【完結】残響ー名もなき侍ー

MIA

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最近、巴衣と二人になることがない。

避けられてる…わけではないが、そういう機会が不思議となかった。
そんな矢先の練習帰り。
その時間は久しぶりにやってきた。

元気がなく見えていたが、どうやらそれも思い過ごしの様だ。
六郎は自分で気付いていないけれど巴衣の側にいると安心した。
彼女が笑うとなぜだか心に灯がともるのだ。

食事を作っている間、巴衣をからかい、それに巴衣が怒って反応する。
そんな何気ないやり取りが楽しくて仕方がない。
ついつい余計な事を言ってしまう。

もっと色々な表情を見てみたい。
巴衣という人間を知りたい。
それが何なのか。六郎自身にもわからないのだが。

食事を終えて巴衣が茶を出す。
一口すすると、何だか無性に懐かしい味がした。
蘇る記憶。
重なる、あの日の光景。



戦は三日三晩続いていた。

傷付き、摩耗した兵士たちは、気力も体力も極限にまで達している。
火を囲み、この戦いはあと何日続くのか。
誰もがそんな事を考えながらも、それを口にする者は一人もいなかった。

ただ無言で飯をかき込み、今日の疲れを癒やすことに専念する。
敵陣でも同じだけ消耗をしているはず。
ならば、あとはどちらの根気が勝つかだ。

しかし、高かった士気は下がる一方。
それほどまでに連日の戦は過酷で、兵士たちの心は蝕まれていく。

(やはり。一筋縄ではいかぬか。)

六郎は火を見つめながら、今後の展開に思考を寄せる。
気を抜くと飲み込まれてしまいそうな不安感、焦燥感に襲われていた。

すると突然。
一騎の馬が陣営に駆け寄ってきた。

「皆の者!ご苦労じゃ!!今日も見事であったぞ!!」

騎乗の人物の明るい声が響き渡る。
暗がりにうっすらと形を作っていた影が次第にはっきりと姿を映し出していく。

それは、巴だった。

片手には女が持てるとは到底思えないほどの大きな壺を抱えている。

馬から降りると高らかに声を上げる。

「戦いはまだまだ続くぞ!今日は景気づけじゃあ!本当は酒を振る舞って回りたいところじゃが見ての通り帰れぬでな…茶じゃっ!!」

そう言うと笑う巴。

「妾が注いで回るぞ!有り難く飲まれぃ!飲んで一息ついたなら、源は再び復活じゃ!いつまでも湿気た顔をするでないぞ?我軍は最強!!絶対に負けぬ!!大丈夫、主らと共に我らがおる!!!」

心に染み渡るその咆哮。
温かくも冷たくない茶だというのに、それは五臓六腑へと浸透していく。
湧き出す闘争心。
みなぎる活力。

疲れているのは同じはず。
それなのに、この人はこんなにも余裕がある。
何という胆力の持ち主か。

空気が変わった。
周りから自然とこぼれ出す笑み。
先程まで辟易していた者たちが、今では誰も彼も明るく輝き出す。

「この強さ…。真に、届かぬの。」

六郎は誰に聞こえるわけでもない小さな呟きを漏らし小さく笑うと、最後の一滴をぐっと飲み干した。



目に映る巴が、巴衣の姿へと移り変わる。

「あんたさ…。それは『ぞっこん』ってやつでしょ。」

突然の巴衣の言葉に思わず茶を吹き出す。

「でも。義仲の…。だよね。」

そう言ってすぐ泣き出しそうな顔をする巴衣。

(言葉を悔いたか…。)

義仲の…。
そんなことは当然すぎる事だった。

(巴殿が真に光るは義仲殿の隣だけじゃ。義仲殿にとっても特別で大事なお方。)

理想の二人。
幼い頃より兄妹の様に共に育ち、共に歩んだ道。
誰それが割り込める隙間など最初から無い絆。

自分の想いは、きっと男女のそれとは違う。
巴を美しいと思う。
素晴らしい人だと思う。
それは紛れもないこと。

しかし、それ以上に六郎を惹き付けて止まないのは義仲その人。
そんな男と同等に肩を並べて戦える巴を、心から敬愛する。
そして同時に羨ましい。とも思う。

ふと、巴衣に想い人がいないのかが気になった。
口にしてから、自分は、なぜこんな事を問いてしまったのかと思う。

その答えは巴衣から聞くことは無かったが。
六郎は、何となく。
それで良かった様な気がした。


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