6 / 34
第5話
しおりを挟む
「まあ仕方ないか」
奏の言葉で慎平は我に返った。彼の右手が頭を撫でている、子供をあやすような、そんな仕草で。
「今は認めて和解したつもりだけど、そうなる可能性なんてゼロに等しかったよね。つまり、俺から情報だけ仕入れて、後はひとりで突っ走るつもりだったんでしょ。無茶はよくないなぁ。てか、これから長い付き合いになることだし、改めてよろしくね、ご主人様」
煽ってきたのはそっちの方だと言いたかった。態度が急変した奏に、慎平は戸惑うばかりだった。
「だから、そのご主人様呼びはやめろ! 頭を撫でるな!」
「やだ。俺のこと、ちゃんと呼んでくれないしさ」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ!?」
苛立ちが頂点に達したと同時に、またもや信号待ちで車が停止する。そこでようやく奏の右手が離れた。少し名残惜しい気持ちがしたのはなぜだろうか。
まもなく奏は左耳のイヤホンを外し、サイドブレーキを引くと、体を反転させた。
「勿論、奏とお呼びください。私はあなたに仕える者ですから」
王にひれ伏す従者のようだった。歯の浮くような気障な言い回しだが、なぜか奏にはぴったりくる。どことなく品があるのだ。
「俺はそんな大層な人間じゃない」
奏の言葉で立場を思い知らされる。服部の家へ行くことになっても、慎平は父の姓である水原を名乗ることを主張した。だが、服部の孫だという事実はどうしたって変わらない。
「そんな顔しないの。別に難しいことじゃないでしょ」
あからさまに落ち込んだ慎平を見て、奏は苦笑する。
「チヤホヤされるの、そんなに嫌かな。慣れれば、どうってことないと思うけど」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「それに近い立場だったことがあるから」
「は? 本当かよ」
「ご想像にお任せします」
信号が変わる。奏はまた左耳にイヤホンを突っ込み、運転を再開した。
なんとなくだが、奏が軽口を叩くのは、慎平を理解しているからかもしれない。
「まあ、今はいいんじゃない。将来どうするかは本人に任せるってじいさまいってたよ。無理に継がせようとは思ってないってさ。よかったね」
「将来のこととかよくわからない。何よりまだ、地に足が着いてない気がするから」
いつまでも拭えない過去。踏み出せない一歩。誰にも心を許せない。この状況は死ぬまで続くだろう。
「無理しなくていいよ」
奏は視線を前方に向けたままいった。
「別に、無理なんかしてない」
「ほー、こりゃ厄介だねえ。でもまあその方が──」
言葉を切り、奏がみるみる顔色を変えた。
「おい、マジかよ!?」
奏は路肩に車を停め、スマホを取り出し、画面を操作する。
「なんかあったのか?」
「お嬢さんの部屋が荒らされている。警察に電話……って、え、俺?」
まもなく奏のスマホから着信音が鳴った。仕方なくといった感じで耳に当てた。
「もしもし。ああ、そうですか、そりゃあ失礼いたしました。へーへー、お察しの通りでございますよ。おかげさまで仲良くさせてもらっています。はい、はーい、わかりました」
会話は軽快だが、奏は沈んでいた。最後は苦虫を噛み潰したような顔つきになって、電話を切った。
「なんだよ、なにがあったんだよ」
「バレてたみたい、第一秘書に」
奏は着ていた黒いパーカーを脱ぎ、袖口、ポケット、フードとあらゆる場所を探った。やがて胸元の飾りに目がいく。
「こっちの話、向こうに筒抜けだったよ」
奏の言葉で慎平は我に返った。彼の右手が頭を撫でている、子供をあやすような、そんな仕草で。
「今は認めて和解したつもりだけど、そうなる可能性なんてゼロに等しかったよね。つまり、俺から情報だけ仕入れて、後はひとりで突っ走るつもりだったんでしょ。無茶はよくないなぁ。てか、これから長い付き合いになることだし、改めてよろしくね、ご主人様」
煽ってきたのはそっちの方だと言いたかった。態度が急変した奏に、慎平は戸惑うばかりだった。
「だから、そのご主人様呼びはやめろ! 頭を撫でるな!」
「やだ。俺のこと、ちゃんと呼んでくれないしさ」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ!?」
苛立ちが頂点に達したと同時に、またもや信号待ちで車が停止する。そこでようやく奏の右手が離れた。少し名残惜しい気持ちがしたのはなぜだろうか。
まもなく奏は左耳のイヤホンを外し、サイドブレーキを引くと、体を反転させた。
「勿論、奏とお呼びください。私はあなたに仕える者ですから」
王にひれ伏す従者のようだった。歯の浮くような気障な言い回しだが、なぜか奏にはぴったりくる。どことなく品があるのだ。
「俺はそんな大層な人間じゃない」
奏の言葉で立場を思い知らされる。服部の家へ行くことになっても、慎平は父の姓である水原を名乗ることを主張した。だが、服部の孫だという事実はどうしたって変わらない。
「そんな顔しないの。別に難しいことじゃないでしょ」
あからさまに落ち込んだ慎平を見て、奏は苦笑する。
「チヤホヤされるの、そんなに嫌かな。慣れれば、どうってことないと思うけど」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「それに近い立場だったことがあるから」
「は? 本当かよ」
「ご想像にお任せします」
信号が変わる。奏はまた左耳にイヤホンを突っ込み、運転を再開した。
なんとなくだが、奏が軽口を叩くのは、慎平を理解しているからかもしれない。
「まあ、今はいいんじゃない。将来どうするかは本人に任せるってじいさまいってたよ。無理に継がせようとは思ってないってさ。よかったね」
「将来のこととかよくわからない。何よりまだ、地に足が着いてない気がするから」
いつまでも拭えない過去。踏み出せない一歩。誰にも心を許せない。この状況は死ぬまで続くだろう。
「無理しなくていいよ」
奏は視線を前方に向けたままいった。
「別に、無理なんかしてない」
「ほー、こりゃ厄介だねえ。でもまあその方が──」
言葉を切り、奏がみるみる顔色を変えた。
「おい、マジかよ!?」
奏は路肩に車を停め、スマホを取り出し、画面を操作する。
「なんかあったのか?」
「お嬢さんの部屋が荒らされている。警察に電話……って、え、俺?」
まもなく奏のスマホから着信音が鳴った。仕方なくといった感じで耳に当てた。
「もしもし。ああ、そうですか、そりゃあ失礼いたしました。へーへー、お察しの通りでございますよ。おかげさまで仲良くさせてもらっています。はい、はーい、わかりました」
会話は軽快だが、奏は沈んでいた。最後は苦虫を噛み潰したような顔つきになって、電話を切った。
「なんだよ、なにがあったんだよ」
「バレてたみたい、第一秘書に」
奏は着ていた黒いパーカーを脱ぎ、袖口、ポケット、フードとあらゆる場所を探った。やがて胸元の飾りに目がいく。
「こっちの話、向こうに筒抜けだったよ」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
孤独な蝶は仮面を被る
緋影 ナヅキ
BL
とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。
全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。
さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。
彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。
あの日、例の不思議な転入生が来るまでは…
ーーーーーーーーー
作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。
学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。
所々シリアス&コメディ(?)風味有り
*表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい
*多少内容を修正しました。2023/07/05
*お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25
*エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
アンデッドエンドゲーム
晴なつ暎ふゆ
BL
※暴力表現、流血表現、倫理観の欠如等ございます。苦手な方はご注意下さい。
※全てフィクションです。
”邪悪の中で生き残れるのは、街より邪悪な者達だけ”
そんな不名誉な謳い文句の付く街。
そこで組織の頭であるノクスは、ある日重傷を負ったギャング嫌いの青年を拾う。
正体不明の青年×組織の頭の男。
ゆっくりと距離を縮めていく二人が、闇に染まる街で光を見出して、走り切るまで。
僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる