女性兵士シーナと砦の愉快な兵士たち・2

和泉月狐

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女性兵士シーナと砦の愉快な兵士たち・2

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「おはようシーナ」

「おはようございます。エリックさん」

「突然だが生理用品を分けてくれないか?」

「・・・おめでとうございますか?」

「ハッキリ言っておくが、初潮ではない」

 配属された新人兵士たちが漸く現実を受け止め、虚ろな目で遠くを見つめながらも言動に落ち着き(諦め)が見られるようになった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 砦専属の事務官兵士として配属され、既に10年を過ぎた女性兵士シーナの朝は、今日もいつも通り爽やかに始まる。
 一分の隙も無い完璧な身支度を整え、6歳年上の先輩兼恋人であるガンツの部屋から出た途端、4歳年上で辺境砦では5年後輩の文官兵士、エリックから待ち兼ねたと言わんばかりの勢いで生理用品を強請られる羽目になったとしても。

「生理用品なら医務室に在庫があった筈ですが?」

「2日前から1週間連続で担当医がアンヌ先生なんだ」

「何か不都合がありましたか?」

「俺の尻穴と男の沽券にかけて、大いに不都合がありまくる」

 なるほど。つまりエリックが生理用品を必要としているのは特殊な性癖の為ではなく、切羽詰まったお尻の事情ーーーぶっちゃけ痔、という訳らしい。

「色々と種類豊富に取り寄せておりますが、お好みのタイプはお決まりですか?」

「ほう・・・そんなに豊富な種類が用意されているのか?」

「ざっと説明しますと昼用、夜用、多い日の昼用、多い日の夜用、羽つき、羽なし、それから・・・」

「実物の確認を希望する。それと各々の正確な使用方法のレクチャーと、使用感の詳しいレポートも頼みたい」

 ポーカーフェイスのまま銀縁眼鏡のブリッジ部分をピン!と伸ばした人差し指で軽く押し上げ、レンズをキラリ!と光らせるエリックは1日の大半を事務机に座って過ごす生粋の文官だ。
 性格は頭にクソが付くほど真面目な男であり、非常に勉強熱心。故に先だっての発言は決してセクハラではない。と彼の名誉の為に付け加えておく。

「少々お時間を頂戴する事になりますが、もう朝食はお済みですか?」

「いや、まだだ」

「では、先に食事を済ませてからの方が宜しいかと。大丈夫でしょうか?」

「あぁ。1時間50分程度なら大丈夫だ」

「相変わらず細かいですね。2時間は無理なのですか?」

「数字に細かいのは基本仕様だ。10分は待機時間で消費した」

 シーナは毎朝しっかり朝食を頂きたいタイプなので、これ以上の問答は時間の無駄遣いだと判断し「左様でしたか。では参りましょう」と1つ頷いてさっさと食堂に向かって歩き出した。

 軽く仕事の打ち合わせ等しながら歩くに従い、徐々に芳醇なバターの香りと甘い匂いが周辺に漂い始め、シーナの鼻が幸せを感じ始める。

「今日の朝食は何でしょうね」

「刺激物でなければ、私は何でも構わない」 

 そうでしょうね、お尻に悪いですからね。とは流石に言えず。シーナは「まだ朝ですしね」と頷くに留めた。

 食堂の入口近くまで来ると、脳へダイレクトに届く匂いにシーナのお腹が軽く鳴った。だがその音は空きっ腹を抱えた脳筋兵士たちの喧騒に紛れ、エリックの耳までは届かなかったようだ。
 もし隣に居たのが副隊長のサティあたりだと耳聡く反応し、ニコニコ笑いながら「おいおい、昨夜の運動が激しすぎたのかぁ? お盛んだねぇ」等と指サインを交えての一発セクハラアウトな発言をぶちかましてくるところだ。
 だからといってシーナが恥ずかしがって真っ赤になるとか、怒って嗜めるとかはしないのだが。下ネタ好きな男からすれば、誠にからかい甲斐のない女である。勿論エリックはクソ真面目な紳士なのでそんな下品な発言はしない。

「この香りはクロワッサンとコーンポタージュでしょうか」

「先日の厨房購入記録から推察するに、その線が堅いな。後はベーコンと卵、グレープフルーツのジュースにヨーグルト、ブルーベリーソースといったところか」

「あ、でも料理長がお試し価格のチーズも大量に買い付けてましたから、あれも使われる可能性があるのでは?」

「フム。では今夜あたり、ラクレットが饗されるかもしれんな。備蓄野菜も使い切って入替えしたい頃合いだろうしな」

 因みにエリックの担当は経理である。城の文部から「どんぶり勘定此処に極まれり」と言われた砦の帳簿を異動早々に直近10年分一から見直し、3ヶ月間通常勤務を熟しながらいつの間にか増えていた名簿上の兵士900人を洗い出して一斉解雇した強者である。

「前回の魔獣討伐で大量入手した肉も、そろそろ熟成が終わる頃ですよね」

「確か2週間前だったな。良い頃合いだろう」

「ところで硬い椅子に腰掛けるのは平気ですか?」

「問題ない。クッション装着済みだ」

 スチャ!と効果音が入りそうな機敏な動きで半身を返したエリックの腰の部分に、小さな黄土色のドーナツ座布団が装備されていた。どうやらパンツのゴムで両脇のベルト通しに固定して、座るときには手動で座面に下ろし、立ち上がると自動的に腰の後ろに持ち上がるよう設計されているらしい。

「流石です。お見事ですね」

「だが上着を羽織ると立ち上がる度にクッションと一緒に上着の裾も押し上がってしまうのでな、それだけが欠点だ」

「あぁ、それで・・・」

 最近のエリックは砦の支給品とは思えない程綺麗にプレスされたワイシャツにスラックス、磨き抜かれた革靴の上に、何故か夜の蝶が羽織っていそうなトロミと光沢のあるショールを纏って仕事をしている。

「ワイシャツ一枚では流石に肌寒いのでな、同部署の女性兵士に相談して教えて貰ったのだよ。肩と背中は温かく、袖は書き物の邪魔にならないし、立ち上がる度に裾が捲れ上がる事もない。実に良いね」

「ーーー昨日のショールもお似合いでしたよ。後ろ姿をお見掛けしましたが、深みのある黒にキラキラと光るラメ入りの素敵な物でしたね」

「あぁ! あれは複数の輝石の粉をまぶした最高級のスパイダーシルクを経験豊富な職人が手織りで作った一点物のショールなのだよ。ここぞと言う時に羽織っている」

 銀縁眼鏡のブリッジを押上げながらフフフと含み笑いを漏らすエリックが、昨日書類の束を抱えて意気揚々と何処に向かったのかをシーナはよく知っている。
 何故ならそのせいで今朝、彼女は部屋を出る時間がいつもより10分遅れたからだ。

「ドレイク隊長に不受理の領収書を突き返す時ですね」

「ほぅ、よく分かったな。ーーーあぁ、ガンツ小隊長か。ふむ、予備のクッションを貸そうか?」

「お気持ちだけ頂戴します。業務に差し障りない限度は把握しておりますので問題ございません」

 銀縁眼鏡と革靴とショールをギラギラ光らせたエリックから領収書の束を突き返されたドレイク隊長によって、急遽齎された戦闘訓練は荒れに荒れた。新兵たちはうねる大波に揉まれる木葉のように為すすべも無く吹っ飛ばされ、中堅以上の兵士たちも2~3日は動きが鈍る程度に其々傷めつけられた。
 流石のガンツも無傷では済まされず、主に盾を構える左半身に数ヶ所の打撲を負ったようだ。だがそれ以上に一切の反撃を許されず、受け止める事しか出来なかった自分の不甲斐なさに相当の鬱憤が溜まったらしかった。

 気性の荒い、暴れ野良金剛竜もどき(ドレイク隊長)を一対一で制する事が出来る人間など、この世に存在して良いものなのか?との疑問は一先ず心の棚に上げ、シーナは恋人が持て余す程の滾る熱を発散させる為、惜しまず協力し、努力した。
 おかげで昨晩は夜明け近くまで寝かせて貰えず、結果寝坊したという訳だ。






〈本日の砦兵団朝食メニュー〉
焼き立てクロワッサンのカリカリ肉厚ベーコンサンド、コーンポタージュスープ、スクランブルエッグ、生野菜サラダ、ブルーベリーソースのヨーグルト、グレープフルーツジュース、コーヒーor紅茶

「予想通りでしたね」

「些か簡単すぎたな」

 二人前後に並んで順番に自分のトレイに取っていく。量はそれぞれお好みで。

 いつも通りバランス良く、且つ女性の朝食に多めの量を取り空いているテーブルに腰掛けたシーナの前に、同じようにエリックが腰掛けた。優雅にドーナツ座布団を下ろしてから。

「エリックさん、ヘルシーですね」

「繊維質を多めに取ることが肝要だ」

 なるほど。エリックのトレイにはたっぷりの野菜サラダと大盛りのヨーグルトがでんと乗っているだけだ。後、紅茶。乙女か。
 チキチキダイエット大作戦!発動中!とでも書かれた看板が背後に透けて見える気がする。

「パンも召し上がらないのですか?」

 いくら座りっぱなしの文官でも流石にこれでは昼まで保たないだろう。頭を使う仕事は常人の想像以上に糖分を必要としている。

「問題ない」

 そう言ってキラリ!と銀縁眼鏡を光らせ、一体何処から取り出したのかミニバッグをテーブルに乗せた。そしてこれまた何処から取り出したのか白いプレートとスープボウルをトレイの隙間にセット。
 手際よくミニバッグから出した乾燥ワカメと小分けした調味料をボウルに入れると持参したらしい保温水筒から湯を注ぐ。そして小振りな茶色いロールパンを3つ、いそいそとプレートに盛り付けてみせた。

「すごいですね」

「そうだろう!これはな、パンを買った店で貰った点数シールを50点分集めて交換し、やっと入手した代物だ。両方揃えるのに毎日通い、39日間もかかったよ」

 フッと笑いながら銀縁眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げ、自慢げにプレートとボウルを紹介したエリックだが『いや、そこじゃない』というシーナの脳内ツッコミには全く気付いた素振りも見せなかった。

「そのバッグは何処から?」

「最初から持ち歩いていたが?」

 嘘付け。無表情、クソ真面目、銀縁眼鏡が赤いチェックのキルト生地で作られたミニバッグを持ち歩いていたら、誰でもすぐに気付く筈だ。

「左様ですか。気付きませんでした」

「注意力散漫は事故や怪我の元だ。充分気を付けたまえ」

「ありがとうございます。注意します」

「なに、ドンマイだよ」

 使い方、あってる?と思いながらもシーナは「恐れ入ります」と頷くに留めた。

「ところで、いつもパンとスープをご自分でご用意されているのですか?」

「あぁ。繊維質を効率よく取る為にパンは全粒粉の物かライ麦パンを。スープは海藻を用いた物を飲むよう心掛けている」

「素晴らしい心掛けですね。ご立派です」

「うむ。食事を摂取する時は量やバランス、栄養素だけでなく排出する際のリスクも考慮しておく事が肝要だ」

 そうでしょうね、お尻が大事ですからね。とも流石に言えず。シーナは「リスクマネジメントは基本ですからね」頷くに留めた。

「今朝は変わった組み合わせだな」

「おはようございます、サティさん」

「おはようございます。副隊長」

「おう、おはようシーナ、エリック。ガンツはどうした?」

 いつもの見た目だけは爽やかな笑顔で、颯爽と副隊長のサティが2人の座るテーブルに現れた。
 さして興味の無さそうな口振りで、いつもシーナと一緒にいる筈の男ガンツの所在を確かめる。

「洗濯室に寄ってから来るそうです」

「ほほぅ、それはそれは」

 美麗な顔面にニヤニヤと下品極まりない笑みを浮かべ、サティは当然のようにエリックの隣に腰掛けた。勿論彼が両手に掲げていた2枚のトレイは本日も山盛りだ。

「シーツがベタベタのグチョグチョに汚れるほどお励みかぁ、羨ましいねぇコノヤロウ」

「1週間以上交換していないシーツにはどれくらいの汗が染みこんでいるのか副隊長はご存知ですか。日にかく汗の量1人コップ1杯分×7日間分で1.4Lもの汗が染み込んでおります。さらに、シーツにはフケや皮脂、ほこりも付着しており、それらを餌とするダニがシーツに集まってきます。シーツを2週間洗濯しないと、表面に集まってくるダニの数は約2000匹ともいわれております」

「エリック、お前は洗濯屋の手先か」

 真顔で滔々と流れるように洗濯の重要性を説くエリックに対し、笑顔が常態のサティにしては珍しく、面倒くさそうな表情を隠しもしないで特大ベーコン増し増しサンドに勢いよくかぶりつく。
 シーナはサティが現在使用中のシーツがどの位の期間放置されているのか少しだけ気になったが、俺のシーツはプレミア物だ!と平気な顔で言われそうなので黙ってスープを飲むことにした。

 清潔な寝具の重要性について熱心に説くエリックの話を聞き流しながら、シーナが小さく千切ったパンを咀嚼していると大量の食事が乗ったトレイを両手に捧げ持った大男が歩いて来るのが見えた。
 思わず微笑むシーナの表情を見たのか、男の目元も笑みの形に眇められた。

「おはよう、シーナ」

「おはようございます、ガンツさん」

「おはようございます。ガンツ小隊長」

「おう、ガンツ。遅かったな」

 自分達の背後からガンツが来ている気配は気付いていたらしく、特に驚く様子も見せずエリックとサティもさらりと挨拶を掛ける。

「まあな。おう、エリック。部屋に来るなら俺が食い終わるまで待て」

 これまた当然のようにガンツはシーナの隣に腰掛け、エリックに視線を向けた。今朝エリックがシーナを訪ねた際、まだ室内にはガンツがいた。彼は腰を抑えるシーナに代わって、使用済みのシーツを纏めていたのだ。
 食後に再訪問を受けるのも聞いていたので「俺の留守にシーナと室内に2人きりになるのは赦さない」と言う意味を込めての発言だった。
 無論エリックはしっかりとその意味を受け止めた。砦の守護神を敵に回して自分が生き残れる可能性は、万に一つもない事を知っていたから。

「残り1時間6分以内であれば可能です」

「余裕だ」

「おっとぉ、3Pかぁ、俺も混ぜてくれよ」

 返事をするなり猛然と食事を開始するガンツ。それとは別で、玩具を見付けた猫のように好奇心で瞳をキラキラさせるサティに、エリックがキラリと眼鏡を光らせた。

「ほう。副隊長も生理用品の実地調査に参加されますか」

「・・・エリック、お前の趣味はコアだな」

「エリックさんはお尻の病を患っていらっしゃるのですよ」

「朝っぱらから野郎の尻穴事情なんざ聞きたくねぇ。飯が不味くなる」

 ウンザリした表情でエリックを見返すサティに、シーナが小声で告げた。
 サティには全くどうでも良い事柄らしく、眉間に皺を寄せてスクランブルエッグを口に流し込んでいたが、ベーコンのはみ出したクロワッサンサンドに噛み付いていたガンツは腑に落ちた表情で顔を上げた。

「ーーーそれで朝から訪ねて来たのか」

 再訪問の会話は聞いていたが、理由までは聞いていなかったらしい。

「仰る通りです。ガンツ小隊長にはご迷惑をお掛けしますが、女性用生理用品は痔瘻に伴う出血を制する上で最も有効な手段であると偉大なる先人の遺した書物に記載されておりました」

「・・・そうか惜しい奴をなくしたな」

「全くです。しかし彼が身を切る思いで遺してくれた手記は後に続く我々に一掴みの希望を遺していって下さいました!」

 沈痛な表情で語るエリックになんと言って良いか分からなかったガンツは、取り敢えず彼の言うところの偉大なる先人、という死者にお悔やみの言葉を掛けてみた。
 ガンツの言葉を受け、実に我が意を得たり!と拳を握って熱弁を奮うエリックに、まさに断腸の思いでしたでしょうね、痔だけに。とはとても言えず。シーナは黙ってヨーグルトを口に運んだ。

「ちょい待て、実地調査って実際シーナが着けてみせるのか?おほっ、俺にも参加させろ」

 つまらなそうな表情で聞き流していたサティが突然、何かに気付いたかの様に声を弾ませ、輝く笑顔をエリックに向けた。

「却下だ」

 勿論そんな事をガンツが許す筈もなく、即却下を喰らったが。
 シーナとて他人の、ましてや異性の前で下着を履く仕草を見せる趣味など微塵も持ち合わせていないので、エリックに向けて適切な代案を上げた。

「ガンツさんの下着を使ってボールに履かせましょうか」

「なるほど、ボールを人体の臀部に見立てる訳だな。流石シーナ、実に合理的だ」

「・・・ボール相手じゃ俺は勃起しねぇぞ」

 眼鏡のブリッジを押し上げながら感心したように頷くエリックに対し、サティは如何にも残念と言いたげに眉をハの字にしてションボリと呟いた。
 サティはどこまでもサティだった。

「黙ってベーコン食ってろ、性豪」

「「全くだ」」

 呆れたガンツのツッコミに、つい真顔で頷いてしまったシーナとエリックだった。 






 和やかな朝食後、4人は連れ立ってガンツの部屋にやってきた。

 小隊長に与えられた部屋は一般兵の使う二人部屋より広い。マッチョ×1、細マッチョ×1、もやし×1、女性×1が入っても多少手狭になる程度だ。
 シーナはエリックと低いテーブルを挟んで向かい合って腰掛け、ガンツはベッドに、サティは書物机の椅子を逆向きにし、背もたれに両肘を掛ける姿勢で腰を落とした。

「先ず種類ですが、今手元にあるものはざっとこれだけです。基本は昼用、夜用、羽つき、羽なしで好みを選んで貰えれば宜しいかと思います」

「フム。昼と夜の明確な違いは大きさ、だな。夜用は長時間の使用にも耐えられると言う事か。羽が付いている必要性は何だ」

「そうですね。夜用は吸収力だけでなく、寝そべった状態でも横漏れ、後漏れしないよう大きく作られているのが主な特徴です。羽は装着した際、よれを防止したり下着からズレないようする為ですね」

「漏れ防止にずれ防止・・・なるほど」

 シーナがテーブルに置いた12個の個包装を3タイプに分けてエリックに説明する。エリックはペンとメモ帳を両手に持ち、クソ真面目な姿勢で熱心に聞いていた。
 それを脇から見ていたサティは不思議そうに首を傾げ、ガンツに視線を向けた。

「へぇー、横やら後ろやらに漏れるんだ。お前知ってた?」

「知らん」

 が、月に2回程度共寝を断られ、本来シーナに与えられた女性部屋に戻ってしまう日があるのはこの為か。とガンツは原因が自分で無いことにひっそり安堵した。

「次に使用感ですが、これは各店によって違います。国内に幾つも支店を構え、手広く販売している店舗は3つ。〈ローリー〉〈ゾフィー〉〈ウェスパー〉ですが、それぞれ特徴が違いますので実際触れてみて下さい」

 シーナはピリ、と個包装のテープを剥がし、広げた内側を直接エリックに触らせる。

「なるほど。・・・このテープを剥がして、あぁ、三つ折りになっている内側が肌に直接触れる面か、湿布とは違うのだな。フム、確かに明らかに手触りが違う」

「しっとり滑らか、ふんわり柔らか、サラッと滑らか、と言ったところでしょうか。デリケートな部分に使用するものですし、吸収力に優れているとは言っても高湿度は否めませんから、肌に合わないものを使用すると人によってはかぶれて痒くなる事もあります」

「なるほど。こればかりは色々と試して自分の肌に合うものを探すしかないのだな。理解した」

「おっ、どれどれ。俺も俺も。フーン、これ兜の内側に貼っても使えそうだな」

 エリックが指先で撫でる様に触れた感想にシーナは概ね合ってる、と頷いた。
 そして子供のように触りたがるサティにも与えてみたら、思いがけずまともな反応を得たことに内心驚いた。

 確かに頭部を怪我したり、また戦闘時間が長くなると流れ落ちた血汗が目に入って集中力を欠くことがある。とサティの意外に鋭い着眼点にガンツは感心した。

「さて最後に使用方法ですが包装紙を剥がし、この様に最初にのり面を下着に貼り付けてセットします。羽つきの場合はクロッチーーー低部の両脇から外側に巻き付ける様に貼り合わせます」

「なるほど。体に生理用品を宛ててから下着を履くのではなく、先に下着に貼り付けてから履くのだな」

 人体の頭部よりも2周り大きなゴム製のボールがガンツの下着を履いているのを見て「あれシーナのパンツなら絶対勃つのに」と嗤ったサティを、ガンツは台所に出没する黒い虫を見る目で眺めた。無論シーナとエリックは黙殺した。

「左様です。ただ、本来の使用目的は膣からの出血を受け止める物ですので、お尻に使用される場合は若干後ろに中心がくるようセットした方が宜しいかと思います」

「そうだな。あぁ、確かに下着に貼り付けてから身に着ければ狙いの場所をずれたりよれたりしないのだな。納得した。では次に、1梱包における使用時間はどれ程なのだろうか」

 フムフムと頷いてガンツのパンツを履いたボールをあらゆる方向から眺め回したエリックは、納得した様子でボールをシーナに返した。
 そして再びペンとメモ帳を手に取り、キラリと光る眼鏡のブリッジを押し上げて次の質問を投げかけた。

「出血量にもよりますが、昼用で2~4時間程度、夜用で6~8時間程度でしょうか。それ以上の長時間使用は衛生的にもお薦めできません。使用後は下着から外しこの様に小さく纏め、剥がした包装紙に包んでテープで留めればゴミ掃除の際にも目に見える事が殆どありませんし、汚れが手につく事もありません」

「確かに。衛生的であることが何よりも望ましい部分だからな。いや、実に素晴らしい。利用目的を明確化した製品はここまで的確で合理的なのだな。見事なものだ」

 ガンツのパンツから剥がした生理用品をクルクルと丸め、元の包装紙で包んでテープで留めて小さい筒状にした使用後の処理を見て、感心したように頷くエリックにシーナも軽く頷いた。

「フーン。で、シーナはどれ使ってんだ」

「私は主にゾフィーを愛用しています。綿栓が便利ですので。あぁ、エリックさんにはお薦め致しません。綿栓は出血箇所に直接差し込んで使用しますので」

「か、患部に、さ、差し込む・・・」

 ついでにサティのどうでも良い質問にもサラッと答えたのだが、思いの外エリックの心に深く突き刺さったらしい。若干血の気の引けた青い顔色でエリックが呟いた。

「女性には便利なのですよ。体外に血液が排出されませんからある程度は臭気が抑えられますし、何より体内から血液が流れ出る感覚がありませんから、それだけでも快適です」

「ヘェー、俺は血の匂い平気だけどなぁ、魔獣のも人間のも」

 平気どころか魔獣討伐の際は一撃で葬る事が可能な位置に陣取りながら、態々太い血管が走る首や手足の付け根を狙って剣を奮ったり風魔法を放ったりして大笑いするサティの別名が〈ブラッディサティ〉である事は砦に勤務する兵士は皆知っている。
 反してエリックは万が一自身の患部に綿栓を使用した際に発生する激痛を想像したのか、顔を引きつらせていた。
 日頃の鉄面皮が嘘のように崩れているエリックに、これは珍しい物を見た。クソ野良竜隊長に自慢してやろう、とガンツは片眉を上げてほくそ笑んだ。

「お見せした商品は全てここ辺境にも支店があるものですからいつでも購入可能です。しかし衛生的にも試着はあり得ませんので、取り敢えずエリックさんが必要と思われるサイズの物をそれぞれ3つずつ進呈しますので、最終的にお眼鏡に叶った物を購入されれば宜しいかと思います」

「コホン。ありがとうシーナ、実に助かった。やはり君に頼って正解だった。説明も的確でわかり易い。さすが事務管理官だと感心した」

「恐れ入ります」

 実はこの砦においての階級はシーナの方がエリックより上にいる。ただ、彼女自身平民出身であまり階級に拘らない性質であり、年齢的に上のエリックを敬う姿勢を見せているので、周囲にはエリックの方が上司に見えていた。
 勿論、砦に2年以上勤務する兵士たちは皆知っていたが、シーナ自身が特に拒否反応を示していないのと、ガンツが黙っているので同様に黙認しているだけである。
 エリック自身もその事実を深く理解しているので、決して一線を超えないよう常に細心の注意を払ってはいたが。

「うんうん。シーナはクールだけど優しいイイコなんだよなぁ。欠点はガンツとデキてる事だけだ」

 したり顔で腕を組んで頷くサティに、『それは欠点ではない』とサティ以外の3人は揃って心の内でツッコんだ。






 クソ真面目な文官エリックが、アンヌ先生の世話になる事なく目的の物を無事入手し、なお且つ正確な使用方法、着用感など必要と思われる情報を得て、始業時間の15分前に意気揚々とガンツの部屋を出た途端。

 「ーーーィィィイギィヤアァァァァァッッッ!!!」

 黒板を爪で引っ掻いたような、非常に不愉快な悲鳴が廊下中に轟いた。
 ドアノブを掴んだエリックの右手がビクリと震える。

「ありゃグレゴリーの声だなぁ。ガンツ、お前また何かオモシロイ物でも渡したのかぁ」

 エリックの後に続いて部屋を出ようとしていたサティが、ニヤニヤ嗤いながら背後を振り返って問い掛ける。彼に続こうとしていたガンツとシーナは一瞬目を見合わせ、順番に応えた。

「記憶にないな」

「今の悲鳴の感じだと医務室からではないですか?」

 医務室と言えば、本日の担当医は一部に熱狂的な信者を抱えるアンヌ先生だ。

 彼等と同じ様に廊下で立ち止まり、医務室の方角に拝んでいた1人の兵士を捕まえサティが「今の何だ」と聞いたところ、どうやらグレゴリーがアンヌ先生にお尻の検査をされているらしいと判明した。

 シーナ、ガンツ、サティの3人は「よりにもよって尻か・・・アンヌ先生の大好物な・・・」と遠い目で犠牲者の冥福を祈った。
 が、エリックだけはそうはいかなかった。

「ヒッ!!!」

 彼は短い悲鳴を上げ、真っ青になってガクガク震えながら堪らずサティの右腕に取りすがった。
 あの魔窟に放り込まれれば、次は我が身!?という恐怖に耐えられなかったのだろう。
 しかし、残念な事にサティは男に抱き付かれても全く嬉しくない性癖の上、他者を思いやる精神を丸ごと母親の腹に置いて産まれてきた人間だった。
 サティは己の右腕にしなだれ掛かって縋りつく男(エリック)に気付くと、カッ!と目を見開いて鬼の形相になり、大音声で怒号を上げた。

「俺にしがみつくんじゃねえっ!抱いて欲しけりゃ今すぐ女に生まれ変わって来いやぁーっ!!」

 言うなり足払いを掛け、よろめいたエリックの首を掴んで投げ飛ばした。
 ガンツとシーナが「あ」と思った時にはエリックの身体は綺麗に空中で1回転し、受け身を取る間もなく背中から廊下に叩きつけられていた。

 完全に伸びて目を回したエリックは、ガンツによって否応なく医務室(魔窟)に運びこまれた。エリックの身に起きた最大の悲劇は、サティに投げ飛ばされたショックで出血が増え、彼の履いたスボンに血液の染みが滲み出た事であった。
 意識を失った彼がその後どうなったのかは、ニンマリ嗤ったアンヌ先生と、小動物のように震えるエリック本人しか知らない。






 新たに砦赴任する事務官兵士の為に編集された、某女性兵士著作、砦日記・砦兵士一覧覚書の特記事項にはこう記されている。      

 『尾籠な悩みは経理主任のエリック管理官に相談すべし。手とり足取り腰取りで懇切丁寧に世話してくれるらしい』と。
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