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「義仲。ここまでじゃな。」
兼光の言葉に、義仲は何も言わずにただ頷いた。
巴を見やる。
「お主はここで別れじゃ。先の戦には連れて行かぬ。」
巴の表情が歪む。
「嫌じゃ。このまま共に。妾も共に参る。」
「ならぬ。主は生きねばならぬ。巴。わしの最後の頼み、叶えられるのはお主のみ。」
「…頼み。」
巴は納得できない。
兼光は隣でじっと、二人のやり取りを聞いている。
「もはや我軍は壊滅状態。わしはここで命の限り剣を振るう。」
ならば…。と声を上げる巴を義仲が手で制する。
「名を、残せ。我々の軌跡を。主が後世へと繋げろ。」
巴の頬を伝う一滴の涙。
痛いほどに伝わる、義仲の想い。
肉体が滅びようと、魂だけは生き続けようとする、強い気持ち。
そのために自分がいる。
その大役を任された。
巴は涙を拭い、前を向く。
強く鋭く光を宿したその目で、義仲の瞳を射抜く。
「かしこまり申した。」
そう言うとすぐに馬へと跨り、示された方向とは別に駆け出す。
向かう先には、敵陣の大将の姿。
「おい!そっちではない!!」
兼光の呼び掛けに応じる事なく前進する巴。
薙刀を構え直し、一人敵陣へ突っ込む。
突然の襲撃に慌てる兵士たち。
巴はその首を次から次へと狩り獲っていく。
その勢いを止めることなく向かうは敵大将。
巴に気付いた時には、もう遅かった。
その目が見ているものは、地面。
巴は獲った首を掲げ、高らかに叫ぶ。
「敵将っ!!この巴御前が討ち獲った!!!」
そのまま馬の方向をひるがえし、今度は義仲の元へと駆け出す。
徐々に上がっていく速度。
止まることのない流れで、義仲へと首を投げ渡す。
「土産じゃ!義仲殿!ご武運を!!来世でも共になれることを願い、これにて失礼仕る!!!」
そう残すと、振り返ることもなく走り抜けていった巴。
静寂の時が流れ出す。
兼光が、やれやれ。と頭を振る。
「とんだじゃじゃ馬な妹よ。わしには何の挨拶もせぬとはな。薄情な奴めが。」
義仲が笑う。
「流石の巴じゃ!ただでは引かぬよのう。来世か…。うむ。それは良い!!」
ひとしきり笑い合うと、再び前を見据える。
その顔から笑顔はもう消えている。
「行くか。」
敵は…。
源義経〈ミナモトノ ヨシツネ〉。
六郎は頭から離れずにいた。
浮かぶ。
義仲の最後。
なぜ。源が…、源を討つと言うのだ。
どんなに考えても六郎にはわからない。
理解ができない。
ここにいる場合ではない。
義仲の側へ、帰らなくては。
自分の生きる理由は、義仲のためなのだから。
しかし、悔いはここに残せない。
まだ心残りがある。
(覚悟を決めねばな。)
この先は自分次第だ。
未練は捨て置く。
もっと日々を全力で真剣に向き合う。
そう心に決めると、目の前の事に集中する。
今はこの剣先に。
これから団体戦が始まる。
きっと今日が剣道部の皆との最後の時間。
共に稽古をした日々は、六郎にとって宝の一つとなる。
彼らに何を残せるか。
そう考えると思い付くのは、やはり剣。
勝ち星と、心揺さぶる技を。
なびく髪を括る白い紐が、風とともに揺れる。
「さぁ。行くか!」
そう言った部長の顔が、六郎にはなぜか。
戦前の男のそれと重なって見えた。
兼光の言葉に、義仲は何も言わずにただ頷いた。
巴を見やる。
「お主はここで別れじゃ。先の戦には連れて行かぬ。」
巴の表情が歪む。
「嫌じゃ。このまま共に。妾も共に参る。」
「ならぬ。主は生きねばならぬ。巴。わしの最後の頼み、叶えられるのはお主のみ。」
「…頼み。」
巴は納得できない。
兼光は隣でじっと、二人のやり取りを聞いている。
「もはや我軍は壊滅状態。わしはここで命の限り剣を振るう。」
ならば…。と声を上げる巴を義仲が手で制する。
「名を、残せ。我々の軌跡を。主が後世へと繋げろ。」
巴の頬を伝う一滴の涙。
痛いほどに伝わる、義仲の想い。
肉体が滅びようと、魂だけは生き続けようとする、強い気持ち。
そのために自分がいる。
その大役を任された。
巴は涙を拭い、前を向く。
強く鋭く光を宿したその目で、義仲の瞳を射抜く。
「かしこまり申した。」
そう言うとすぐに馬へと跨り、示された方向とは別に駆け出す。
向かう先には、敵陣の大将の姿。
「おい!そっちではない!!」
兼光の呼び掛けに応じる事なく前進する巴。
薙刀を構え直し、一人敵陣へ突っ込む。
突然の襲撃に慌てる兵士たち。
巴はその首を次から次へと狩り獲っていく。
その勢いを止めることなく向かうは敵大将。
巴に気付いた時には、もう遅かった。
その目が見ているものは、地面。
巴は獲った首を掲げ、高らかに叫ぶ。
「敵将っ!!この巴御前が討ち獲った!!!」
そのまま馬の方向をひるがえし、今度は義仲の元へと駆け出す。
徐々に上がっていく速度。
止まることのない流れで、義仲へと首を投げ渡す。
「土産じゃ!義仲殿!ご武運を!!来世でも共になれることを願い、これにて失礼仕る!!!」
そう残すと、振り返ることもなく走り抜けていった巴。
静寂の時が流れ出す。
兼光が、やれやれ。と頭を振る。
「とんだじゃじゃ馬な妹よ。わしには何の挨拶もせぬとはな。薄情な奴めが。」
義仲が笑う。
「流石の巴じゃ!ただでは引かぬよのう。来世か…。うむ。それは良い!!」
ひとしきり笑い合うと、再び前を見据える。
その顔から笑顔はもう消えている。
「行くか。」
敵は…。
源義経〈ミナモトノ ヨシツネ〉。
六郎は頭から離れずにいた。
浮かぶ。
義仲の最後。
なぜ。源が…、源を討つと言うのだ。
どんなに考えても六郎にはわからない。
理解ができない。
ここにいる場合ではない。
義仲の側へ、帰らなくては。
自分の生きる理由は、義仲のためなのだから。
しかし、悔いはここに残せない。
まだ心残りがある。
(覚悟を決めねばな。)
この先は自分次第だ。
未練は捨て置く。
もっと日々を全力で真剣に向き合う。
そう心に決めると、目の前の事に集中する。
今はこの剣先に。
これから団体戦が始まる。
きっと今日が剣道部の皆との最後の時間。
共に稽古をした日々は、六郎にとって宝の一つとなる。
彼らに何を残せるか。
そう考えると思い付くのは、やはり剣。
勝ち星と、心揺さぶる技を。
なびく髪を括る白い紐が、風とともに揺れる。
「さぁ。行くか!」
そう言った部長の顔が、六郎にはなぜか。
戦前の男のそれと重なって見えた。
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