22 / 44
非情な宣告
①
しおりを挟む
食事の途中で席を立った直人は、なかなか戻って来なかった。
「何かあったのか?」
シラサカとの争いを中断して訊ねれば、直人は苦笑した後、こう言った。
「今から草薙さんと会うことになったんだ」
「こんな時間からかよ」
あと少しで日付が変わる。電話で済む話ではなかったということなのか。
「急ぎみたいでさ。迎えに来てくれるって話だから、俺一人で大丈夫」
外していたネクタイを締めて、上着を羽織る。何気ない動作の中に、いつもと違う緊張感が漲る。レイは直人をまっすぐ見つめ、こう問いかけた。
「本当に大丈夫なんだろうな」
「ああ。食事の途中で抜けて悪い」
「帰ってきたら僕の酒につきあってよね、ナオ」
レイの問いかけにはあまり反応しなかったものの、マキの言葉を受けて、直人は切なげに笑った。
「わかった。シラサカさん、大悟君のこと、お願いしますね」
「おう、まかしとけ」
草薙と会うくらいで、なんでカナリアのことを頼んでんだよ。
「じゃ、いってきます」
努めて平静を装いながら、直人は部屋を出て行った。
「あいつ、本当に刑事かよ。なんかあったって丸分かりじゃん」
直人の姿が見えなくなると、シラサカは箸を置いた。やれやれと言ったように、ゆっくりと立ち上がる。
「様子見て来るわ。マキ、ハニーのこと頼んだ」
「オッケー。よろしくね、カナカナ」
「変な呼び名を次々作るなっつーの!」
カナリアの不服を遮るように、レイのスマートフォンが着信を知らせる。画面を見れば、相手は蓮見だった。
「ちょっと待て、シラサカ。……蓮見さん、草薙は今どこにいる?」
シラサカを呼び止めた後、開口一番、レイは言った。
『草薙さんは外出先から直帰になっていて、どこにいるかはわからん。それより、日向匡の秘書官を調べたぞ。名前は角田光太郎。日向とは学生時代からのつきあいで、秘書官になる前は彼の息子の面倒を見ていたそうだ。元捜査一課の刑事、柳広哲の家族を殺害した犯人、田村一樹のな』
カナリアの両親を殺害した犯人は、コウの家族を殺害した人物でもあった。名前は田村一樹。名字は異なるが、現文部大臣日向匡の息子である。大きな事件を二度起こしたことから、ハナムラへ依頼が来た。二つ目の事件が当時まだ刑事だったコウの家族だったため、マキが拳銃自殺に見せかけて殺害した。
「そいつの写真、あるか?」
『ああ。庁舎にいるからすぐメールで送る』
「おい、なんでまだ庁舎にいる!?」
蓮見の娘である桜は、彼と暮らしている。つまり桜は一人で自宅にいることになる。
『娘は友人の家に泊まりに行っている。確認済みだ』
桜の無事を聞いて、レイはほっと胸をなで下ろす。立ち上がって、カバンに入れたノートパソコンを取り出し、ソファーに座って画面を開く。
『心配してくれるのは有り難いが、あの子を怖がらせるような真似はしないでくれよ』
「ああ、わかっている」
蓮見はレイと桜が交際していることを知らない。いつかは話すことになるだろうが、当分先のことになりそうだ。
そうこうしているうちに、添付ファイル付のメールが蓮見から送られてきた。レイは、カナリアとシラサカを手招きして呼び寄せる。
「メールを開いた。何枚か写真があるな」
二人にも聞こえるようにと、レイは電話をスピーカーに切り替える。
『秘書官の角田が一枚目、二枚目は彼の部下の伊藤という男だ』
角田は真面目を絵に書いたような男だったが、伊藤は目付きが鋭く、人を見下したような感じの悪さが際立っていた。
「こいつ、こいつだよ、俺を脅した男は!?」
カナリアは伊藤の顔を指差して言った。
「なるほど。伊藤が角田に連絡し、草薙に警告したが、はぐらかされた。ならばと強行突破を試みたが、シラサカに返り討ちにされたってところか」
『草薙さんは言葉を濁すだけで何も語らない。今、何が起きているんだ?』
「四年前に起きた一家殺傷事件の犯人は、日向の息子だった。息子の罪を無かったことにするため、生き残った被害者を脅し、無実の人間を犯罪者にした」
レイの言葉に、蓮見は絶句した。
「伊藤に恫喝されている被害者を助けるため、ナオが警察手帳を提示した。それで刑事が昔の事件を調べていると見なされ、ナオは奴らの標的になった」
直人が刑事だと名乗らなければ、こんなことにはならなかった。カナリアを助けるためにしたことが、自分の首を締めることになるなんて、思いもしなかっただろう。
『どうにか出来ないのか?』
「どうにかするつもりでいたが、ナオが草薙に呼ばれたからと、さっき一人で出て行った」
『草薙さんがこんな時間に呼び出すなんて有り得ないし、本当だとすれば、余程のことだぞ』
どうやら蓮見も違和感を覚えたようである。
「だろうな。呼び出したのが草薙じゃないとすれば、心当たりが一つある。当たっていたとすれば、最悪の展開だがな」
「何かあったのか?」
シラサカとの争いを中断して訊ねれば、直人は苦笑した後、こう言った。
「今から草薙さんと会うことになったんだ」
「こんな時間からかよ」
あと少しで日付が変わる。電話で済む話ではなかったということなのか。
「急ぎみたいでさ。迎えに来てくれるって話だから、俺一人で大丈夫」
外していたネクタイを締めて、上着を羽織る。何気ない動作の中に、いつもと違う緊張感が漲る。レイは直人をまっすぐ見つめ、こう問いかけた。
「本当に大丈夫なんだろうな」
「ああ。食事の途中で抜けて悪い」
「帰ってきたら僕の酒につきあってよね、ナオ」
レイの問いかけにはあまり反応しなかったものの、マキの言葉を受けて、直人は切なげに笑った。
「わかった。シラサカさん、大悟君のこと、お願いしますね」
「おう、まかしとけ」
草薙と会うくらいで、なんでカナリアのことを頼んでんだよ。
「じゃ、いってきます」
努めて平静を装いながら、直人は部屋を出て行った。
「あいつ、本当に刑事かよ。なんかあったって丸分かりじゃん」
直人の姿が見えなくなると、シラサカは箸を置いた。やれやれと言ったように、ゆっくりと立ち上がる。
「様子見て来るわ。マキ、ハニーのこと頼んだ」
「オッケー。よろしくね、カナカナ」
「変な呼び名を次々作るなっつーの!」
カナリアの不服を遮るように、レイのスマートフォンが着信を知らせる。画面を見れば、相手は蓮見だった。
「ちょっと待て、シラサカ。……蓮見さん、草薙は今どこにいる?」
シラサカを呼び止めた後、開口一番、レイは言った。
『草薙さんは外出先から直帰になっていて、どこにいるかはわからん。それより、日向匡の秘書官を調べたぞ。名前は角田光太郎。日向とは学生時代からのつきあいで、秘書官になる前は彼の息子の面倒を見ていたそうだ。元捜査一課の刑事、柳広哲の家族を殺害した犯人、田村一樹のな』
カナリアの両親を殺害した犯人は、コウの家族を殺害した人物でもあった。名前は田村一樹。名字は異なるが、現文部大臣日向匡の息子である。大きな事件を二度起こしたことから、ハナムラへ依頼が来た。二つ目の事件が当時まだ刑事だったコウの家族だったため、マキが拳銃自殺に見せかけて殺害した。
「そいつの写真、あるか?」
『ああ。庁舎にいるからすぐメールで送る』
「おい、なんでまだ庁舎にいる!?」
蓮見の娘である桜は、彼と暮らしている。つまり桜は一人で自宅にいることになる。
『娘は友人の家に泊まりに行っている。確認済みだ』
桜の無事を聞いて、レイはほっと胸をなで下ろす。立ち上がって、カバンに入れたノートパソコンを取り出し、ソファーに座って画面を開く。
『心配してくれるのは有り難いが、あの子を怖がらせるような真似はしないでくれよ』
「ああ、わかっている」
蓮見はレイと桜が交際していることを知らない。いつかは話すことになるだろうが、当分先のことになりそうだ。
そうこうしているうちに、添付ファイル付のメールが蓮見から送られてきた。レイは、カナリアとシラサカを手招きして呼び寄せる。
「メールを開いた。何枚か写真があるな」
二人にも聞こえるようにと、レイは電話をスピーカーに切り替える。
『秘書官の角田が一枚目、二枚目は彼の部下の伊藤という男だ』
角田は真面目を絵に書いたような男だったが、伊藤は目付きが鋭く、人を見下したような感じの悪さが際立っていた。
「こいつ、こいつだよ、俺を脅した男は!?」
カナリアは伊藤の顔を指差して言った。
「なるほど。伊藤が角田に連絡し、草薙に警告したが、はぐらかされた。ならばと強行突破を試みたが、シラサカに返り討ちにされたってところか」
『草薙さんは言葉を濁すだけで何も語らない。今、何が起きているんだ?』
「四年前に起きた一家殺傷事件の犯人は、日向の息子だった。息子の罪を無かったことにするため、生き残った被害者を脅し、無実の人間を犯罪者にした」
レイの言葉に、蓮見は絶句した。
「伊藤に恫喝されている被害者を助けるため、ナオが警察手帳を提示した。それで刑事が昔の事件を調べていると見なされ、ナオは奴らの標的になった」
直人が刑事だと名乗らなければ、こんなことにはならなかった。カナリアを助けるためにしたことが、自分の首を締めることになるなんて、思いもしなかっただろう。
『どうにか出来ないのか?』
「どうにかするつもりでいたが、ナオが草薙に呼ばれたからと、さっき一人で出て行った」
『草薙さんがこんな時間に呼び出すなんて有り得ないし、本当だとすれば、余程のことだぞ』
どうやら蓮見も違和感を覚えたようである。
「だろうな。呼び出したのが草薙じゃないとすれば、心当たりが一つある。当たっていたとすれば、最悪の展開だがな」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
Fの真実
makikasuga
キャラ文芸
警視庁のトップである警視総監草薙が何者かに刺されるという事件が発生。
被害者である草薙は多くを語らず、彼直属の組織である特殊事件捜査二係が秘密裏に捜査に当たることになった。
怪我から復帰したばかりの直人は、裏社会の組織ハナムラのレイ達と共に犯人をあげることが出来るのか?
・単独でご覧いただけますが「追憶のquiet」「カナリアが輝くとき」「Fの真実」でシリーズ三部作となっています。
追憶のquiet
makikasuga
キャラ文芸
都内各所で発生している連続殺人。犯人の手掛かりはなく、十八世紀イギリスで起きた切り裂きジャック事件の再来(未解決)かと報道され、大騒ぎになっていた。
裏社会の情報屋レイと始末屋マキは、ひょんなことから警視庁捜査一課の刑事桜井とコンビを組んで連続殺人犯を追うことに。
悪と正義が交わる先にあるものとは?
そして、桜井の運命は?
前作「世界をとめて」から派生した作品。警察(ナオ)VS裏社会(レイ)の視点で進行します。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
のんあくしょん!
須江まさのり
キャラ文芸
運動神経が無いとまで言われるほど運動音痴で、クラスメートに対してもまともに話をする事が出来ないほど内気。自分じゃ何も決められないほど優柔不断な女子高生、住谷香音(すみたに かのん)。
そんな私はある日、密かに想いを寄せていたクラスメートの野村君と話が出来たという幸運に恵まれ、そんな楽しいひと時を思い返しながら家路を辿っていると、そこで巻き起こった突然のアクシデント。
正義の味方の変身ヒーローと悪の組織の戦闘ロボットとの戦い、なんていうのに巻き込まれ、口下手なわたしは断れ切れないままに変身ヒロインに……。そんな私は、何も決断できないままに悪の秘密組織のアジトへと向かうのでした……。
え、これって内気な少女の片思いの恋愛ストーリーじゃなかったのぉ!?
……という、正義の変身ヒロインには全く向いていない女の子のお話なので、題名の通りアクションシーンはほとんどありません……。
多少の修正はしてありますが他サイトで投稿したものと内容はほぼ同じです。ただ、イラストに関してはがっつりと描き直しや追加をしていたりします(まあ、そっちではあまり読まれてもいないので「その注釈必要?」という感じだったりしますが……)。
とりあえず「これがオチで終わっても良かったかな?」というところまで投稿しておきます。続きは有りますがまだ絵を描き直せていないので、その後どうするかは今のところ未定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる