カナリアが輝くとき

makikasuga

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怪物が蘇る

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「あれ?」
 ゆっくり歩いても、五分もしないうちにたどり着いた。小さくとも小綺麗な店内はガラス張りになっており、中の様子が一目でわかるが、そこにカナリアの姿はない。
「先に帰った? けど、財布預かってるし」
 スーパーで手渡された分厚い財布は、直人が預かったままである。迷子になるにしても、直線距離なので有り得ない。
「あー、スマホ没収されたんだっけ」
 強引に有給の申請をさせられた後、直人のスマートフォンはシラサカに没収された。休みだから仕事は無しと言われたが、外部と連絡(特にレイ)を取らせたくなかったのだろう。
「どうすっかな。とりあえず食材だけ置いてくるかな」
 独り言を呟きながら、もう少し先まで歩を進めていると、小さな路地裏から、こんな声が聞こえてきた。

「よくもまあ、日本に戻って来れたものだな」
 一旦通り過ぎたものの、直人は立ち止まった。これこそ刑事の勘というべきか、不穏な気配を感じたのである。落とし物をしたことにして、二、三歩戻り、こっそり中を覗き込めば、背の高い中年男の背中が見えた。
「聞こえているだろう。久しぶりに会ったんだ、挨拶ぐらいしろよ」
 男のせいで相手が見えないけれど、返答はなかった。
「ダンマリかよ。まあいい。わかってるよな。おまえが知ってることを話せばどうなるか」
 この言い方では、脅迫罪として逮捕拘束することは難しい。直人が今出来ることは、何も知らない一般人として口を出すくらいだろう。
「何があっても話すなよ。どうなるか、わかってるよな」
 男が暴れでもしてくれれば、現行犯逮捕すればいい。直人はスーパーの袋をぶら下げたまま、男に近づき、声をかけた。
「あの」
「なんだ、見ず知らずの人間が口挟むんじゃねえよ」
「いや、なんか脅迫めいた言葉が聞こえたんで、気になって」
 男は振り向き、直人の方に向かってきた。そのせいで男が対峙していた人物が露わになる。
「大悟君!?」
 ここでカナリアと呼ぶのは違う気がして、直人は彼の本当の名前を呼んだ。フードは頭から被ったままではあるが、地面に倒れ、うずくまって震えていた。
「彼に何をした?」
「だから、見ず知らずの人間が口挟むなって言ってんだろ!」
「見ず知らずじゃないし、俺はこういう人間だよ」
 直人は肌身離さず持っている警察手帳を提示した。途端に男は顔色を変え、舌打ちし、駆け出していく。
「おい、待てよ!?」
「やめ、ろ、追うな……」
 か細くもしっかりとした声が、直人の耳に飛び込んできた。買い物袋をその場に置いて、直人はカナリアの元に駆け寄った。
「大丈夫か、なんかされたか?」
「あんた、バカ、なの……」
 恩を着せるつもりは全くないが、直人としては助けたつもりである。
「警察なんて言ったら、何するか、わかんねえのに……」
「わからないって、どういう……おい、しっかりしろ!?」
 被っていたフードを無理矢理外してみれば、カナリアは意識を失っていた。暴力を受けてはいなさそうだが、顔面蒼白で全身はガタガタと震えている。このままにしておけないが、救急車を呼ぶわけにもいかない。
「ごめん、携帯借りるよ」
 直人はカナリアの斜めがけの鞄を開けると、中からスマートフォンを取り出した。連絡先を開いてみれば、Kという名前と番号しか記録されていなかった。すぐさま番号を押し、ワンコールで繋がった相手に向かって、直人は叫んだ。
「シラサカさん、今すぐ来てください!?」
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