【完結】絶望のユートピア

MIA

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ー午後3時 タイムリミットはあと6時間ー

知子の場合・2

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窓の外から温かい日差しが降り注いでいる。
何と静かで穏やかな時間だろうか。

これが終末を迎える最後の時間?
外は案外、騒ぎになっているのだろうか?
少なくとも知子の耳には全く聞こえてこない。
テレビも消してしまった。
今は時計の針が動く音だけが鳴り響く。

未来を視ることをやめてから、自分の人生は変わった。
今だって視ようと思えばわかってしまう、地球の未来。
それでも知子は先を知らなくて良い。そこに不安はない。

結婚もせず、この年になり、最期は独りで消滅していく。
こんな人生は惨めだろうか。
不思議な能力を持って産まれた自分は、きっと恵まれた人生だったはずだ。
苦悩もあったが、悪くなかった。十分だ。

そんな事を考えつつ、陽の光にうつらうつらとしかけていると不意にチャイムの音が鳴った。
こんな日の、こんな時間に。
一体誰が自分を訪ねてきたのか。

「はいはい。今出ます。」

これが強盗犯だろうが、もはや身の危険すらも今となってはどうでも良い事。
それもまた人生。
自分でも思ってる以上に、あの人の人生観が身に沁みているな。
思わず笑ってしまう。

ドアの先にいたのは、まさにその人そのものだった。
今直前に浮かんでいた人が、目の前にいる。

「あら…。あなたが私の所へ来るなんて。思ってもみませんでした…。」

知子は動揺が隠せなかった。
なぜ、彼がここへ?

理由はわからない。
しかし、知子はとても嬉しかった。
独りで良いなんて、そう思いながら。本当は寂しかったのだろうか。
いや、単純に彼との再会に心が弾んでいるのだ。

知子の人生の中で、彼よりも深く絆を持った人はいない。
他人に秘密を打ち明け共有する。
そんな人とは出会った事がなかった。
親交があった期間も長い訳ではない。
出会い方も、決して正常だったとは言い難い。
それでも何故か。彼は信用できた。
会わなくなってからも、彼は知子の中にずっと存在していた。

あと残り4時間。
彼はどういうつもりでココへ来たのだろうか。
帰ってしまうのだろうか。
急に寂しいと思った。

(色々と納得がいっていたのに…。この期に及んで、願わくばこの人と最期を迎えたい欲が出てしまったわ。こんなおばあちゃんになっても、夢を見てしまうなんて…。)

彼は微笑む。

「やぁ。久しぶりだね。お互い、こんな歳で独り最期を迎えるのも悪くはないが…。会いたい。と思った人と過ごすのは、もっと悪くないんじゃないかと思って来てしまった。
もし良かったら一緒にお酒でもどうかな?とても良いシャンパンを持ってきたんだ。」

何と言う事か。
彼が自分に会いたいと思ってくれていた。
知子の心に暖かい光が灯る。

何が起こるかわからない。
だから人生は楽しい。
こんなサプライズを体験できた。
能力を使わないことで、こんなにも素敵な最期を迎えられるのだ。

頷く知子に、彼は話を続ける。

「それとね。もう一つ、面白い事が起きているんだ。テレビは見ていない様だね。きっと驚くから見てごらん。」

彼をリビングに招き入れると、知子はリモコンを押す。
テレビに映っているのは隕石の落下予想地点。思いの外、人の集まりが見られる。
その中に見えた一人の人物。
知らない人だが。…なるほど。これは面白い。

知子は彼に目をやる。
彼はシャンパンのボトルを掲げて、まるでイタズラが見つかった後の少年の様に目配せをしていた。
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