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「あきら殿はそちらへ!拙者はこっちへ行く!」
巴衣が山ではぐれた。
六郎は珍しく焦っていた。
姫乃の手前。動じるわけにはいかなかったが、六郎は山の恐ろしさを知っている。
(姫が取り乱すのは致し方ない。)
巴衣の姿が見えなくなって不安なのは、みな同じ。
明も内心では気が気でないだろう。
飛び出して探したい気持ちは同じなのだ。
六郎も明も見せかけの冷静でしかない。
拠り所が必要だった。
姫乃にそれを求めるのは酷であったが、その役は姫乃にしか出来ない。
(無事でおれ、偽巴…。)
六郎は山地での戦いは何度も経験している。
元々、木曽という土地は山に囲まれているのだ。
故に山で迷うことが何を意味するのかを知っている。
戦いの最中山ではぐれて取り残された者は、残党狩りや山賊の良い的となる。
その心配は現代において必要はないかもしれないが、山には自然の脅威がある。
先日降りてきた猪のように野生の動物もいる。
そして、山の中の孤独。
早く見つけ出さなくては。
深呼吸をして気持ちを鎮める。
姫乃に言った通り、冷静さを欠いては事を大きくしてしまう。
今まで辿ってきた道を神経を張り巡らせて見回る。
足場が悪くなっている場所、脇に逸れる獣道。
そして、ぬかるみに足跡を見つけた。
滑ったような跡。
まだ新しい。
六郎は跡に沿って視線を動かしていく。
それほど大きな落差は無さそうだ。
急ではなく、緩やかな斜面。
六郎は少しだけ胸を撫で下ろす。
崖になっていなくて良かった。
この先に巴衣がいるのか。
目をこらし、周りの枝を上手く使いゆっくりと下る。
(いた!)
木々の間で顔を埋めしゃがみ込んでいる巴衣の姿。
(怪我をしたのか?!)
「偽巴っ!!」
声を張り上げて叫ぶ。
巴衣の顔がふっと上がり、目が合う。
心臓が跳ね上がる。
巴衣が…いた。
今まで感じたことの無いほどの安堵。
泣きたくなるような安心。
「…六郎ぉ…。」
六郎の姿を認めると泣き出す巴衣。
「すぐに参る!!」
すぐに行かなくては。
巴衣は…。巴じゃない。
姿、空気こそは良く似ているが、山で心細くなってしまうような、女の子なのだ。
側に、今すぐ側に。
巴衣の元へと駆け付ける。
立ち上がり、駆け寄る巴衣。
動けている。
怪我はしていないようだ。
「六郎。ごめんね。私…」
言葉を遮り、腕を強く引き寄せて体を包み込む。
巴衣は倒れるように六郎の腕の中へと吸い込まれた。
息を飲む巴衣とは反対に、息が漏れる六郎。
「もう。大丈夫じゃ。」
優しく降り掛かる声。
巴衣は緊張の糸が切れたように力が抜けていく。
腕の力を更に強くこめる。
不意に込み上げる、大きな感情。
ー…。
六郎は、はっと気付く。
今のは何だ?
途端、巴衣を引き離す。
「姫が待っておる。行くぞ。背に乗れ。」
「え。大丈夫だよ。」
「良いから、乗れ。」
顔を、見せたくなかった。
それに、もう巴衣を見失いたくもなかった。
しぶしぶ背に乗る巴衣。
今感じているものが何か、必死で見ないふりをする。
気付かなくて良い。
気付くべきではない。
例え。
いつか、わかってしまうものだとしても。
今はまだ…。
それでも、確かに背中に巴衣を感じながら。
今だけは…。と、小さく呟いた。
そして、運命は大きく変わる。
たった一冊の本によって。
歯車は、再び動き出した。
巴衣が山ではぐれた。
六郎は珍しく焦っていた。
姫乃の手前。動じるわけにはいかなかったが、六郎は山の恐ろしさを知っている。
(姫が取り乱すのは致し方ない。)
巴衣の姿が見えなくなって不安なのは、みな同じ。
明も内心では気が気でないだろう。
飛び出して探したい気持ちは同じなのだ。
六郎も明も見せかけの冷静でしかない。
拠り所が必要だった。
姫乃にそれを求めるのは酷であったが、その役は姫乃にしか出来ない。
(無事でおれ、偽巴…。)
六郎は山地での戦いは何度も経験している。
元々、木曽という土地は山に囲まれているのだ。
故に山で迷うことが何を意味するのかを知っている。
戦いの最中山ではぐれて取り残された者は、残党狩りや山賊の良い的となる。
その心配は現代において必要はないかもしれないが、山には自然の脅威がある。
先日降りてきた猪のように野生の動物もいる。
そして、山の中の孤独。
早く見つけ出さなくては。
深呼吸をして気持ちを鎮める。
姫乃に言った通り、冷静さを欠いては事を大きくしてしまう。
今まで辿ってきた道を神経を張り巡らせて見回る。
足場が悪くなっている場所、脇に逸れる獣道。
そして、ぬかるみに足跡を見つけた。
滑ったような跡。
まだ新しい。
六郎は跡に沿って視線を動かしていく。
それほど大きな落差は無さそうだ。
急ではなく、緩やかな斜面。
六郎は少しだけ胸を撫で下ろす。
崖になっていなくて良かった。
この先に巴衣がいるのか。
目をこらし、周りの枝を上手く使いゆっくりと下る。
(いた!)
木々の間で顔を埋めしゃがみ込んでいる巴衣の姿。
(怪我をしたのか?!)
「偽巴っ!!」
声を張り上げて叫ぶ。
巴衣の顔がふっと上がり、目が合う。
心臓が跳ね上がる。
巴衣が…いた。
今まで感じたことの無いほどの安堵。
泣きたくなるような安心。
「…六郎ぉ…。」
六郎の姿を認めると泣き出す巴衣。
「すぐに参る!!」
すぐに行かなくては。
巴衣は…。巴じゃない。
姿、空気こそは良く似ているが、山で心細くなってしまうような、女の子なのだ。
側に、今すぐ側に。
巴衣の元へと駆け付ける。
立ち上がり、駆け寄る巴衣。
動けている。
怪我はしていないようだ。
「六郎。ごめんね。私…」
言葉を遮り、腕を強く引き寄せて体を包み込む。
巴衣は倒れるように六郎の腕の中へと吸い込まれた。
息を飲む巴衣とは反対に、息が漏れる六郎。
「もう。大丈夫じゃ。」
優しく降り掛かる声。
巴衣は緊張の糸が切れたように力が抜けていく。
腕の力を更に強くこめる。
不意に込み上げる、大きな感情。
ー…。
六郎は、はっと気付く。
今のは何だ?
途端、巴衣を引き離す。
「姫が待っておる。行くぞ。背に乗れ。」
「え。大丈夫だよ。」
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顔を、見せたくなかった。
それに、もう巴衣を見失いたくもなかった。
しぶしぶ背に乗る巴衣。
今感じているものが何か、必死で見ないふりをする。
気付かなくて良い。
気付くべきではない。
例え。
いつか、わかってしまうものだとしても。
今はまだ…。
それでも、確かに背中に巴衣を感じながら。
今だけは…。と、小さく呟いた。
そして、運命は大きく変わる。
たった一冊の本によって。
歯車は、再び動き出した。
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