カレイドスコープ

makikasuga

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第5話

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「まあ仕方ないか」
 奏の言葉で慎平は我に返った。彼の右手が頭を撫でている、子供をあやすような、そんな仕草で。
「今は認めて和解したつもりだけど、そうなる可能性なんてゼロに等しかったよね。つまり、俺から情報だけ仕入れて、後はひとりで突っ走るつもりだったんでしょ。無茶はよくないなぁ。てか、これから長い付き合いになることだし、改めてよろしくね、ご主人様」
 煽ってきたのはそっちの方だと言いたかった。態度が急変した奏に、慎平は戸惑うばかりだった。
「だから、そのご主人様呼びはやめろ! 頭を撫でるな!」
「やだ。俺のこと、ちゃんと呼んでくれないしさ」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ!?」
 苛立ちが頂点に達したと同時に、またもや信号待ちで車が停止する。そこでようやく奏の右手が離れた。少し名残惜しい気持ちがしたのはなぜだろうか。
 まもなく奏は左耳のイヤホンを外し、サイドブレーキを引くと、体を反転させた。
「勿論、奏とお呼びください。私はあなたに仕える者ですから」
 王にひれ伏す従者のようだった。歯の浮くような気障な言い回しだが、なぜか奏にはぴったりくる。どことなく品があるのだ。
「俺はそんな大層な人間じゃない」
 奏の言葉で立場を思い知らされる。服部の家へ行くことになっても、慎平は父の姓である水原を名乗ることを主張した。だが、服部の孫だという事実はどうしたって変わらない。
「そんな顔しないの。別に難しいことじゃないでしょ」
 あからさまに落ち込んだ慎平を見て、奏は苦笑する。
「チヤホヤされるの、そんなに嫌かな。慣れれば、どうってことないと思うけど」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「それに近い立場だったことがあるから」
「は? 本当かよ」
「ご想像にお任せします」
 信号が変わる。奏はまた左耳にイヤホンを突っ込み、運転を再開した。
 なんとなくだが、奏が軽口を叩くのは、慎平を理解しているからかもしれない。
「まあ、今はいいんじゃない。将来どうするかは本人に任せるってじいさまいってたよ。無理に継がせようとは思ってないってさ。よかったね」
「将来のこととかよくわからない。何よりまだ、地に足が着いてない気がするから」
 いつまでも拭えない過去。踏み出せない一歩。誰にも心を許せない。この状況は死ぬまで続くだろう。
「無理しなくていいよ」
 奏は視線を前方に向けたままいった。
「別に、無理なんかしてない」
「ほー、こりゃ厄介だねえ。でもまあその方が──」
 言葉を切り、奏がみるみる顔色を変えた。
「おい、マジかよ!?」
 奏は路肩に車を停め、スマホを取り出し、画面を操作する。
「なんかあったのか?」
「お嬢さんの部屋が荒らされている。警察に電話……って、え、俺?」
 まもなく奏のスマホから着信音が鳴った。仕方なくといった感じで耳に当てた。
「もしもし。ああ、そうですか、そりゃあ失礼いたしました。へーへー、お察しの通りでございますよ。おかげさまで仲良くさせてもらっています。はい、はーい、わかりました」
 会話は軽快だが、奏は沈んでいた。最後は苦虫を噛み潰したような顔つきになって、電話を切った。
「なんだよ、なにがあったんだよ」
「バレてたみたい、第一秘書に」
 奏は着ていた黒いパーカーを脱ぎ、袖口、ポケット、フードとあらゆる場所を探った。やがて胸元の飾りに目がいく。
「こっちの話、向こうに筒抜けだったよ」
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