【完結】パラダイス

MIA

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〈4〉

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事前に配られたプリントを見た瞬間。
青山亮は泣き出したい気持ちになった。

静御前。
彼女がいるなんて。

(しずに、もう一度会える…。)

念願だった再会は、皮肉にもまたしても戦場。
しかも今度は敵対するのだ。
これが泣かずにいられるか。

前世…『源義経』
コードネーム…『くらまの牛若丸』

彼はあの平家を滅亡へと至らしめた人物。
源氏の最大の功労者である。

怖いもの知らずで、奇抜な戦略において、沢山の平氏の命を奪ってきた。
そこにあったのは、たった一つの思い。

兄に認められたい…。

義経の兄は『源頼朝〈ミナモトノ ヨリトモ〉』。
鎌倉時代を作り、武士たちの頂点へと君臨した男。

彼らは幼い頃に生き別れていた。
互いに別々に成長し、大人になり、平家打倒と動き始め再び相まみえた。
このとき義経は涙して喜んだ。
頼朝もこの再会を偉く喜んだ。
はずだった。

しかし、義経のその強さが、頼朝の心を少し。また少し、と蝕んでゆく。
純粋に打倒平家の名の下で手と手を取り合っていた兄弟の間に、徐々に入り始めるひび。

頼朝は戦に出るたびに功績を上げていく義経を、次第に煩わしいと感じていった。
己の利益のために義経を動かしているはずなのに、その成功に唇を噛む。という矛盾。

一方の義経は、ただ。
兄のためだけに戦い続けた。
己の戦績などどうでも良かった。
頼朝に喜んでほしい。褒めてほしい。

こうして二人の想いは交差していく。

最後は頼朝との決別により、義経は源を追われることとなる。
決別と言っても、それは頼朝の一方的な拒絶であった。

義経は最後の最後まで兄を求めた。
それでも叶わず、自害の果てに生涯の幕を閉じる事になる。

兄を恨んではいない。
しかし、最後に気がかりとなっていたことがある。
それが、吉野で別れた静御前の存在だった。

愛しい愛しい静。
あの時、一緒に連れて行ってくれ。と泣いて縋った彼女の手を振り払ってしまってから、どれほど彼女に会いたいと望んでいたか。

亮は愛の深い男だ。
それは兄への想い、静への想いを見れば容易に想像つく。
しかし、その愛は深すぎた。

異常なまでの愛情。
執拗で後先が見えず、思い込みの激しいそれは、ついには法へと触れていく。

彼にとって、死とは他愛もないこと。
大事なのは愛し、愛されることだけ。
亮のストーカー行為により、自ら命を断った者がどれだけいたか。

自分が引き起こした事であるのに、それを嘆き悲しむ姿は常軌を逸する光景だった。

ずっと求めてやまなかった一人がここにいる。
会いたい。

亮はその想いだけで森を駆け回る。

(しず、どこにいる?)

すると、ふと人の気配を感じた。
二人の女。
着物姿の女を見て確信する。

静だ。

しかし亮はいつも間違える。
故に、犯罪者なのだ。



本田あかりは木の陰から二人の様子をじっと見ていた。

しず…。と言った。
間違いない。
自分の名をそう呼ぶのは義経しかいない。

しかし、そうなると。

(あの女。邪魔だな…。)

あかりのスキルは通用しない。
義経を殺すわけにはいかないのだ。

前世…『静御前』
コードネーム…『悲劇の白拍子』

義経の妾である。
彼女の人生は、まさに悲劇そのもの。

白拍子。
というのは、女が男の格好をして舞をするのが生業。

静は美しい女だった。
一度舞えば、その美しさに人々は足を止める。
そうやって母と共に生きてきた女。

のちに義経に見初められ、妾となり、共に乱世を駆け抜ける。

世も世ならば、立場も正妻ではない。
それでも彼女は、義経の隣にいれるだけで幸せだった。

しかし時の流れは変わりゆく。
義経と頼朝の決別。
これが、静の人生の転落であった。
いや、もしかすると。
彼女が義経と出会った、その瞬間から転がりだしていたのかもしれない。

頼朝の軍に追われ、逃げ惑う日々。
そして来るべき、義経との別れ。

今生の別れと知りつつ、共に自害することも叶わなかった。
彼が死の間際を共に果てることを選んだ相手は正妻。
それだけでも静の心はかき乱されていたのに。

必死の逃亡も虚しく、母と共に捕らえられた静。
あろうことか、頼朝は静に舞を望んだ。

彼女はその舞に義経への想いをのせる。
彼に対する深い愛を歌い、舞った。

これがいけなかった。
怒った頼朝は静を殺せと命じる。

静の母は懇願する。
更には静の舞に心打たれた北条政子〈ホウジョウ マサコ〉が動く。

そうして救われた命。
またしても生き延びることとなった静は、当初、義経の子を身籠っていた。

それがわかると、源の血。
ひいては義経の血に怯えた頼朝が非情な決断を下す。

女なら命は助けよう。
男なら海に投げ捨てること。

産まれたのは男の子。
泣き叫び我が子を抱き締める彼女の腕を振り払い、取り上げられた子は、海へと沈んだ。
それをしたのは、静の母であった。
母が子を守るその一心で、彼女は最愛の子を亡くした。

その後、解放されてからの記憶はほとんど無い。
生きながらにして、死んだような日々を過ごしたことしか覚えていなかった。

あかりは思う。

(可哀想な私。こうして愛しい人と再会できるというのに、殺し合わなくてはいけないなんて。)

森の中で巫女装束は目立つ。
これ以上近付くと気付かれてしまう。
そのため、二人のやり取りは良く聞こえない。
だが。
自分の名を呼ぶ、その声だけは確かだ。

あかりはこれまでに沢山の男を殺してきた。
みんな自分を裏切っていく。
愛しても、愛しても。
結局帰るのは妻の元。

やはり、自分には義経しかいないのだ。

(私が悪いんじゃない。それなのに犯罪者扱いされて、こんな目にあっている。悪いのは裏切った方なのに。)

そう思うと、あかりは一人静かに涙した。
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