【完結】名もなき侍

MIA

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出会いの時

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あぁ。眠い。

小林巴衣(コバヤシ トモイ)はこっそり欠伸をする。
現在17歳。高校二年生になって数ヶ月。
巴衣は歴史の授業が大嫌いだった。

なぜに好き好んで昔を振り返る必要があるのか。
私たちは今を生きているのに。

源頼朝(ミナモトノ ヨリトモ)ねぇ。私には何が凄いのか、さっぱりだわ。

巴衣は窓の外を眺める。
雨が振りそうな、そんな午後だった。



退屈な授業が終わり放課後のチャイムが鳴る。巴衣の一番好きな時間がやってくる。
巴衣は親友の姫乃(ヒメノ)の元へと駆け寄る。

「姫!今日は遊んでよ。」

姫乃は苦笑いをこぼし廊下へと視線を送る。
つられて目を向けると、そこには幼なじみの明(アキラ)が立っていた。

「げ…。まさかデートとか?」

巴衣は露骨に嫌な顔をする。
明が近付いてきて巴衣の頭をポンと叩くと一言。

「そゆこと。悪ぃな。」

「姫ぇ…。明とばっか遊んでないで構ってよ。」

巴衣は心底面白くなかった。
親友と幼なじみが付き合い出してからというもの、私は蔑ろにされてやしないか。

「ごめんね。せめて途中までは一緒に帰ろうよ。」

あぁ。何で二人を会わせてしまったのか。姫乃を見たら、そりゃあ惚れる。
まさか明で良いなんて。

こいつのどこが良いのよ。顔も中身も良くて中の上くらいなのに。

巴衣は不貞腐れながらも頷く。
一緒に帰れるだけでも、まぁ良いか。

それにしても…。
本当、姫乃と遊んでいる場に明を誘うんじゃなかった。
大好きな親友を取られてしまったのは自分が招いた結果だ。

姫乃は可愛い。おまけに頭も良くて、性格も良い。まさに良い良い尽くしのパーフェクトガール。男が放っておかない。
そんな姫乃が明を選ぶとは、よりにもよって。
痛恨の一撃だった。
明なんて、赤ちゃんの頃から一緒に育ってきたが巴衣にとったら馬鹿な弟くらいの感覚である。

明は両親がいない。
高校に入ってすぐに事故によって亡くしてしまったのだ。隣のよしみで母が家に来るように言ったが、明は一人であの家に住むことを決めた。
バイトをしながらの一人暮らし。父と母がいた空間に独りで住むのは、きっと寂しい。
それを支えているのが姫乃だ。
そう思うと巴衣は少し納得する。

結局はどちらも大切な人である。
それと同時に、そこまで想い合える二人を羨ましい。とも思っていた。



「あれ。あんな所に人。やだ。不気味…。」

姫乃の視線の先には森。薄気味悪いので普段から人が寄り付くことはなかった場所だが。確かに人がいた。
しかし妙だ。

「ねぇ。あの人。鎧着てない?何で。」

そう。その人の服装。それはまるで戦国時代の武将そのものだった。

「俺、見てくる。何か様子が変だ。」

「やだ!危ないって!ちょっと、明!」

止める間もなく行ってしまった。巴衣は姫乃の様子を伺う。やはり不安そうな顔。
巴衣はひとつため息をつく。

「行ってみようか、姫。」

その人は男だった。
明の呼び掛けに反応が無く、ただ足元の一点をじっと見つめている。

「きっも…。姫、こいつヤバいって。あっち行こう。明も…」

「姫!?」

その場にいた三人の心臓が跳ね上がる。男は正気を取り戻したのか、いきなり大きな声をあげた。

男は気付く。ここはどこだ。
周りを見渡すと人がいる。しかし自分が知っている人とは何かが違う。

「ここは…。戦場ではない?主らは何者だ!」

突然話しかけてくる変な男。侍ごっこだろうか。怖い。
明は興味本位で応じる。

「ここは戦場じゃないよ。あんた、何やってんの?」

「よもや…。平家の者ではないであろうな?拙者を捕らえるか?先程『姫』と申したな!義仲殿のご正室ではあるまいな!!」

侍のような男は物凄い剣幕で問たてる。刀でも振り回しそうな勢いだ。
だが幸いな事に、ここには武器らしき物は無い。

「ま、まぁ落ち着けって!『ヘイケ』って何だよ。『ヨシナカ』って誰だよ。」

「友の亡骸が無い!!おのれ!どこにやった!!拙者の刀も無いではないか!曲者どもめ。殺すなら殺せば良い。拙者は義仲殿の事は何も語らぬぞ!」

駄目だ。まるで会話にならない。よほど取り乱しているのか。それとも頭が少しおかしいのか。
巴衣は男に聞こえないよう、姫乃に小さく耳打ちする。

「姫…」

「姫っ!!」

恐ろしいほどの地獄耳じゃないか。何故かやたらと姫のワードに反応するし、もう不審者としか思えない。
警戒心が高まり緊張の糸がピンと張る。
不意に男の視線が巴衣にロックオンしている事に気付く。
いや、気付きたくないので顔は見ないでおこう。

「巴…殿?」

「は?」

思わず顔を上げてしまう。途端に交わる視線。
巴衣は一瞬、強く胸を打つ何かを感じたが、それが何かはわからなかった。
男は相変わらず巴衣を見ている。

「な…何よ?」

「ご無事でございましたか。某がいらぬ心配。失礼仕る。」

「え?何?何て言ったの??」

「流石、巴殿でございますな。此度の戦も傷一つ無いとは。いやはや天晴でございます。はて?巴殿。そのお姿は一体…。甲冑はいかがした?そもそも…」

「はいはいストップ!」

ずっとやり取りを見ていた明が止めに入る。
男はようやく明を見る。どうやら少しは落ち着いたか。

「すとっぷ??おのれ…貴様は何者だ!」

落ち着く訳が無かった。
男は演技をしているとは思えない。何だこの状況は。これじゃまるでタイムリープものの世界じゃないか。有り得ない。

「まぁまぁ。一回落ち着けって。な?」

明は今度こそ有無を言わさない圧力で言葉を放つ。男も流石に怯む。やっと大人しくなった。
明はその様子を見て頷くと静かに話し始めた。

「俺は明って言うんだ。佐野明(サノ アキラ)。あんたが言う『ヘイケ』ってのが何なのかわかんねぇけど、あんたは何ていうんだ?名前、わかるか?」

男は冷静になると案外礼儀正しかった。
明に一礼すると語り出す。

「失礼仕った。あきら殿と申したな。巴殿と一緒に居られるという事は、お味方と捉えまする。『さの』とは拙者は知らぬが…、某のような末端の武士には預かり知らぬところでございますな。
拙者は六郎(ロクロウ)と申します。六男故に六郎。立派な名前が無くお恥ずかしい。して、姫とは…。」

六郎と名乗った男は視線を姫乃に移す。

「この人は姫乃。青海姫乃(アオミ ヒメノ)だ。姫って呼んでる。」

「なるほど。義仲殿の奥方ではないな。失礼ながら巴殿よりも美しい。」

おい。今私を見た。絶対に。

「あんたの知ってる姫ではないな。それから、こいつも巴(トモエ)じゃない。巴衣(トモイ)だ。」

六郎はじっと見つめる。そして顔を反らし、姫に向き合う。

「そうであったか。では、どこぞの武家の姫君にございますな。巴殿も拙者の知る巴殿ではないと。」

「だから、巴衣だってば。」

「黙れぃ、偽物がぁ!」

いきなり怒る。
巴じゃないと知るや否やこの態度の変化。
巴衣にとってはただの嫌な奴である。

「まぁまぁ、顔が似てるだけで別人なんだって。」

明が宥めると、六郎はこれみよがしに巴を見ながら話し出す。

「確かに。言われてみればお主には品が無い。それに体も貧弱そうじゃ。巴殿はもっと凛としておられる。そうよのぅ。睨まれれば男の玉も縮み上がる程の覇気がある。」

こいつは喧嘩を売っているのだろうか。
そもそも、その巴なる人物も。こんな褒められ方は女として嬉しくないだろうが。

「貧弱で悪かったわね!」

少し不貞腐れてそっぽを向くと笑い声が届く。
横目で見ると六郎が楽しそうに笑っていた。

何だ。笑顔は悪くないじゃないか。
情緒が不安定なのは気になるが。

巴衣は六郎に問う。

「で。あんたは一体何者なの?『タイラ』って何?」

「主らは『平清盛(タイラノ キヨモリ)』を知らぬのか?ではやはり、源氏狩りではありませぬな。某の方が聞きたい。ここは一体どこである?」

平清盛…。平清盛?
え?あの平清盛?!

三人は顔を見合わせる。六郎は一人間抜けな顔をしている。
どうやら漫画のような出来事が起きてしまったようだ。
巴衣たちは出会ってしまった。

過去から来た、一人の侍と…。
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