カナリアが輝くとき

makikasuga

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レイVSカナリア

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「はい、おまえの負け」
「マジか、いけると思ったのに」
 同じ頃、直人は別の場所でこの攻防を見学していた。
「レイはそんじょそこらの天才とは違うからね」

 ここはシラサカの自宅で、都内の一等地にある高級マンションだ。最寄り駅から徒歩五分。セキュリティも防音も完璧で、芸能人や外国人、水商売といった大金持ちが居住しているらしい。

「レイって奴、マジですげえよ。NSA(アメリカ国家安全保障局)が情報を買ってるだけはあるな」
 間取りは2LDKだが、とにかく広い。直人が住む賃貸マンションとは比べものにならない広さと豪華さに満ち溢れている。シラサカとカナリアは、リビングにある二人掛けのソファーを陣取って楽しそうに話をしているが、直人は彼らの輪の中に入ることはせず、その向かいにある一人掛けのソファーに座っていた。
「とゆーわけで、今日の飯当番、おまえな」
「仕方ねえな」
 そう言って、カナリアはノートパソコンを閉じた。負けたといいながらも、どこか満足そうである。
「買物行ってくる」
 カナリアはシラサカに向かって、右手を差し出した。
「何、この手?」
「金だよ、金。現金の両替してなくて、ドルしか持ってねえ」
「じゃあ、その分のドル紙幣置いていって」
「子供から金取るのかよ」
「子供扱いするなって言ってたよね」
 カナリアは不服そうにしながら、斜めがけの鞄から財布を取り出す。外からみてもわかるくらいに膨らんでいた。そこからドル紙幣を一枚出し、シラサカに押しつける。
「太っ腹だねえ、ハニー。じゃあ、今夜はすき焼きでよろしく」
「気持ち悪い呼び方すんなって何回言わせんだよ!? さっさと日本円寄越せ」
「勝負に負けたおまえが悪い。ほらよ」
 よくよく見てみれば、カナリアが差し出したのは100ドル紙幣。遠目から読み取れたのは、カナダという英語だった。一方で、シラサカが差し出したのは見慣れた一万円札だった。
「レートでいえば、与えすぎなんだけど」
「細かい事は気にするな。じゃ、行ってくるから」
「待って。ナオ、彼についていってくれるかな」
 二人のやり取りをぼんやり眺めていた直人は、シラサカに声をかけられ、驚いた。
「俺が、ですか?」
「うん、ハニーの買物を手伝ってあげてよ」
「だから、その呼び方やめろっつーの!」
「負けたんだから、文句言わない」
 カナリアが噛みついてきても、シラサカはさらりと交わすだけ。
「あー、もう、オッサン、行くぞ!」
「え、俺、オッサンなの?」
 直人はシラサカより若い。ついでにいえば、三十二歳である。
「俺から見れば、あんたもKもオッサンだろ」
 カナリアのはっきりとした年齢はわからないが、おそらく十代後半。十七、八歳というところである。十代の若者から見れば、オッサンと言われても仕方ないのだが、思いのほかダメージがキツかった。
「いいじゃん、俺なんか三十になったばかりで、レイにオッサン呼ばわりされたんだぜ」
 当時を思い出してか、シラサカは腕組みをして、懐かしむような表情になる。
「そのレイって奴は、いくつなんだ?」
 やはり気になるのか、カナリアが言った。
「あのとき十八だったから、二十六か。なんだ、あいつもオッサンに足突っ込んでんじゃん」
 レイが聞いたら怒り出すに違いないことを、シラサカは平然と言い放つ。
「ふーん、まあどうでもいいけど。じゃあ、行ってくる」
 財布の中に一万円札を入れて鞄に仕舞い、カナリアは玄関に向かう。
「そうだ、デザートも忘れないでね」
「デザート? ケーキでも買ってこいってか」
「うん。来客用にね」
 カナリアを見送りに玄関までやってきたシラサカは、後ろからついてきた直人に微笑みかける。
 この後、やってくる来客はどういう人物なのか。誰にせよ、嫌な予感しかしない直人であった。
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