カナリアが輝くとき

makikasuga

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カナリア襲来

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「つーかさ、俺の扱い酷くね? 休みすぎだから寝る間も惜しんで働けって言うんだぜ」
「休みすぎって、どれくらい休んだんです?」
「一ヶ月位かな」
 一般企業なら、嫌味だけではすまないレベルである。
「さすがに休みすぎじゃないですかね」
「有給消化って言ったろ。ずっと休んでたわけじゃないんだぜ。ボスの頼まれ事をこなしたりしてたのに……って、はいはい、わかりましたよ。ナオ、これ、耳に突っ込んで」
 独り言を呟いた後、シラサカはポケットから小さなイヤホンを取り出し、手渡した。言われるがまま、直人が右耳に装着すれば、すぐさまこんな声が聞こえてきた。
『一ヶ月も音信不通にしといて有給だとかふざけんな。その分の給料は払わねえからな!』
「有給消化も労働者の権利だぞ」
 シラサカも通信機をセットしてあるらしく、レイの言葉に反論する。
『連絡を寄越さず休むことをなんて言うか知ってるか、無断欠勤って言うんだよ!』 
 通信機越しでも、レイの怒りがひしひしと伝わってきて、直人は苦笑する。
「だーかーら、悪いと思って、土産買ってきたじゃん。カナダ土産の定番のメイプルクッキー」
 言葉とは裏腹に、シラサカに悪びれる様子はない。
「カナダへ行ってたんですか?」
 レイ達には戸籍がないし、シラサカに至っては大昔に不法入国で日本にやってきたという話である。現在はテロを警戒し、出入国のセキュリティも相当厳しくなっているはずだ。
『行けるわけねえだろ。偽造パスポートを作った覚えはねえし、土産のメイプルクッキーは、ネットで購入出来る代物だ』
「こんな感じでさ、何言っても信じてくれねえんだぜ。レイを頼らなくても、ツテぐらいあるのに」
 そう言って、シラサカは肩をすくめる。
「カナダへ行った話を信じるとして、一ヶ月も何してたんです?」
「気になる子にアプローチしてたんだよ。落とすのに、結構時間かかっちまってさ」
「その、気になる子ってどんな──」
『ナオ、そいつの話はいい。ハナムラグループの決算関係の手伝いが追加されて、今日は抜けられそうにない。このまま用件を話せ』
 シラサカの話題が気に入らないらしく、レイは強引に話を遮った。
「決算関係って、そんなこともやってんのかよ」
『人手が足りないんだと。粗方済ませてあるから、話だけなら聞ける。シラサカは使い走りだから無視していいし、食いながらでいいから』
 シラサカが注文したトンカツ定食が運ばれてきた。割り箸を二つに割った後、シラサカはいただきますと言って、一心不乱に食べ始める。
 居場所は勿論、食事の最中だとわかるのはなぜかなんて、野暮な事は聞かない。レイは情報操作のプロであり、彼自身が凄腕のクラッカーでもある。直人の位置情報ぐらい、簡単に辿れるはずだから。
「じゃあ、遠慮なく。今回はサイバー犯罪対策課からの案件なんだ」
『サイバー対策課ってことは、不正アクセスがらみか。警視庁のシステム全般に関しては、強化してやったはずだが』
 警察とは真逆の場所にいる彼らと関わりがあることは、直人をのぞけば、警視総監の草薙、警察庁警備局警備企画課(通称ゼロ)から異動になり、同僚となった蓮見隼人、強行犯係の上司であった高梨の三人しか知らない。レイ本人と関わったことがあるのは草薙と蓮見だけになる。
「ああ。不正アクセスはブロック出来てるし、すり抜けたとしても、駆除装置のおかげで大事にならずに済んでるって喜んでた。でも最近、その駆除装置をすり抜けて、情報を閲覧するクラッカーが現れたらしいんだよ」
『アレをかいくぐるクラッカーだと!?』
 通信機から聞こえてきたレイの声が、明らかに上擦った。
「そっち方面詳しくないからさ、担当者に直接会って事情を聞いてほしいんだよ。勿論本庁に出向かなくていいよう、どこか別の場所で」
『その必要はない。このまま三分待て』
 即席麺かと突っ込みたくなる気持ちを押さえ、直人は食事に手をつける。

 まもなく近くで携帯の呼び出し音が鳴った。向かいに座っていたシラサカのものだったようで、彼は画面を見るや、ニヤリと笑い、スマートフォンを左耳に当てるとこんな言葉を放った。
「一人で寂しくなったのか、ハニー」
 先程話題に上っていた相手だろうか。シラサカがこんな言い方をすることからして恋人だろうかと、直人はシラサカを注視する。
「はいはい、わかったから、耳元でギャンギャンわめくなって」
 相手が何を言っているかはわからないが、シラサカはやけに嬉しそうである。
「うまく出来たら褒美をやるぜ。何が欲しいか、考えときな」
 シラサカは通信機を抜いて立ち上がり、そのまま外へ出た。
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