【完結】残響ー名もなき侍ー

MIA

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ここは水族館。

あの日、部長に言われて調べてみてからずっと来てみたいと思っていた場所。

試合が終わってから六郎は色々な場所に行きたがった。
見てみたいもの、気になるもの、それらを貪欲に求める。

(少し。急いているか…。)

こんな自分の言動を怪しく思うだろうか。
六郎は、別れを告げるべきか否か。ずっと迷っている。

真横を大きな魚が横切る。
その姿はとても優雅なものだ。

「うわぁ。サメだ。」

隣で巴衣がはしゃぐ。
こんな調子で巴衣が動き回るため、明と姫乃は休憩所で一息ついている。

サメと言われた大きな魚は、他の魚たちを物ともせず堂々と泳ぐ。
こんなに狭い世界で、そんな事はまるで気にならないかのように。

(まるで、この時代のようじゃ。)

命の保証。
争いがなく、平和であることは人々に安心を与える。
そのために自分たちは戦っているはずなのに。
源が上に立てば、そうなるはずだったのではないのか…。

(所詮、血のない場所では生きられぬか。)

六郎は考えるのをやめて、再び水槽に目をやる。
そこに広がるのは、狭くとも美しい世界。

「ねぇ!次くらげ見よ!」

巴衣がぐんぐんと前に進む。
だから、はぐれるのだ。
六郎は忙しないと思いながらも付いて行く。

すると視界に飛び込む幻想的な光景。
色とりどりの生き物が、水の中をふわりと漂う。

側にあった椅子に巴衣が腰をかける。

「きれい…。」

本当に、その通りであった。

六郎も隣に座り、この空間に吸い込まれていく。

不自然な生き物だ。
こんな生き物がいるとは。
この世には知らないことが沢山ある、そう改めて身にしみていく。

突然の響く子どもの声で、現実に引き戻される。

「お父さんの嘘つき!」

どうやら隣の少年とその家族のようだ。
父親は、ただあたふたと謝る。

「ごめんな。でも、やっぱり具合が悪くなっちゃって…。」

母が少年に諭す。

「お父さん、今日。結構無理して外出してきたのよ。これ以上は駄目だわ。久しぶりに出かけられたのに、こんなことになっちゃって悪いけど…。病院に戻らないと。」

少年は不貞腐れている。
口を開こうとした瞬間、六郎が前を見つめたまま放つ。

「童。やめておけ。」

その場にいた全員が、あ然とする。

「言葉は外に出せば取り消せぬ。後悔する言霊は、己を苦しめるぞ。」

少年は開きかけた口をぎゅっと結ぶ。

聡い子だ。
幼いなりに、六郎の言いたいことを察したようである。

「…アイス、買ってよ。車で食べる用に、さ。」

そう言うと少年は、六郎に向けて手を振り、行ってしまった。
両親はほっと息をつき、頭を下げると少年の後を追う。

彼が、何を言おうとしたか。
想像でしかなかった。
しかし六郎は、それを言わせてはいけない。何となくそう思った。

残された六郎と巴衣。
巴衣は何も言わず、ただ目の前の水槽を眺めている。

(言葉は…、取り消せぬ。)

六郎は自分の言葉に今を重ねる。
答えは相変わらず出ないまま。

隣を見ると、前を向いたまま巴衣が口を開く。

「明と姫のところに戻ろうか。」

そう言って笑った。

その顔は、色を伴った数々の光に照らされて。
とても幻惑的で、酷く美しかった。


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