カレイドスコープ

makikasuga

文字の大きさ
上 下
8 / 34

第7話

しおりを挟む
「ほら、やっぱり無理してる」
 いつのまにか奏が側にいた。にっこり笑いながら、無邪気に手を振っている。
「すごく重いんだよね、悲壮感満載みたいな」
 細身にみえるが筋肉質なのか、側に立たれると妙な威圧感がある。パーカーにジーンズというラフな服装で、うまくかき消していたようだ。
「全部ひとりで背負い込まなくてもいいよ、ご主人様」
「その呼び方、やめてくれ」
「だって、俺の名前呼んでくれないんだもん」
 名前を呼んだところで、変えてくれそうにない気がするのだが。
「わかった、わかったから。その呼び方をやめてくれよ、奏」
「えー、そんな投げやりはヤダ」
「ちゃんと名前で呼んだだろうが、とにかくご主人様呼びは却下」
「じゃあ、慎ちゃん」
 最近「ちゃん」づけで呼ばれることがなかったため、とても新鮮な響きだった。
「うん、慎ちゃんにしよう。気に入った!」
「だから、なんで一方的に決めるんだよ!?」
 奏は人の話を聞かない。天才だがなんだか知らないが、マイペースにも程がある。慎平が呆れ返ったとき、問題の人物が姿を見せた。
「あ、お嬢さん、みっけ」
 慎平と奏がいる場所はホテルとオフィスビルを立体歩道橋で繋いでいる中間地点。向かって左側にあるホテル内のショッピングエリアの通用口から、ユリカが現れた。
「せっかくだから声かけ──!?」
 軽口を叩いていた奏の顔色が険しくなり、慎平に覆い被さるようにして、突然地面に伏せる。
「ちょ、おい、なんだよ!?」
 男女問わず、他人とゼロ距離で接することがほぼない慎平は、奏の体温を全身で感じて、胸が高鳴った。
「こんな街中で狙撃なんて、日本の安全神話も崩壊だな」
「狙撃って、銃声なんか聞こえなかったし」
 慎平は奏の拘束から逃れようとしたが、なかなか離れてくれない。
「サイレンサーついてる。あの音、間違いねえよ」
 奏の真剣な表情をみて、慎平は目の前の危機を自覚した。
「慎ちゃんを狙ってるか、あるいはお嬢さんか……」
 独り言のように呟いた後、奏は慎平から少し離れ、ユリカに向かって叫んだ。
「今すぐ地面に伏せろ!?」
 奏の声に驚き、ユリカは立ち止まって振り返る。白のカーディガンに黒の水玉のワンピースを着た彼女は目を大きく見開き、呆然と立ち尽くした。セミロングの黒髪が風に揺れる。心を閉ざしていた慎平に無邪気に笑いかけてくれた少女は、大人になっていた。
「だから伏せろって言ってんだろうが、死にたいのかよ!?」
 咄嗟に反応出来ないのも無理はない。自分だってすぐ理解出来なかったから。慎平は奏を押しのけ、ユリカの元へ走った。
「ちょっと、慎ちゃん、危ないってば!?」
 奏と同じように行動すれば、ユリカにも伝わるかもしれない。先程の奏と同じように、慎平はユリカに無言で覆い被さり、地面に伏せた。
「やだ、はなして!?」
「ごめん、説明は後でするから、動かないで」
 慎平の言葉が耳に入らないくらい、ユリカはパニック状態だった。慎平にも遠慮があり、自身の上体が起き上がってしまう。その瞬間、左肩に強烈な痛みが襲った。
「慎ちゃん!?」
 焦った奏の声が聞こえた後、焼けつくような熱さと痛みが襲う。大昔に体験した血の海が脳裏に蘇ったが、無理矢理押し込めた。
「怖がらせてごめん。今は危険なんだ、動かないでくれるかな」
 慎平は冷静に語りかける。自分を見て言葉の意味を理解したらしいユリカはおとなしくなり、自ら地面に伏せた。
 慎平は左肩を右手で押えながら、のろのろと立ち上がる。だるくて熱くて途方もなく痛い。まっすぐ立っていられず、体がぐらりと揺れる。このまま倒れるかと思ったとき、力強い手が阻止してくれた。
「ありがと、奏……」
「奏君じゃなくてすみませんね」
 家庭教師の沢木の声だった。朦朧する意識を奮い立たせ、慎平は顔を上げる。
「遅くなって申し訳ありません。すぐに終わらせます」
 沢木は自信たっぷりに笑った後、ジャケットの内ポケットからある物を取り出した。
「沢木さん、それ!?」
 まもなく一発の銃声が響き渡る。沢木は右手に拳銃を持ち、空に向かって発砲した。刑事を辞めたはずの彼がなぜそんなものを持っているのか、傷の痛みよりも衝撃の方が勝る慎平だった。
「佐藤さんからお借りしました」
 平然と言った後、沢木は拳銃を元の場所に仕舞い込む。佐藤にそんな権限はない。これは服部の仕業だろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

初声を君に(休載中)

叢雲(むらくも)
BL
話そうとしても喉が詰まって言葉が出ない――そんな悩みを抱えている高校生の百瀬は、いつも一人ぼっちだった。 コニュニケーションがうまく取れず孤独な日々を過ごしていたが、クラスの人気者である御曹司に「秘密」を知られてしまい、それ以降追いかけ回されることに……。 正反対の二人だが、「秘密」を共有していくうちに、お互いの存在が強くなっていく。 そして、孤独なのは御曹司――東道も同じであった。 人気者な御曹司と内気な青年が織りなす物語です。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ※BLと表記していますが恋愛要素は少ないです。ブロマンス寄り? ※男女CP有ります。ご注意下さい。 ※あくまでフィクションです。実在の人物や建造物とは関係ありません。 ※表紙と挿絵は自作です。 ※エブリスタにも投稿しています。←こちらの方が更新が早いです

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

愛して、許して、一緒に堕ちて・オメガバース【完結】

華周夏
BL
Ωの身体を持ち、αの力も持っている『奏』生まれた時から研究所が彼の世界。ある『特殊な』能力を持つ。 そんな彼は何より賢く、美しかった。 財閥の御曹司とは名ばかりで、その特異な身体のため『ドクター』の庇護のもと、実験体のように扱われていた。 ある『仕事』のために寮つきの高校に編入する奏を待ち受けるものは?

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

処理中です...