「沢木さん、それ!?」
まもなく一発の銃声が響き渡る。沢木は右手に拳銃を持ち、空に向かって発砲した。刑事を辞めたはずの彼がなぜそんなものを持っているのか、傷の痛みよりも衝撃の方が勝る慎平だった。
「佐藤さんからお借りしました」
平然と言った後、沢木は拳銃を元の場所に仕舞い込む。佐藤にそんな権限はない。これは服部の仕業だろう。
いつのまにか奏が側にいた。にっこり笑いながら、無邪気に手を振っている。
「すごく重いんだよね、悲壮感満載みたいな」
細身にみえるが筋肉質なのか、側に立たれると妙な威圧感がある。パーカーにジーンズというラフな服装で、うまくかき消していたようだ。
「全部ひとりで背負い込まなくてもいいよ、ご主人様」
「その呼び方、やめてくれ」
「だって、俺の名前呼んでくれないんだもん」
名前を呼んだところで、変えてくれそうにない気がするのだが。
「わかった、わかったから。その呼び方をやめてくれよ、奏」
「えー、そんな投げやりはヤダ」
「ちゃんと名前で呼んだだろうが、とにかくご主人様呼びは却下」
「じゃあ、慎ちゃん」
最近「ちゃん」づけで呼ばれることがなかったため、とても新鮮な響きだった。
「うん、慎ちゃんにしよう。気に入った!」
「だから、なんで一方的に決めるんだよ!?」
奏は人の話を聞かない。天才だがなんだか知らないが、マイペースにも程がある。慎平が呆れ返ったとき、問題の人物が姿を見せた。
「あ、お嬢さん、みっけ」
慎平と奏がいる場所はホテルとオフィスビルを立体歩道橋で繋いでいる中間地点。向かって左側にあるホテル内のショッピングエリアの通用口から、ユリカが現れた。
「せっかくだから声かけ──!?」
軽口を叩いていた奏の顔色が険しくなり、慎平に覆い被さるようにして、突然地面に伏せる。
「ちょ、おい、なんだよ!?」
男女問わず、他人とゼロ距離で接することがほぼない慎平は、奏の体温を全身で感じて、胸が高鳴った。
「こんな街中で狙撃なんて、日本の安全神話も崩壊だな」
「狙撃って、銃声なんか聞こえなかったし」
慎平は奏の拘束から逃れようとしたが、なかなか離れてくれない。
「サイレンサーついてる。あの音、間違いねえよ」
奏の真剣な表情をみて、慎平は目の前の危機を自覚した。
「慎ちゃんを狙ってるか、あるいはお嬢さんか……」
独り言のように呟いた後、奏は慎平から少し離れ、ユリカに向かって叫んだ。
「今すぐ地面に伏せろ!?」
奏の声に驚き、ユリカは立ち止まって振り返る。白のカーディガンに黒の水玉のワンピースを着た彼女は目を大きく見開き、呆然と立ち尽くした。セミロングの黒髪が風に揺れる。心を閉ざしていた慎平に無邪気に笑いかけてくれた少女は、大人になっていた。
「だから伏せろって言ってんだろうが、死にたいのかよ!?」
咄嗟に反応出来ないのも無理はない。自分だってすぐ理解出来なかったから。慎平は奏を押しのけ、ユリカの元へ走った。
「ちょっと、慎ちゃん、危ないってば!?」
奏と同じように行動すれば、ユリカにも伝わるかもしれない。先程の奏と同じように、慎平はユリカに無言で覆い被さり、地面に伏せた。
「やだ、はなして!?」
「ごめん、説明は後でするから、動かないで」
慎平の言葉が耳に入らないくらい、ユリカはパニック状態だった。慎平にも遠慮があり、自身の上体が起き上がってしまう。その瞬間、左肩に強烈な痛みが襲った。
「慎ちゃん!?」
焦った奏の声が聞こえた後、焼けつくような熱さと痛みが襲う。大昔に体験した血の海が脳裏に蘇ったが、無理矢理押し込めた。
「怖がらせてごめん。今は危険なんだ、動かないでくれるかな」
慎平は冷静に語りかける。自分を見て言葉の意味を理解したらしいユリカはおとなしくなり、自ら地面に伏せた。
慎平は左肩を右手で押えながら、のろのろと立ち上がる。だるくて熱くて途方もなく痛い。まっすぐ立っていられず、体がぐらりと揺れる。このまま倒れるかと思ったとき、力強い手が阻止してくれた。
「ありがと、奏……」
「奏君じゃなくてすみませんね」
家庭教師の沢木の声だった。朦朧する意識を奮い立たせ、慎平は顔を上げる。
「遅くなって申し訳ありません。すぐに終わらせます」
沢木は自信たっぷりに笑った後、ジャケットの内ポケットからある物を取り出した。
「沢木さん、それ!?」
まもなく一発の銃声が響き渡る。沢木は右手に拳銃を持ち、空に向かって発砲した。刑事を辞めたはずの彼がなぜそんなものを持っているのか、傷の痛みよりも衝撃の方が勝る慎平だった。
「佐藤さんからお借りしました」
平然と言った後、沢木は拳銃を元の場所に仕舞い込む。佐藤にそんな権限はない。これは服部の仕業だろう。
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