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剣道部に入部してから時はたち、六郎は部員たちともよく話すようになっていた。
ここの人間は潔くて良い。
六郎がどんなに上達しても、それを妬み僻む者はいない。むしろその逆。
そうやって互いを認め、互いに高め合う。
ただひたすら真っ直ぐに強さを求める男たち。
この場にいると六郎は自分の時代を思い出すのだ。
しかし彼らも練習が終われば年頃の高校生男子である。
話す内容はなかなか、どうしようもない。
この日の話題は最近見学に来る姫乃と巴衣だった。
「やっぱ青海〈アオミ〉はさ。えっらい美人だよな。」
「そうなんだよ。下手な芸能人より綺麗だぞ?あんな人間いるんだな。」
「ちくしょー!明のやつ、ずりぃーなぁ。」
六郎は皆の話に黙って相槌を打つ。
(当然じゃ。拙者のお仕えしている姫君だからのう。)
「良いよなぁ。きっと何でも出来るぜ?料理とか上手そうだよな。結婚したら自慢の奥さんだよ。」
(うむ。姫は何でも…)
突然吹き出す六郎。
思い出すのは『粥事件』。
そう、あれはもう事件だった。
「…なんだよ六郎。ってかさ、お前はどうなんだよ?誰か良いなぁって女子とかいねぇの?」
急に話題の矛先が自分へと向く。
六郎は咳払いを一つ。
「拙者にはそういったおなごはおらぬよ。あぁ。一人、とてつもなく美しいお方を知っておるぞ。強さも断とつじゃ。戦う姿はまるで鬼神よ。」
一同は呆気に取られる。
誰かがため息をついた。
「お前。それ褒めてるつもりか?」
そう言って笑うと、一人が尋ねる。
「小林は?お前ら仲良いじゃん。好きとかじゃねぇの?本当は。」
「そういうのではない。」
一刀両断。
「あっそ?じゃあ俺声かけてみようかな?あいつ可愛いじゃん。」
「ならぬ。」
一斉に静まり返る空気。
「…好きなんじゃん。」
誰かが突っ込む。
「違う。だが、ならぬ。ならぬものはならぬのじゃ。」
六郎は自分でもその発言の違和感に気付いていない。
ただ、嫌だ。
そう思った。
他の男が巴衣に近付くのは、やたらに心が騒ぐ。
そんな他愛も無い会話をしていると部長がやってきた。
「お疲れ様です!」
急に背筋を伸ばし礼をする部員たち。
切り替えの早い奴らである。
「お疲れ様!まぁまぁ、練習中じゃないし楽にしてよ。六郎に提案があってね。
実は近いうちに他校と団体戦の試合ができるんだ。君に出てもらいたいと思ってる。で、その前に。六郎の歓迎会をしよう。明日の稽古は休みにして皆で遊びに行くぞ。」
わぁっと歓声があがり、部員たちは大喜び。六郎は何が何だかわからずにいた。
「かんげいかい?」
「そう。ようこそ、六郎の会。お前らは会費払えよ?六郎は手ぶらで来れば良い。」
「ほぅ。そのような催し物を拙者に…。かんげいかい…。楽しみでござるなぁ。して、どこへ参るのであろう?」
部長は少し意地悪な顔をして笑う。
「カラオケだ。六郎も一曲は歌えよ?」
その夜は明の家には姫乃も巴衣も来ていた。
六郎は明日のことを話す。
「…というわけで、『からおけ』で歌えとの命を受け申した。じゃが拙者。歌を知らぬゆえ。どうしたものか。」
「あんたが歌うの?凄い気になるわ。」
含み笑いでからかってくる巴衣。
失礼な女である。
「平安からの流れで音楽自体は耳に馴染んでるでしょうけどね。例えば雅楽とか。でも、歌ってなると、六郎の時代からすると和歌になるのよね。」
姫乃の言葉で六郎は納得をする。
確かに音には馴染みがある。
しかし、あれはもっと低温で静かに重く深く沈んでいくような音律。
「じゃあ練習しとかないとね。」
そういって巴衣が歌い出す。
(偽巴は下手くそよの。)
六郎は明日に思いを馳せ、巴衣の歌声をある意味で堪能するのであった。
翌日。
六郎は唯一覚えた童謡で会場を湧かす。
真面目な姫乃の鬼指導の賜物だった。
この雰囲気は酷く懐かしい。
勝利の酒盛りをしている時の様だ。
みなの顔が明るく、笑いが溢れる。
武勇を称え合い、亡き友を弔う。
そうして次の戦への決意を改めて固める、あの時間。
隣に部長が座る。
「楽しんでるか?」
「うむ。真に楽しいでござる。」
部長はふっと笑うと六郎の目を見つめ、そっと囁く。
「こうやって仲間で楽しむってのも良いだろ?あとはな…。小林とデートするなら水族館がおすすめだぞ?魚は良い。いやぁ、青春だなぁ。」
何だか部長の顔から意味深なものが伝わってくる。
「何故偽巴が出てくるのじゃ。魚が好きなのか?」
部長は吹き出す。
「そいつは知らんな。けど、ムードがあってロマンチックだからだ。よし!お前ら、もっと歌え!」
「でぇと。むぅど。ろまんちっく。」
帰ったら辞典で調べてみよう。
その夜、六郎は一人悶絶することになる。
これが『青春』。
今だから、今しかない、かけがえのない時間。
ここの人間は潔くて良い。
六郎がどんなに上達しても、それを妬み僻む者はいない。むしろその逆。
そうやって互いを認め、互いに高め合う。
ただひたすら真っ直ぐに強さを求める男たち。
この場にいると六郎は自分の時代を思い出すのだ。
しかし彼らも練習が終われば年頃の高校生男子である。
話す内容はなかなか、どうしようもない。
この日の話題は最近見学に来る姫乃と巴衣だった。
「やっぱ青海〈アオミ〉はさ。えっらい美人だよな。」
「そうなんだよ。下手な芸能人より綺麗だぞ?あんな人間いるんだな。」
「ちくしょー!明のやつ、ずりぃーなぁ。」
六郎は皆の話に黙って相槌を打つ。
(当然じゃ。拙者のお仕えしている姫君だからのう。)
「良いよなぁ。きっと何でも出来るぜ?料理とか上手そうだよな。結婚したら自慢の奥さんだよ。」
(うむ。姫は何でも…)
突然吹き出す六郎。
思い出すのは『粥事件』。
そう、あれはもう事件だった。
「…なんだよ六郎。ってかさ、お前はどうなんだよ?誰か良いなぁって女子とかいねぇの?」
急に話題の矛先が自分へと向く。
六郎は咳払いを一つ。
「拙者にはそういったおなごはおらぬよ。あぁ。一人、とてつもなく美しいお方を知っておるぞ。強さも断とつじゃ。戦う姿はまるで鬼神よ。」
一同は呆気に取られる。
誰かがため息をついた。
「お前。それ褒めてるつもりか?」
そう言って笑うと、一人が尋ねる。
「小林は?お前ら仲良いじゃん。好きとかじゃねぇの?本当は。」
「そういうのではない。」
一刀両断。
「あっそ?じゃあ俺声かけてみようかな?あいつ可愛いじゃん。」
「ならぬ。」
一斉に静まり返る空気。
「…好きなんじゃん。」
誰かが突っ込む。
「違う。だが、ならぬ。ならぬものはならぬのじゃ。」
六郎は自分でもその発言の違和感に気付いていない。
ただ、嫌だ。
そう思った。
他の男が巴衣に近付くのは、やたらに心が騒ぐ。
そんな他愛も無い会話をしていると部長がやってきた。
「お疲れ様です!」
急に背筋を伸ばし礼をする部員たち。
切り替えの早い奴らである。
「お疲れ様!まぁまぁ、練習中じゃないし楽にしてよ。六郎に提案があってね。
実は近いうちに他校と団体戦の試合ができるんだ。君に出てもらいたいと思ってる。で、その前に。六郎の歓迎会をしよう。明日の稽古は休みにして皆で遊びに行くぞ。」
わぁっと歓声があがり、部員たちは大喜び。六郎は何が何だかわからずにいた。
「かんげいかい?」
「そう。ようこそ、六郎の会。お前らは会費払えよ?六郎は手ぶらで来れば良い。」
「ほぅ。そのような催し物を拙者に…。かんげいかい…。楽しみでござるなぁ。して、どこへ参るのであろう?」
部長は少し意地悪な顔をして笑う。
「カラオケだ。六郎も一曲は歌えよ?」
その夜は明の家には姫乃も巴衣も来ていた。
六郎は明日のことを話す。
「…というわけで、『からおけ』で歌えとの命を受け申した。じゃが拙者。歌を知らぬゆえ。どうしたものか。」
「あんたが歌うの?凄い気になるわ。」
含み笑いでからかってくる巴衣。
失礼な女である。
「平安からの流れで音楽自体は耳に馴染んでるでしょうけどね。例えば雅楽とか。でも、歌ってなると、六郎の時代からすると和歌になるのよね。」
姫乃の言葉で六郎は納得をする。
確かに音には馴染みがある。
しかし、あれはもっと低温で静かに重く深く沈んでいくような音律。
「じゃあ練習しとかないとね。」
そういって巴衣が歌い出す。
(偽巴は下手くそよの。)
六郎は明日に思いを馳せ、巴衣の歌声をある意味で堪能するのであった。
翌日。
六郎は唯一覚えた童謡で会場を湧かす。
真面目な姫乃の鬼指導の賜物だった。
この雰囲気は酷く懐かしい。
勝利の酒盛りをしている時の様だ。
みなの顔が明るく、笑いが溢れる。
武勇を称え合い、亡き友を弔う。
そうして次の戦への決意を改めて固める、あの時間。
隣に部長が座る。
「楽しんでるか?」
「うむ。真に楽しいでござる。」
部長はふっと笑うと六郎の目を見つめ、そっと囁く。
「こうやって仲間で楽しむってのも良いだろ?あとはな…。小林とデートするなら水族館がおすすめだぞ?魚は良い。いやぁ、青春だなぁ。」
何だか部長の顔から意味深なものが伝わってくる。
「何故偽巴が出てくるのじゃ。魚が好きなのか?」
部長は吹き出す。
「そいつは知らんな。けど、ムードがあってロマンチックだからだ。よし!お前ら、もっと歌え!」
「でぇと。むぅど。ろまんちっく。」
帰ったら辞典で調べてみよう。
その夜、六郎は一人悶絶することになる。
これが『青春』。
今だから、今しかない、かけがえのない時間。
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