【完結】名もなき侍

MIA

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現代レッスン②

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「おぉ…!」

六郎は思わず大きな声を上げる。
その瞳は漫画の様にキラキラと輝く。
体が動かない様にと必死に耐えてはいるが、ソワソワしているのがわかる。
素直な男だ。

「すげぇだろ?『デパート』っていうんだ。ここには、食べ物。洋服。生活に必要な物が一通り揃ってるんだよ。」

「ふむ。『でぱぁと』。凄い所でございますなぁ。ここは本当に日の本か?見たことの無いものばかりじゃ。」

早く見て回りたくて仕方なさそうだ。
明は話もほどほどに、まずは手前の雑貨へと入っていく。
六郎に手招きをすると、喜んで後を追う。犬か。

店に入ると六郎は子どもの様にはしゃいだ。
グラスを手に取った時は慌てたが、姫乃が優しくフォローする。

これは何だ?これは何に使うのだ?
疑問は尽きない。
巴衣たちは、一つ一つそれに答えていく。

雑貨屋の次は洋服屋。
ここでも六郎の関心は止まらない。
スカートには少し憤慨していたが、Tシャツは何故か気に入っていた。
買い物がどのようなものか、それも教える。

明がTシャツを一枚買ってみる。
高校生には優しいお値段、つまりは安物だったが。六郎に渡すと物凄く喜んだ。何とあげ甲斐のある男だろう。

六郎は洋服屋を好んだ様子。
色んなものを手に取り、食い入るように眺める。
こうして見ると年相応の男の子。

不意にある一つのものに視線が止まる。
白いミサンガ。
何が気になるのか、六郎はそれを色んな角度から観察する。

「それ。気になるの?」

巴衣が横から覗き込む。
突然の声に体が跳ね上がる六郎。

「気配を感じられぬとは不覚!偽巴、お主、近いぞ!戦場なら斬られておる!…して、これは何だ?」

「あぁ。『ミサンガ』っていって手首とか足首に着けるのよ。幸運のお守りみたいなもんね。」

六郎は手にしたそれをじっと見つめる。

「幸運のお守り。この白い糸のような物を合わせた紐が。『みさんが』。うむ。響きが良いの。白は源氏の色じゃ。我らは戦の時に、白い旗を掲げて出陣致す。故にこの、みさんが。とても吉祥よ。」

白が源氏?巴衣は姫乃を見る。
姫乃は人差し指を顎に当てて記憶を探る。

「あぁ!紅白の由来!あれって確か、源平にちなんでるって言われてるのよ。合戦の時、赤が平家。白が源氏。と、それぞれの色旗を挙げるの。紅白合戦はそこからきてるみたいね。」

白い旗。源氏の旗。それは、源氏の色。
六郎にすれば色を一つとっても意味が違う。意味がある。
六郎といると世の中の見え方が変わる。
巴衣は歴史が嫌いだ。過去を振り返って何になると思っていた。
でも、今は過去を振り返っている。そして学んでいる。
少しだけ、歴史を知りたい。そう思えた。

考えに耽っていると、いつの間にか三人は本屋へと向かっている。
巴衣は慌てて後を追った。



「有難き幸せにございます。」

まるで光の効果音が鳴り響くかの如く、それはもう大仰に。片膝を付いて頭の上に、それを高く掲げて受け取る。

『かんたん!ひらがな&こくご事典』

姫乃が買い与えた本。

「姫より献上されました、この『じてん』なるもの。拙者、心して受け取り申す!」

六郎は放っておいて、明は一冊の本を持ってくる。

「これ。俺たち用に。やっぱ知っておくべきだと思って。」

そう言って明が購入したのは『木曽義仲』と書かれた自伝書籍だった。
確かに知るべき。義仲という男が何をなしえ、どんな一生を歩んでいったのか。
知りたいと思った。
六郎がこんなに惹かれている理由も。



そうこうして一日が過ぎる。あっという間だった。
楽しい。本当に心から思えた時間。
子どもの頃に感じていた、素直で純粋な感情。
六郎は自分たちに、それを思い出させてくれる。

一体、これからの毎日はどんなものになるのか。わくわくの連続だろう。
彼が帰ってしまう、その日まで…。

帰り際。
気付くと六郎は再びあのクレープ屋に並んでいた。
今度食べさせてやろう。
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