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ー午後3時 タイムリミットはあと6時間ー
優子の場合・2
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先程からイライラが止まらない。
洋司に対して唯奈がヒステリックに騒いでいるのだ。
「今日は誰も家から出さん!俺たちは家族なんだ!ここで家族揃って一緒に過ごすんだ!!」
「だからー!友達にちょっと会いに行くくらい良いじゃん!!帰って来るってば!そもそもさー。家族だからって強制される筋合いもないし、こんな陰気臭いトコにずっと引きこもってろなんて。耐えらんない!」
全く同感である。
家族だから。家族だから。
もう、うんざりだ。これが現実。
いざ終わりを目の前にして崩れ落ちゆく砂の城。
自分がその主であることを突きつけられて、動揺し取り乱すその姿は何と滑稽か。
いい加減気付け。自分たちがいかに家族『ごっこ』をしていたか、という事に。
唯奈はしっかり気付いていた。
この暗く陰鬱なものを抱え、明るく幸せなフリをしていた家族の実態に。
だから家から少しでも離れる時間が欲しいのであろう。
(本当に笑える。何が、いつか幸せな家庭を…よ。最初からこの場所に、この人にそんなものは望めなかったというのに。
結婚なんて。出産なんて。家族なんて。
求めるんじゃなかった。唯奈、あなたが正解よ。)
それにしても、洋司が唯奈にここまで強く物を言うなんて。
それほどまでに焦っている証拠か。
しかし、今まで甘えに甘え。ワガママ放題にされていた娘は強い。
優子は二人の言い争いを横目に携帯を確認する。
『もう5時だよ。まだ来れないの?』
優子は内心焦っていた。この家族に未練はない。捨てる覚悟なんてとっくに出来ているのに。
問題が山積みだ。
「おい!お前からも言ってやれ。何の為の家族か。一体どんな育て方をしてきたんだ!これだから親を知らないヤツは。本当に無能だ。そもそも…」
こうやって、唯奈を思い通りに出来ない苛つきを人にぶつけてくる。唯奈は庇うでもなく、まるで洋司の言葉に賛同するかのように見てくる。
何とかしろ。何とかして。
お前が。お母さんが。
さぁ、早くどうにかして。
頭が痛くなる。都合の良い時だけ自分に不都合を押し付けてくる、この生き物達は何だ。
洋司は結婚してから自分を『優子』と呼んだ事がない。『お前』これが自分の名前だ。
それなのに、家族?
(何の為の家族か?私が知りたいわよ。
育て方?そんなの知る訳ない。
親を知らない事がそんなにも罪になるのなら、あなたは何で私を選んだのよ。)
優子は叫び出したい衝動を必死に抑え込む。
どうにかここを抜け出さないと。
どうする?
どうしたら良い?
何か良い言い訳はないか。
方法は…。
視線がテレビを捉える。
カウントダウンの数字と河川敷の中継画面が映し出されている。
この場所はそんなに遠くない。
しかも幸雄が住むアパートのすぐ側だ。
可哀想に、彼はきっと今。怯えているだろう。
早く側に行ってあげなくては。
私だけが彼を救える。そして、彼だけが自分を救えるのだ。
それにしても、この場所。
人が集まって来てるが、みんなどういうつもりでそこにいるのだろう。
真っ先に死んでしまうだけなのに。
(真っ先に…。そうか。これだ!!)
「ねぇ。じゃあ最後に家族らしく、お散歩しましょうよ。ここの河川敷に。」
優子の提案に静かになる二人。
洋司が気でも狂ったのか?というような顔して、声を荒げる。
「お前はバカか?!河川敷に落ちてくるんだぞ?隕石が!わざわざ死にに行くようなもんだろうが!!」
バカはお前だ。
「だって、どうせ死ぬじゃない。だったらその場所を見に行ったって良いじゃない。苦しまずに死ねるなら、その方が良いじゃない。」
優子は頭を回転させる。
餌のついた針を、慎重に慎重に揺さぶるのだ。
決して不機嫌にさせてはならない。
先に食い付いたのは唯奈だった。
「待って!それ超賛成!現地行って写真撮ったらさ、何か凄くない?!友達にも自慢できんじゃん!絶対行きたい!!」
我が娘ながら頭が悪い。ガッカリする。
しかし見事な援護射撃だ。
死すらもエンターテイメントにしてしまえる思春期パワー。
これに散々苦しめられてきた訳だが、今日という今日は感謝する。
「唯奈の言うとおりよ。何か凄いわよね。ここって中継あるじゃない?きっと世界中に繋がっているわ。ね。見せてあげましょうよ。本当に仲睦まじい家族がどんなものかって。」
(あなたの大好きな家族ごっこのフィナーレよ。最高のシチュエーションでしょう?
周りに、俺たちは幸せです。そうアピールできて見せつけてやれるの。俺の家族だ。良いだろう。羨ましいだろう。俺が築き上げたんだぞ。
俺が、俺が、俺が。大好物じゃない。)
馬鹿な娘は更に食い付く。
「良いね。それって最高!だったら私、家族で最後までずっと一緒にいても良いよ!」
この子も結局は自慢がしたくて、人よりも優位でいる事が何よりなのだ。
さぁ、大物は釣れるか。
「そうか。…なるほど。うん、悪くないな。じゃあ行ってみるか。」
かかった!
そう、このまま騙されていたら良い。
最後に笑うのはこの男じゃない。自分である。
人の流れを上手く使って消えてやる。
そして、二度と戻らない。
優子は結婚してから今まで見せた事のない慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべ、これから裏切る偽物の家族を見つめて頷いた。
洋司に対して唯奈がヒステリックに騒いでいるのだ。
「今日は誰も家から出さん!俺たちは家族なんだ!ここで家族揃って一緒に過ごすんだ!!」
「だからー!友達にちょっと会いに行くくらい良いじゃん!!帰って来るってば!そもそもさー。家族だからって強制される筋合いもないし、こんな陰気臭いトコにずっと引きこもってろなんて。耐えらんない!」
全く同感である。
家族だから。家族だから。
もう、うんざりだ。これが現実。
いざ終わりを目の前にして崩れ落ちゆく砂の城。
自分がその主であることを突きつけられて、動揺し取り乱すその姿は何と滑稽か。
いい加減気付け。自分たちがいかに家族『ごっこ』をしていたか、という事に。
唯奈はしっかり気付いていた。
この暗く陰鬱なものを抱え、明るく幸せなフリをしていた家族の実態に。
だから家から少しでも離れる時間が欲しいのであろう。
(本当に笑える。何が、いつか幸せな家庭を…よ。最初からこの場所に、この人にそんなものは望めなかったというのに。
結婚なんて。出産なんて。家族なんて。
求めるんじゃなかった。唯奈、あなたが正解よ。)
それにしても、洋司が唯奈にここまで強く物を言うなんて。
それほどまでに焦っている証拠か。
しかし、今まで甘えに甘え。ワガママ放題にされていた娘は強い。
優子は二人の言い争いを横目に携帯を確認する。
『もう5時だよ。まだ来れないの?』
優子は内心焦っていた。この家族に未練はない。捨てる覚悟なんてとっくに出来ているのに。
問題が山積みだ。
「おい!お前からも言ってやれ。何の為の家族か。一体どんな育て方をしてきたんだ!これだから親を知らないヤツは。本当に無能だ。そもそも…」
こうやって、唯奈を思い通りに出来ない苛つきを人にぶつけてくる。唯奈は庇うでもなく、まるで洋司の言葉に賛同するかのように見てくる。
何とかしろ。何とかして。
お前が。お母さんが。
さぁ、早くどうにかして。
頭が痛くなる。都合の良い時だけ自分に不都合を押し付けてくる、この生き物達は何だ。
洋司は結婚してから自分を『優子』と呼んだ事がない。『お前』これが自分の名前だ。
それなのに、家族?
(何の為の家族か?私が知りたいわよ。
育て方?そんなの知る訳ない。
親を知らない事がそんなにも罪になるのなら、あなたは何で私を選んだのよ。)
優子は叫び出したい衝動を必死に抑え込む。
どうにかここを抜け出さないと。
どうする?
どうしたら良い?
何か良い言い訳はないか。
方法は…。
視線がテレビを捉える。
カウントダウンの数字と河川敷の中継画面が映し出されている。
この場所はそんなに遠くない。
しかも幸雄が住むアパートのすぐ側だ。
可哀想に、彼はきっと今。怯えているだろう。
早く側に行ってあげなくては。
私だけが彼を救える。そして、彼だけが自分を救えるのだ。
それにしても、この場所。
人が集まって来てるが、みんなどういうつもりでそこにいるのだろう。
真っ先に死んでしまうだけなのに。
(真っ先に…。そうか。これだ!!)
「ねぇ。じゃあ最後に家族らしく、お散歩しましょうよ。ここの河川敷に。」
優子の提案に静かになる二人。
洋司が気でも狂ったのか?というような顔して、声を荒げる。
「お前はバカか?!河川敷に落ちてくるんだぞ?隕石が!わざわざ死にに行くようなもんだろうが!!」
バカはお前だ。
「だって、どうせ死ぬじゃない。だったらその場所を見に行ったって良いじゃない。苦しまずに死ねるなら、その方が良いじゃない。」
優子は頭を回転させる。
餌のついた針を、慎重に慎重に揺さぶるのだ。
決して不機嫌にさせてはならない。
先に食い付いたのは唯奈だった。
「待って!それ超賛成!現地行って写真撮ったらさ、何か凄くない?!友達にも自慢できんじゃん!絶対行きたい!!」
我が娘ながら頭が悪い。ガッカリする。
しかし見事な援護射撃だ。
死すらもエンターテイメントにしてしまえる思春期パワー。
これに散々苦しめられてきた訳だが、今日という今日は感謝する。
「唯奈の言うとおりよ。何か凄いわよね。ここって中継あるじゃない?きっと世界中に繋がっているわ。ね。見せてあげましょうよ。本当に仲睦まじい家族がどんなものかって。」
(あなたの大好きな家族ごっこのフィナーレよ。最高のシチュエーションでしょう?
周りに、俺たちは幸せです。そうアピールできて見せつけてやれるの。俺の家族だ。良いだろう。羨ましいだろう。俺が築き上げたんだぞ。
俺が、俺が、俺が。大好物じゃない。)
馬鹿な娘は更に食い付く。
「良いね。それって最高!だったら私、家族で最後までずっと一緒にいても良いよ!」
この子も結局は自慢がしたくて、人よりも優位でいる事が何よりなのだ。
さぁ、大物は釣れるか。
「そうか。…なるほど。うん、悪くないな。じゃあ行ってみるか。」
かかった!
そう、このまま騙されていたら良い。
最後に笑うのはこの男じゃない。自分である。
人の流れを上手く使って消えてやる。
そして、二度と戻らない。
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