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第6話
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佐藤からの連絡を受けて、慎平は奏と共にある高級ホテルにやってきた。周囲を高いビル群に囲まれ、大手企業の本社ビルが立ち並ぶその一帯は、平日の午後ということもあるのか、至って静かだった。
本条ユリカの部屋は何者かによって荒らされたため、ひとまずこのホテルに滞在することになった。手続きをしたのは佐藤である。ホテルのオーナーと服部の間で交流があり、なにかと融通が利くらしい。
「盗聴なんて趣味悪い」
「それはこっちの台詞だ」
ホテルのロビーのソファに慎平と奏が座り、その向かいに佐藤が座る。奏は佐藤に盗聴器を仕込んでいたらしいが、それを察した佐藤もまた、同じように仕込んでいたという。
「住居不法侵入に通信傍受、立派な犯罪だぞ」
奏と目を合わせることなく、佐藤は言った。
「だったら、警察にでも連れていけば?」
同じく目を合わせることなく答える奏。
張り詰めた空気の中に佇む慎平を気に止めることなく、平行線の争いは続いた。
「おまえ、まだ諦めていないのか」
「あいにくですけど、おまえ、なんていわれてもお答えできません」
突然敬語になる奏に、佐藤は大きな溜息をつく。
「いい加減しろ、奏」
「誰が名前で呼んでいいっていった? 勝手なことするな!?」
奏は怒りを露にする。慎平には名前で呼べというくせに、佐藤には呼ばれたくないらしい。
「ふざけてる場合か、遊びじゃないんだぞ」
「ふざけてもいないし、遊んでるわけでもない。ご主人様の依頼だしね」
この一言で佐藤の厳しい視線が慎平に向かう。ダークなスーツにネクタイ姿。この服装以外の彼をみることはほとんどない。慎平は奏に身辺調査を依頼したが、盗聴器を仕込めなんていった覚えはない。
「奏を呼び出して、なにをするおつもりですか?」
佐藤は怒らせると怖い。鋭い目は一段と厳しくなり、感情のない言葉が慎平の胸をグサリと突き刺す。盗聴器で話が筒抜けのはずなのに、わざわざ聞いてくるのはどうかと思うが。
「勇作さんからなにを頼まれたのか知りませんが、今すぐやめていただきたい。これは私ではなく、先生からの指示ですよ」
祖父の名前を出されると、慎平は動けなくなる。容赦ない言葉だが、子供の頃から佐藤に迷惑かけっぱなしだった慎平は言い返すことが出来ない。だが、ここで引いたとしても、自分は必要になるだろう。
「ちょい待ち。緊急事態発生。お嬢さんが逃亡しそう」
奏はスマホを操作しながら、慎平と佐藤の間に割って入った。
「彼女にまで盗聴器つけたのかよ」
話を止めてくれたことは感謝だが、さすがにやりすぎである。
「そういうことは第一秘書に聞いて」
慎平の視線は奏から佐藤へと切り替わる。
「念のため、発信機をつけさせていただきました。探知するのは位置情報だけです」
「自発的か、あるいは誰かからの呼び出しか……」
奏の言葉を聞いて、慎平は駆け出した。ユリカの身の安全が気になったのが半分、もう半分は佐藤から逃げるためでもあった。
***
朝は冬を思わせる寒さだったが、午後の日差しは暖かさを通り越している。慎平は着ていた黒のジャケットを脱いだ。今はグレーの長袖Tシャツ一枚で十分だ。
ホテルの正面玄関から外に出て、裏側に回る。立体歩道橋で繋がれているオフィスビルが向かいにみえた。通路は広く取られ、針葉樹とベンチが点在していたが、人影はまばらだった。
あのビルの中にたくさんの人々がいる。彼らと同じように、慎平も社会の一員となって働く日が来る。けれど、将来の目標とか、こうなりたいといった願望は全くない。幼い頃に両親を殺され、ひとり生き残ってしまってからずっとそうだ。
今ここにあるものが光ならば、反対にあるものは闇であり、それらは一定のバランスを保ちながら存在している。希望の裏側にあるのは絶望。光が眩しければ眩しいほど、闇は深くなる。
空から光は射すけれど、心はどこか別の場所にある。絶望を知るには早すぎたし、なにより幼すぎた。だから光を積極的に求める気にはなれない。闇の深さを知っているから。
不意に寒気がした。これ以上考えるのはまずいと思い、無理にでも意識を変えようとした、そのときだった。
本条ユリカの部屋は何者かによって荒らされたため、ひとまずこのホテルに滞在することになった。手続きをしたのは佐藤である。ホテルのオーナーと服部の間で交流があり、なにかと融通が利くらしい。
「盗聴なんて趣味悪い」
「それはこっちの台詞だ」
ホテルのロビーのソファに慎平と奏が座り、その向かいに佐藤が座る。奏は佐藤に盗聴器を仕込んでいたらしいが、それを察した佐藤もまた、同じように仕込んでいたという。
「住居不法侵入に通信傍受、立派な犯罪だぞ」
奏と目を合わせることなく、佐藤は言った。
「だったら、警察にでも連れていけば?」
同じく目を合わせることなく答える奏。
張り詰めた空気の中に佇む慎平を気に止めることなく、平行線の争いは続いた。
「おまえ、まだ諦めていないのか」
「あいにくですけど、おまえ、なんていわれてもお答えできません」
突然敬語になる奏に、佐藤は大きな溜息をつく。
「いい加減しろ、奏」
「誰が名前で呼んでいいっていった? 勝手なことするな!?」
奏は怒りを露にする。慎平には名前で呼べというくせに、佐藤には呼ばれたくないらしい。
「ふざけてる場合か、遊びじゃないんだぞ」
「ふざけてもいないし、遊んでるわけでもない。ご主人様の依頼だしね」
この一言で佐藤の厳しい視線が慎平に向かう。ダークなスーツにネクタイ姿。この服装以外の彼をみることはほとんどない。慎平は奏に身辺調査を依頼したが、盗聴器を仕込めなんていった覚えはない。
「奏を呼び出して、なにをするおつもりですか?」
佐藤は怒らせると怖い。鋭い目は一段と厳しくなり、感情のない言葉が慎平の胸をグサリと突き刺す。盗聴器で話が筒抜けのはずなのに、わざわざ聞いてくるのはどうかと思うが。
「勇作さんからなにを頼まれたのか知りませんが、今すぐやめていただきたい。これは私ではなく、先生からの指示ですよ」
祖父の名前を出されると、慎平は動けなくなる。容赦ない言葉だが、子供の頃から佐藤に迷惑かけっぱなしだった慎平は言い返すことが出来ない。だが、ここで引いたとしても、自分は必要になるだろう。
「ちょい待ち。緊急事態発生。お嬢さんが逃亡しそう」
奏はスマホを操作しながら、慎平と佐藤の間に割って入った。
「彼女にまで盗聴器つけたのかよ」
話を止めてくれたことは感謝だが、さすがにやりすぎである。
「そういうことは第一秘書に聞いて」
慎平の視線は奏から佐藤へと切り替わる。
「念のため、発信機をつけさせていただきました。探知するのは位置情報だけです」
「自発的か、あるいは誰かからの呼び出しか……」
奏の言葉を聞いて、慎平は駆け出した。ユリカの身の安全が気になったのが半分、もう半分は佐藤から逃げるためでもあった。
***
朝は冬を思わせる寒さだったが、午後の日差しは暖かさを通り越している。慎平は着ていた黒のジャケットを脱いだ。今はグレーの長袖Tシャツ一枚で十分だ。
ホテルの正面玄関から外に出て、裏側に回る。立体歩道橋で繋がれているオフィスビルが向かいにみえた。通路は広く取られ、針葉樹とベンチが点在していたが、人影はまばらだった。
あのビルの中にたくさんの人々がいる。彼らと同じように、慎平も社会の一員となって働く日が来る。けれど、将来の目標とか、こうなりたいといった願望は全くない。幼い頃に両親を殺され、ひとり生き残ってしまってからずっとそうだ。
今ここにあるものが光ならば、反対にあるものは闇であり、それらは一定のバランスを保ちながら存在している。希望の裏側にあるのは絶望。光が眩しければ眩しいほど、闇は深くなる。
空から光は射すけれど、心はどこか別の場所にある。絶望を知るには早すぎたし、なにより幼すぎた。だから光を積極的に求める気にはなれない。闇の深さを知っているから。
不意に寒気がした。これ以上考えるのはまずいと思い、無理にでも意識を変えようとした、そのときだった。
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