【完結】名もなき侍

MIA

文字の大きさ
上 下
4 / 17

居場所

しおりを挟む
「どうやって来たのかわからない以上は、どうやって帰るかもわからないわね。」

姫乃が言い切る。
確かにその通りだ。私たちにはどうしようもない。
では、六郎をどうするか。
まさかこのまま野晒しにしておけない。
なんだか子犬を拾った心境だ。

「拙者は問題ない。兵糧(ヒョウロウ)もあるしな。…ほれ。」

懐から出した丸い塊。何それ。

「握り飯でござる!塩が効いていて美味…」

「待ちなさい。」

姫乃がすかさず止めに入る。
当然だ。どれだけ時を超えたおにぎりだろうか。
考えただけでも恐ろしい。なぜ躊躇いもなく食べようとするのだ。

「それ…。捨てた方が良いんじゃない?」

「愚か者がぁっ!!」

巴衣の発言に激怒する六郎。

「飯は貴重なのだ!しかも米であるぞ?!合戦中、何度この握り飯に救われた事か。主にはこの有り難さがわからぬと言うのか!!」

「何よ。あんた私にだけ当たり強くない?!
食べ物が大事で有り難いなんてわかってるわよ!でもあんたは時を超えてコッチに来てるわけ!一緒に来た食べ物に異変がないとは言えないでしょうが!!」

言い争いを始める二人を尻目に明はひとつ提案をする。

「六郎。俺の家に来い。俺は一人暮らしだし、やっぱ一人にさせておけねぇよ。元の時代に戻りたいだろ?皆で一緒に考えよう。」

途端に六郎の顔が鬼から子供へと変わる。

「あきら殿…。宜しいのですか?こんな見ず知らずの某を、家に上げるなどと。真に有難き幸せにござります。」

「その代わり、その握り飯はそこに置いておけよ?」

「かしこまり申した!」

六郎は手に持っていたおにぎりをその場に置くと、白い目で見ていた巴衣に付け加える。

「これは捨てているのではない!置いておるのだ!!」

フンッ。と鼻を鳴らす六郎。
本当ムカつく奴だ。

「さて。じゃあとりあえず、身の置所は決まったって事で。肝心の戻り方だな。現状ではサッパリな訳だけど、何か少しでもヒントがあればと思う。」

明がそう言うと、姫乃が変わって聞く。

「あの場に立っているとき。六郎は何を考えていたの?」

六郎は少し苦い顔をして、あのときの事を思い出す。

「戦は何日も続いた。あの日は、こちらに勝どきが上がった日であった。
我らにとって戦とは常なるもの。その日とて変わらぬ日であった。だが。なぜか浮かんだのじゃ。友の死を目の前にし、これで幾度目か。と。
今の世は戦がないと申したな。しかし拙者にはそれがわからぬ。戦って死ぬ。それが道理。
故に何故、あの日はそんな事を考えたのか。拙者にもわからぬ。今まで何度もあった事だが、それが幾度目かなどと考えた事などない。それから…。いや、とにかく。いつもなら考えぬことを考えていた。それだけでござる。」

「いつもとは違う事を考えていた…。」

姫乃は六郎の言葉を反芻する。しかし、具体的な解決策は見つかりそうも無かった。
六郎は続ける。

「平家が憎い。あやつらが『平家にあらずんば…』などと戯言を言うからじゃ。源の一族が虐げられ、滅ぼされる筋合いなぞどこにある。故に義仲殿が立ち上がられた。これ以上、平家の好きにはさせぬために。世を侵されぬように。正しく導かなくてはならぬ。
…して、今の世には争いが無いとな?それは源氏が平家に勝った。という事でござろうか?義仲殿はどうなり申した?」

巴衣に歴史はわからない。しかし、平家物語は何となく知っている。そして、源頼朝(ミナモトノ ヨリトモ)の名も。
だが、木曽義仲(キソ ヨシナカ)は良く知らない。
教科書の上をすべる様に、彼の人生は巴衣の頭には残っていなかった。

明と姫乃は知っている。
平家は源氏に滅ぼされる未来だということを。
そしてその先に待つ、源氏の、血で血を洗うような悲しい末路を。
親族同士の醜い争い、義仲の最後を…。

それは、言うべきではない。知るべきではない。
歴史は変えられない。変えてはいけない。
もっとも、結末を知ったところで抗いようはないだろう。

義仲は、血を分けた従兄弟である男に敗れる。
『源義経(ミナモトノ ヨシツネ)』。あの有名な『牛若丸(ウシワカマル)』。
彼によって殺される運命。

名前もない、いち侍に。その未来を変える力は無いだろう。
いたずらに先の事を知る必要などないのだ。

姫乃がそっと、諭すように言う。

「それは、私たちから聞くべき事では無いわ。六郎、あなたが自分で知るべき未来よ。」

六郎は姫乃を見据え、大きく頷く。
この男は本当に潔い。
侍という生き物は、みんなこうなのだろうか。

「よし。こう考えててもわからない。探り探りやってくしかねぇよ。ってことで、六郎。我が家にご招待するぜ。まずは現代を知って、今に少しでも馴染んでもらうぞ。」

「うむ。あきら殿。宜しくお頼み申す。」

縁あって繋がる過去。
孤独な六郎に居場所ができた。

「姫も巴衣も家に来てもらって良いか?この時代錯誤の侍をどうにかしなきゃなんねぇしな。」

そう言って笑う明の顔は、どこか楽しそうだった。
ずっと一人孤独な毎日を過ごしていた明にとっても、六郎との出会いは心が踊る出来事なのだろう。

もう一度、あの家に人が住む。

姫乃も巴衣も、そう思うと嬉しい気持ちになる。
いつか居なくなってしまうとしても、願わくば、明にもう一度『家族』という居場所を与えてくれたら良い…。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...