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居場所
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「どうやって来たのかわからない以上は、どうやって帰るかもわからないわね。」
姫乃が言い切る。
確かにその通りだ。私たちにはどうしようもない。
では、六郎をどうするか。
まさかこのまま野晒しにしておけない。
なんだか子犬を拾った心境だ。
「拙者は問題ない。兵糧(ヒョウロウ)もあるしな。…ほれ。」
懐から出した丸い塊。何それ。
「握り飯でござる!塩が効いていて美味…」
「待ちなさい。」
姫乃がすかさず止めに入る。
当然だ。どれだけ時を超えたおにぎりだろうか。
考えただけでも恐ろしい。なぜ躊躇いもなく食べようとするのだ。
「それ…。捨てた方が良いんじゃない?」
「愚か者がぁっ!!」
巴衣の発言に激怒する六郎。
「飯は貴重なのだ!しかも米であるぞ?!合戦中、何度この握り飯に救われた事か。主にはこの有り難さがわからぬと言うのか!!」
「何よ。あんた私にだけ当たり強くない?!
食べ物が大事で有り難いなんてわかってるわよ!でもあんたは時を超えてコッチに来てるわけ!一緒に来た食べ物に異変がないとは言えないでしょうが!!」
言い争いを始める二人を尻目に明はひとつ提案をする。
「六郎。俺の家に来い。俺は一人暮らしだし、やっぱ一人にさせておけねぇよ。元の時代に戻りたいだろ?皆で一緒に考えよう。」
途端に六郎の顔が鬼から子供へと変わる。
「あきら殿…。宜しいのですか?こんな見ず知らずの某を、家に上げるなどと。真に有難き幸せにござります。」
「その代わり、その握り飯はそこに置いておけよ?」
「かしこまり申した!」
六郎は手に持っていたおにぎりをその場に置くと、白い目で見ていた巴衣に付け加える。
「これは捨てているのではない!置いておるのだ!!」
フンッ。と鼻を鳴らす六郎。
本当ムカつく奴だ。
「さて。じゃあとりあえず、身の置所は決まったって事で。肝心の戻り方だな。現状ではサッパリな訳だけど、何か少しでもヒントがあればと思う。」
明がそう言うと、姫乃が変わって聞く。
「あの場に立っているとき。六郎は何を考えていたの?」
六郎は少し苦い顔をして、あのときの事を思い出す。
「戦は何日も続いた。あの日は、こちらに勝どきが上がった日であった。
我らにとって戦とは常なるもの。その日とて変わらぬ日であった。だが。なぜか浮かんだのじゃ。友の死を目の前にし、これで幾度目か。と。
今の世は戦がないと申したな。しかし拙者にはそれがわからぬ。戦って死ぬ。それが道理。
故に何故、あの日はそんな事を考えたのか。拙者にもわからぬ。今まで何度もあった事だが、それが幾度目かなどと考えた事などない。それから…。いや、とにかく。いつもなら考えぬことを考えていた。それだけでござる。」
「いつもとは違う事を考えていた…。」
姫乃は六郎の言葉を反芻する。しかし、具体的な解決策は見つかりそうも無かった。
六郎は続ける。
「平家が憎い。あやつらが『平家にあらずんば…』などと戯言を言うからじゃ。源の一族が虐げられ、滅ぼされる筋合いなぞどこにある。故に義仲殿が立ち上がられた。これ以上、平家の好きにはさせぬために。世を侵されぬように。正しく導かなくてはならぬ。
…して、今の世には争いが無いとな?それは源氏が平家に勝った。という事でござろうか?義仲殿はどうなり申した?」
巴衣に歴史はわからない。しかし、平家物語は何となく知っている。そして、源頼朝(ミナモトノ ヨリトモ)の名も。
だが、木曽義仲(キソ ヨシナカ)は良く知らない。
教科書の上をすべる様に、彼の人生は巴衣の頭には残っていなかった。
明と姫乃は知っている。
平家は源氏に滅ぼされる未来だということを。
そしてその先に待つ、源氏の、血で血を洗うような悲しい末路を。
親族同士の醜い争い、義仲の最後を…。
それは、言うべきではない。知るべきではない。
歴史は変えられない。変えてはいけない。
もっとも、結末を知ったところで抗いようはないだろう。
義仲は、血を分けた従兄弟である男に敗れる。
『源義経(ミナモトノ ヨシツネ)』。あの有名な『牛若丸(ウシワカマル)』。
彼によって殺される運命。
名前もない、いち侍に。その未来を変える力は無いだろう。
いたずらに先の事を知る必要などないのだ。
姫乃がそっと、諭すように言う。
「それは、私たちから聞くべき事では無いわ。六郎、あなたが自分で知るべき未来よ。」
六郎は姫乃を見据え、大きく頷く。
この男は本当に潔い。
侍という生き物は、みんなこうなのだろうか。
「よし。こう考えててもわからない。探り探りやってくしかねぇよ。ってことで、六郎。我が家にご招待するぜ。まずは現代を知って、今に少しでも馴染んでもらうぞ。」
「うむ。あきら殿。宜しくお頼み申す。」
縁あって繋がる過去。
孤独な六郎に居場所ができた。
「姫も巴衣も家に来てもらって良いか?この時代錯誤の侍をどうにかしなきゃなんねぇしな。」
そう言って笑う明の顔は、どこか楽しそうだった。
ずっと一人孤独な毎日を過ごしていた明にとっても、六郎との出会いは心が踊る出来事なのだろう。
もう一度、あの家に人が住む。
姫乃も巴衣も、そう思うと嬉しい気持ちになる。
いつか居なくなってしまうとしても、願わくば、明にもう一度『家族』という居場所を与えてくれたら良い…。
姫乃が言い切る。
確かにその通りだ。私たちにはどうしようもない。
では、六郎をどうするか。
まさかこのまま野晒しにしておけない。
なんだか子犬を拾った心境だ。
「拙者は問題ない。兵糧(ヒョウロウ)もあるしな。…ほれ。」
懐から出した丸い塊。何それ。
「握り飯でござる!塩が効いていて美味…」
「待ちなさい。」
姫乃がすかさず止めに入る。
当然だ。どれだけ時を超えたおにぎりだろうか。
考えただけでも恐ろしい。なぜ躊躇いもなく食べようとするのだ。
「それ…。捨てた方が良いんじゃない?」
「愚か者がぁっ!!」
巴衣の発言に激怒する六郎。
「飯は貴重なのだ!しかも米であるぞ?!合戦中、何度この握り飯に救われた事か。主にはこの有り難さがわからぬと言うのか!!」
「何よ。あんた私にだけ当たり強くない?!
食べ物が大事で有り難いなんてわかってるわよ!でもあんたは時を超えてコッチに来てるわけ!一緒に来た食べ物に異変がないとは言えないでしょうが!!」
言い争いを始める二人を尻目に明はひとつ提案をする。
「六郎。俺の家に来い。俺は一人暮らしだし、やっぱ一人にさせておけねぇよ。元の時代に戻りたいだろ?皆で一緒に考えよう。」
途端に六郎の顔が鬼から子供へと変わる。
「あきら殿…。宜しいのですか?こんな見ず知らずの某を、家に上げるなどと。真に有難き幸せにござります。」
「その代わり、その握り飯はそこに置いておけよ?」
「かしこまり申した!」
六郎は手に持っていたおにぎりをその場に置くと、白い目で見ていた巴衣に付け加える。
「これは捨てているのではない!置いておるのだ!!」
フンッ。と鼻を鳴らす六郎。
本当ムカつく奴だ。
「さて。じゃあとりあえず、身の置所は決まったって事で。肝心の戻り方だな。現状ではサッパリな訳だけど、何か少しでもヒントがあればと思う。」
明がそう言うと、姫乃が変わって聞く。
「あの場に立っているとき。六郎は何を考えていたの?」
六郎は少し苦い顔をして、あのときの事を思い出す。
「戦は何日も続いた。あの日は、こちらに勝どきが上がった日であった。
我らにとって戦とは常なるもの。その日とて変わらぬ日であった。だが。なぜか浮かんだのじゃ。友の死を目の前にし、これで幾度目か。と。
今の世は戦がないと申したな。しかし拙者にはそれがわからぬ。戦って死ぬ。それが道理。
故に何故、あの日はそんな事を考えたのか。拙者にもわからぬ。今まで何度もあった事だが、それが幾度目かなどと考えた事などない。それから…。いや、とにかく。いつもなら考えぬことを考えていた。それだけでござる。」
「いつもとは違う事を考えていた…。」
姫乃は六郎の言葉を反芻する。しかし、具体的な解決策は見つかりそうも無かった。
六郎は続ける。
「平家が憎い。あやつらが『平家にあらずんば…』などと戯言を言うからじゃ。源の一族が虐げられ、滅ぼされる筋合いなぞどこにある。故に義仲殿が立ち上がられた。これ以上、平家の好きにはさせぬために。世を侵されぬように。正しく導かなくてはならぬ。
…して、今の世には争いが無いとな?それは源氏が平家に勝った。という事でござろうか?義仲殿はどうなり申した?」
巴衣に歴史はわからない。しかし、平家物語は何となく知っている。そして、源頼朝(ミナモトノ ヨリトモ)の名も。
だが、木曽義仲(キソ ヨシナカ)は良く知らない。
教科書の上をすべる様に、彼の人生は巴衣の頭には残っていなかった。
明と姫乃は知っている。
平家は源氏に滅ぼされる未来だということを。
そしてその先に待つ、源氏の、血で血を洗うような悲しい末路を。
親族同士の醜い争い、義仲の最後を…。
それは、言うべきではない。知るべきではない。
歴史は変えられない。変えてはいけない。
もっとも、結末を知ったところで抗いようはないだろう。
義仲は、血を分けた従兄弟である男に敗れる。
『源義経(ミナモトノ ヨシツネ)』。あの有名な『牛若丸(ウシワカマル)』。
彼によって殺される運命。
名前もない、いち侍に。その未来を変える力は無いだろう。
いたずらに先の事を知る必要などないのだ。
姫乃がそっと、諭すように言う。
「それは、私たちから聞くべき事では無いわ。六郎、あなたが自分で知るべき未来よ。」
六郎は姫乃を見据え、大きく頷く。
この男は本当に潔い。
侍という生き物は、みんなこうなのだろうか。
「よし。こう考えててもわからない。探り探りやってくしかねぇよ。ってことで、六郎。我が家にご招待するぜ。まずは現代を知って、今に少しでも馴染んでもらうぞ。」
「うむ。あきら殿。宜しくお頼み申す。」
縁あって繋がる過去。
孤独な六郎に居場所ができた。
「姫も巴衣も家に来てもらって良いか?この時代錯誤の侍をどうにかしなきゃなんねぇしな。」
そう言って笑う明の顔は、どこか楽しそうだった。
ずっと一人孤独な毎日を過ごしていた明にとっても、六郎との出会いは心が踊る出来事なのだろう。
もう一度、あの家に人が住む。
姫乃も巴衣も、そう思うと嬉しい気持ちになる。
いつか居なくなってしまうとしても、願わくば、明にもう一度『家族』という居場所を与えてくれたら良い…。
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