カナリアが輝くとき

makikasuga

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勝つのは悪魔か死神か

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 直人の警察手帳に仕込んだ通信機から位置情報を辿り、レイはシラサカに車を運転させて、ある雑居ビルにやってきた。
「こんなところに匿ってんのかよ」
 駅前から外れ、奥へ奥へと道を辿った先だった。向かい側は新築の高層マンションだというのに、寂れた雑居ビルがぽつんと残っていた。
「来週には取り壊すことになっている。壊した後は既に更地となった場所を含めてマンションが建つようだ」
「なるほど、監禁にはお誂えの場所ってことね」
「連行された際に暴行を受けたのか、声は拾えなくなってるが、位置情報は間違いない。一階の事務所だ」
「手帳だけ、ポイ捨てされてなきゃいいけど」
「警察への忠告と身元がわかるようにするため、敢えて手帳は携帯させるはず」
 車から降りる前に、レイは右耳に突っ込んだ通信装置を触って語りかける。
「そっちはどうだ、マキ」

 草薙が蓮見とごく一部の捜査員を伴って日向の自宅を訪ねると聞き、四年前の事件の証人であるカナリアを貸し出した。彼を一人にさせるわけにはいかなかったので、以前蓮見と共に国際会議の臨時警備要員をしたマキをつかせたのである。

『日向は自宅に居ないみたい。秘書官角田とも連絡がつかないって話だよ』
「角田がここにいるのは間違いないってことか」
『ねえ、今回も僕、警察ごっこなわけ?』
「そうだ」
『嫌いなんだってば、こういう格好。コンタクトで目が渇くし』
 嫌がるマキの右目に黒目のコンタクトを入れ、スーツに着替えさせ、ダミーの手帳を持たせた。普段からラフな服しか着ないため、女装よりも嫌がるのである。
「こないだ蓮見と仕事してたおまえなら、見られても違和感ないからな」
『警察ってさ、思ってたより地味だからつまんないんだよね』
「派手に立ち回れば、ハナムラと警察の癒着が明るみになる。おとなしくしとけよ」
『はーい。カナカナ、暇だからしりとりでもする?』
『やらねえし、俺の名前はカナリアだ!』 
 緊張感が全くないマキに、カナリアがツッコミを入れる。この感じだと、シラサカ以外ともうまくやっていけそうである。
「何してもいいから目立つなよ。今からナオの救出に行ってくる」
『二人共、気をつけて。ドクター、ナオの治療よろしくね』
 直人の名前を聞いて、マキの声のトーンが変わった。後部座席で黙って話を聞いていた松田がすぐに言葉を返す。
「まかしとけ。もしものために、救命救急センターと連携を取れるようにしてある」
 一通りの救命キットは準備した。直人の怪我が左肩だけで済んでいればいいのだが。
「マキ、ハニーのこと頼んだぞ」
 最後にシラサカが語りかけると、マキはケラケラと笑った。
『大丈夫だよぉ、サカさんのモノを取ったりしないから』
『だから、俺とKはそんなんじゃ──』
 これ以上遊んでいる時間はない。途中で通信を切った後、レイは助手席の扉を開け放ち、車から降り立つ。凛とした深夜の空気の冷たさが、頬を通り過ぎていった。
「シラサカ、ボスから連絡は?」
 一呼吸遅れて車を降りたシラサカは、黒いロングコートのポケットに突っ込んだスマートフォンを取り出して画面を見たが、首を横に振るだけだった。
「結論はまだってことか」

 深夜の電波ジャックを実行した後、シラサカのスマートフォンに花村から着信があった。かいつまんで状況を説明すれば、花村はカナリアのことを了承し、直人の救出にもゴーサインを出した。但し、日向陣営の扱いに関しては、後程連絡するという答えだった。要するに、まだ相手をバラすなということである。

「おまえがボスの立場だったら、どういう判断を下す?」
 レイの質問に、そうだなと呟いて、シラサカは言った。
「カナリアのことを考慮しても、ナオを助けるのはリスクが高い。百歩譲って草薙に恩を売るためとしても、日向陣営を敵に回すのはなあ。正直、ボスがナオの救出を了承したのは意外だったよ」
 レイも同じことを考えていた。直人が花村にした提案は、自分の命でカナリアを助けろといったようなことだ。それを花村は了承した。だからこそ、レイ達が直人の救出を懇願しても突っぱねると思っていた。
「確かに。ボスに限って、情に流されるなんて考えられないしな」
 花村の不可解な行動に、シラサカと二人で頭を捻っていると、こんな声が割り込んできた。

「あいつは本来、情の深い男なんだぜ」
 レイもシラサカも、車の扉を開けたまま話していた。後部座席の松田に全て筒抜けだったようだ。
「今でこそあんなだけどな、昔は刑事の兄ちゃんみたく、まっすぐで正義感に溢れた男だった。家のことも嫌ってた。こんな稼業、絶対継がねえって言い張ってた。草薙と二人で、世界を変えるんだって言ってたからな」
 松田は、花村やヤスオカと学生時代からの友人関係だと聞いている。そこには草薙も含まれていたという話だった。
「俺が知る限り、ボスは草薙のことを本当に嫌ってますけど?」
 シラサカが意外そうに言った。レイ達よりもつきあいの長い彼がそう言うのだから、間違いないだろう。
「俺も草薙のことは相当恨んだからな。けど、ずいぶん後になって、あいつが死んだ事情を知ってさ。花村とヤスオカには絶対言うなって口止めされてるから言ってねえけど」
 あいつとは誰なのか。花村とヤスオカに口止めということは、レイ達が聞く分には問題ないということである。
「先生、その話──」
 もう少し詳しくとレイが言いかけたとき、まるで見ていたかのように、シラサカのスマートフォンが鳴った。
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