【完結】残響ー名もなき侍ー

MIA

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六郎が剣道部に入部してから幾日かたったある日のこと。
明が熱を出した。

「あきら殿ぉぉっ!気をしっかり持たれいぃ!」

高熱でぐったりとする明を強引に揺さぶる六郎。

「ちょ…、六郎。ちょっと…。やめ…」

いつもの明ではない。
これは六郎にとっては由々しき事態。

(あきら殿は一体どうしたというのだ。こんなに弱りきって、よもや、死…。)

「駄目でござる!あきら殿ぉぉぉ!!!」

再び大きく揺さぶる。
益々ぐたりとする明の姿に気が動転する。
原因は言うまでもなく六郎なのだが。

「六郎。お願い。ちょっと落ち着いて。一回離して。今、姫呼んであるから…。」

(そうか!姫がおられるではないか!!)

六郎は勢いよく明を放り出すと、玄関に駆け込み素早く正座した。

(偽巴ではどうにもならぬ。あやつは取り乱す。)

自分がまさに乱心状態だという自覚はない。
それは棚にあげ一人、うんうん。と納得しつつ、ひとまずは冷静さを取り戻す。
そうこうしているうちに、そっと玄関の扉が開く。

「明?大じょ…」

「姫ぇっ!!あきら殿が!あきら殿がぁぁ!!」

冷静さは見事に消し飛んだ。

「六郎、ちょっと。大丈夫だから。ほら、行くよ。」

姫乃の姿を確認した明は心底安心した顔を浮かべる。

「風邪でもひいた?熱はどう?」

てきぱきと周りを片付け、明の額に手を当てる。
買ってきた飲み物を渡し飲んだことを確認すると布団をかけ直す。
流石が姫乃である。そつがない。

「あー、多分風邪だな。朝方よりは熱も下がってると思うよ。」

明の弱々しい声を聞いて再び六郎が騒ぐ。

「姫、『かぜ』とは何でござるか?あきら殿はどうしたというのであろうか。」

「もう!少し静かにしてなさい。」

姫乃が一喝すると、即座に大人しくなる六郎。

「風邪っていうのは、いわゆる流行り病みたいなものよ。でも本来は安静に寝てれば自然治癒するものなの。だから六郎は落ち着いて、明がゆっくり休めるようにしてあげて?」

「…御意。」

六郎にしてみれば『流行り病』などと言われてしまえば気が気でない。
それこそ妖かしの類が引き起こすとまで言われている時代の人間なのだ。

しかし、姫乃に言われてしまっては黙るしかない。
六郎の懸念を察したのか姫之は続ける。

「大丈夫だから。昔は流行り病って聞くと物凄く怖いものだったかもしれないけどね。今は色んな薬が出ていて治すための方法は沢山あるのよ。…さ!明が元気になる為には食べてもらわなきゃ!ご飯作るわよ!」

姫乃の言葉が六郎の不安を拭っていく。

「お手伝いいたします、姫。」



普段から何でも余裕のある姫乃であったが、どうやら料理は違うようだ。
こちらも別の意味で、いつもの姫乃ではなかった。
一言でいうなら、酷い。

不器用すぎる。それはもう目も当てられないほどに。

米を研げば水と一緒に流してしまうし、塩と甘味を間違えるし、卵にいたっては全部殻入りだ。
極めつけは、栄養だから。と、わけのわからない食材をどんどんぶち込み出す始末。

「…姫。これは…。何でござろうか?」

出来上がったものは、六郎がこれまで生きてきて見たこともないものだった。

(何と、禍々しい。戦場では泥が付き何日も過ぎた握り飯を食うことは多々あったが…。拙者、これはちと…。)

「お粥じゃない。何よ、六郎だってお粥くらいは知ってるでしょ?まぁちょっと見た目はアレだけど。栄養満点なんだから。さぁ一口味見してみて。」

そう言うと有無も言わさず六郎の口へと運ぶ。
せっかく姫が作ったものだ。無下には出来ない。

口に入った瞬間、稲妻が落ちた。

(これは…、毒じゃ!!!止めねば。諫言せねば!)

「姫…」

「明ー。お粥だよ。ちゃんと食べなさいね。」

止める間もなく明の元へと運ばれた、それ。

(ま…まぁ。あきら殿はきっと何度も食っておるだ…)

「私の初めての手料理よ。嬉しい?」

姫乃の発言に六郎は顔から血の気が引くのを感じた。

「こんな形でお披露目か。今度ちゃんと作って貰わなきゃだな。」

すくった粥が口の中へと入っていく。

「あきら殿?ちょっと…」

「うん。うまい。」

(何?今『美味い』と申したか??)

六郎は耳を疑った。
自分の舌がおかしくなったのか。

姫乃は満足そうに頷く。

「じゃあ私は洗濯物してくるね!ちゃんと食べて寝てなよ?六郎は邪魔しないように!」

そう言って部屋を出るなり、明が小声で呼びかける。

「なぁ、六郎。これ味見した?」

「う…うむ。」

(やはり不味かったか。)

何となく姫乃の知ってはいけない一面を知ってしまったような気がして、ばつが悪い。

「俺、熱のせいか味わかんねぇ。ちゃんと味ついてるよな?」

…そういうことか。
六郎は納得する。

「しっかりついておる。」

(姫の名誉は守られたのう。)

そう言って笑い出す六郎を、明が怪訝そうに見つめる。

(これは、夫婦になった時が楽しみよ。)

それを思うと、六郎の胸は暖かくなった。
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