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第3話『漆黒のシンデレラ(後)』
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亜矢の体重が自分の全身にかかった事を感じると、魔王は目を細めた。
亜矢の肩に片手を添えて、静かに繰り返す亜矢の呼吸を全身で感じた。
欲しいモノは手に入れる。魔王はそういう男だ。
なのに、今は何故かこうしているだけでも満たされてしまう。
力ずくで手に入れるのは簡単だろう。だが、この少女だけは――
壊したくないと思った。
だが、しばらくそうしていると、亜矢の呼吸のリズムが微妙に変わった。
不思議に思って亜矢を見ると、魔王に身体を預けたまま、亜矢は眠ってしまっていた。
呼吸から、寝息に変わっていたのだ。
「………オイ」
魔王は小さく呟くと、亜矢を抱きかかえて自分のベッドへと寝かせた。
魔王の優しさに安心してリラックスしすぎた亜矢は、いつの間にか眠っていた。
大した女だ。ここは魔界であり、目の前の相手は魔王だと言うのに。
「やっぱ、人間に魔界はキツかったか?」
魔王はベッドの前の椅子に座り、亜矢の寝顔を見ながら呟いた。
その時、眠っている亜矢の口が「ん……」と僅かな声を出し、少し身体を動かした。
それだけの仕草でも、今の魔王を刺激するには充分だった。
少しくらい、触れてもいいか……という心が一瞬にして芽生えた。
元々、魔王はそういう男である。
意志が弱いのではなく、我慢はしない男だ。
魔王は、自らの顔を亜矢の顔に近付けると、その唇に視線を落とした。
思えば、一度も触れた事がない、その唇。
そっと、その唇に触れようとした瞬間―――
何かを感じ取った魔王は、勢いよく顔を上げ、周囲を見回した。
「チッ……。何かいるな。誰だよ」
魔王は、何者かの気配を感じたのだ。
再び、亜矢の方へと顔を向けたその時。
魔王の視界の目の前に、小さい何かが浮遊していた。
それは、手の平サイズの天使・リョウだった。
背中の白い羽根で、まるで鳥のようにパタパタと空中に留まっている。
魔王は、そんなリョウの姿を目の前にしても、至って余裕だ。
「天使ごときが魔界に乗り込むとはな。それに、随分と小さくなったようだが?」
リョウはキっと魔王を睨み返す。姿は小さくても、強気だ。
「これは、ボクの分身だ。本体は人間界にあって、そこから操作している」
さすがの天使も、単身で魔界に乗り込む事は出来ないのだろう。
リョウは自分の分身体を作って魔界の入り口から送り、亜矢の後を追って来たのだ。
「てめえ、確か以前は羽根が片方黒かったが、今は白いんだな?面白えヤツだ」
魔王が面白そうにして笑うが、ミニサイズのリョウは魔王の目の前で両手を広げた。
「亜矢ちゃんに手出しはさせない」
魔王は笑うのを止め、真剣な顔つきになった。
「……それは、テメエの意志か?」
「……!?」
強気な姿勢を見せていたリョウが、その言葉に僅かに怯んだ。
「いつもテメエの背後には、天王の影が見えるんだよ。所詮、天使ってのは天界の下僕でしかねえって事だ」
リョウの心が突然に乱れ、冷静さを失いかける。
「……違う…、ボクはっ…!!」
自分は、今ではもう天界に仕えてはいない。何者にも縛られてはいない。
亜矢を守りたいと思うのは、自分の意志。
そう思っているのに。思いたいのに。
心を乱すリョウとは逆に、魔王はリョウを見て冷静に思った。
今、リョウの分身を消し去る事は簡単だ。天使が魔王に力で敵うはずがない。
だが、どうやらこの天使には天界の意志が絡んでいるようだ。
魔王にとって、天界の企みなどは興味がないし、どうでもいい。
やっかいな事に関わりたくもないし、本気で相手をするのもバカらしい。
魔王は笑いながら、わざとらしくフウっと小さく息をついた。
「分かった、手出しはしねえよ。言っておくが、オレ様は亜矢の魂を狙ってる訳じゃねえ」
「…………」
リョウは険しい表情で魔王を見据えている。
そう、魔王が欲しいのは……亜矢の心なのだ。
「だが、側に居るくらいならいいだろ?」
魔王は、眠っている亜矢の頭をそっと撫で、優しい眼差しで見下ろす。
リョウは思わずハっとして、少しベッドから離れる。
魔王のあんなに優しい顔なんて、初めて見たからだ。
(もしかして魔王は………本気で、亜矢ちゃんの事を?)
何をする訳でもなく、魔王は亜矢の寝顔をただ静かに見守り続ける。
やがて、リョウの分身はフっと姿を消した。
亜矢の肩に片手を添えて、静かに繰り返す亜矢の呼吸を全身で感じた。
欲しいモノは手に入れる。魔王はそういう男だ。
なのに、今は何故かこうしているだけでも満たされてしまう。
力ずくで手に入れるのは簡単だろう。だが、この少女だけは――
壊したくないと思った。
だが、しばらくそうしていると、亜矢の呼吸のリズムが微妙に変わった。
不思議に思って亜矢を見ると、魔王に身体を預けたまま、亜矢は眠ってしまっていた。
呼吸から、寝息に変わっていたのだ。
「………オイ」
魔王は小さく呟くと、亜矢を抱きかかえて自分のベッドへと寝かせた。
魔王の優しさに安心してリラックスしすぎた亜矢は、いつの間にか眠っていた。
大した女だ。ここは魔界であり、目の前の相手は魔王だと言うのに。
「やっぱ、人間に魔界はキツかったか?」
魔王はベッドの前の椅子に座り、亜矢の寝顔を見ながら呟いた。
その時、眠っている亜矢の口が「ん……」と僅かな声を出し、少し身体を動かした。
それだけの仕草でも、今の魔王を刺激するには充分だった。
少しくらい、触れてもいいか……という心が一瞬にして芽生えた。
元々、魔王はそういう男である。
意志が弱いのではなく、我慢はしない男だ。
魔王は、自らの顔を亜矢の顔に近付けると、その唇に視線を落とした。
思えば、一度も触れた事がない、その唇。
そっと、その唇に触れようとした瞬間―――
何かを感じ取った魔王は、勢いよく顔を上げ、周囲を見回した。
「チッ……。何かいるな。誰だよ」
魔王は、何者かの気配を感じたのだ。
再び、亜矢の方へと顔を向けたその時。
魔王の視界の目の前に、小さい何かが浮遊していた。
それは、手の平サイズの天使・リョウだった。
背中の白い羽根で、まるで鳥のようにパタパタと空中に留まっている。
魔王は、そんなリョウの姿を目の前にしても、至って余裕だ。
「天使ごときが魔界に乗り込むとはな。それに、随分と小さくなったようだが?」
リョウはキっと魔王を睨み返す。姿は小さくても、強気だ。
「これは、ボクの分身だ。本体は人間界にあって、そこから操作している」
さすがの天使も、単身で魔界に乗り込む事は出来ないのだろう。
リョウは自分の分身体を作って魔界の入り口から送り、亜矢の後を追って来たのだ。
「てめえ、確か以前は羽根が片方黒かったが、今は白いんだな?面白えヤツだ」
魔王が面白そうにして笑うが、ミニサイズのリョウは魔王の目の前で両手を広げた。
「亜矢ちゃんに手出しはさせない」
魔王は笑うのを止め、真剣な顔つきになった。
「……それは、テメエの意志か?」
「……!?」
強気な姿勢を見せていたリョウが、その言葉に僅かに怯んだ。
「いつもテメエの背後には、天王の影が見えるんだよ。所詮、天使ってのは天界の下僕でしかねえって事だ」
リョウの心が突然に乱れ、冷静さを失いかける。
「……違う…、ボクはっ…!!」
自分は、今ではもう天界に仕えてはいない。何者にも縛られてはいない。
亜矢を守りたいと思うのは、自分の意志。
そう思っているのに。思いたいのに。
心を乱すリョウとは逆に、魔王はリョウを見て冷静に思った。
今、リョウの分身を消し去る事は簡単だ。天使が魔王に力で敵うはずがない。
だが、どうやらこの天使には天界の意志が絡んでいるようだ。
魔王にとって、天界の企みなどは興味がないし、どうでもいい。
やっかいな事に関わりたくもないし、本気で相手をするのもバカらしい。
魔王は笑いながら、わざとらしくフウっと小さく息をついた。
「分かった、手出しはしねえよ。言っておくが、オレ様は亜矢の魂を狙ってる訳じゃねえ」
「…………」
リョウは険しい表情で魔王を見据えている。
そう、魔王が欲しいのは……亜矢の心なのだ。
「だが、側に居るくらいならいいだろ?」
魔王は、眠っている亜矢の頭をそっと撫で、優しい眼差しで見下ろす。
リョウは思わずハっとして、少しベッドから離れる。
魔王のあんなに優しい顔なんて、初めて見たからだ。
(もしかして魔王は………本気で、亜矢ちゃんの事を?)
何をする訳でもなく、魔王は亜矢の寝顔をただ静かに見守り続ける。
やがて、リョウの分身はフっと姿を消した。
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