【完結】親

MIA

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〈娘side・4〉

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父が…。
自分を誘拐していた…。

父がいなくなって一ヶ月。
愛奈は施設にいた。



あの日、あの後。
一人残された不安で心が押し潰されそうだった。
父からのメモを開く。

愛奈は藁にもすがる思いで、そこに記された番号へと電話をした。
すると、すぐに駆け付けてやって来たのは一人の弁護士。

生田蒼士〈イクタ ソウシ〉。
そう名乗った男は、愛奈からの話を一通り聞くと、そうですか。と神妙に囁いた。
そして、おもむろに鞄から紙の束を取り出す。
全て父から預かっていた。ものらしい。

愛奈はその紙の束を、ひとつひとつ手に取る。

施設の資料。
高校のパンフレット。
料理のレシピや家事のメモ書きまである。

(こうなることが…わかっていたんだ。)

きっと、父が時間をかけて調べたのであろう。
資料には所々、付箋が貼られていた。
パンフレットは何度も何度も読みこんだのであろう跡が残っている。

下手くそな絵と文字で、丁寧に書き込まれた料理のレシピ。
わかりやすく、まとめられた家事についてのメモ。

どれも、父がこの日のために用意していたことが明確だった。
愛奈がこの先、一人でも生きていけるように。
そこには、そんな思いがこもっていた。

蒼士がそっと声をかける。

「これからは、私が。聡さんの弁護を、そして、あなたの今後をサポートさせていただきます。」

改めて頭を下げると、鞄から一つの封筒を取り出す。

「聡さんから、あなたに。」

中に入っていたのは通帳と印鑑。
記されていた金額を見て驚く。
いつの間に、こんなに貯めていたのか。
これも、全てこの日の為だったというのか。

(だから寝る間もなく毎日働き続けていたんだ。)

蒼士が話を続ける。

「全部、あなたへ。とのことです。名義は聡さんになっていますが、これはあなたの財産だと思ってください。未成年のうちは、私が管理させていただきますが…、それでもよろしいでしょうか?」

よろしい、も何も。
愛奈にはどうすることもできなかったし、どうして良いかもわからない。
ただ。
父が選んだ人だ。
きっと大丈夫だろうと思えた。

確信なんて何もないはずなのに。
愛奈はこうなっても尚、父を信じている。

それから蒼士と共に施設を決め、今後のことも話し合った。
が、愛奈はその時のことをほとんど覚えていない。
何せ、事態は急すぎた。



父はあれから、罪を認め、逮捕された。

そして。
知らされた自分の過去。
本当の両親が、まさか、あの殺人犯たちだったとは…。

連日のようにテレビで流れてくる、この事件。
追い回してくるマスコミや、様々な人からの好奇な視線から逃げるように。
愛奈は施設へとやってきた。

誰よりも頭が、心が、破裂しそうなのは当人である愛奈である。
たった14歳の少女に、この現実はあまりにも重すぎた。

藤堂リルカ。
愛奈の、本当の名前。

しかし、愛奈は施設にも蒼士にも『リルカ』の名前を使わないで欲しいと頼んだ。
どうしてもその本名を受け入れられなかった。

15歳になれば名前を変えられると、蒼士が教えてくれる。
愛奈はそうするつもりだ。

やらなくてはいけないことは沢山あるのに。
愛奈の心と体は、それについていかない。

父に会いたい。
だが、面会に応じてくれることはなかった。



愛奈が本当の母親に会うことを決めたのは、蒼士の話がきっかけだった。

「藤堂夫妻が今回の事件を起こした理由に、十三年前の誘拐事件を主張しています。要するに、あなたを奪われた事が原因で心身を病んだ…。と。それから、あなたに会いたい。と。」

反吐が出るかと思った。
真っ先に浮かんだ言葉。
嘘だ。

殺されたあの子は。
十三年前の自分だ。
愛奈はそう思ってやまない。

だから、確かめようと思った。
自分がちゃんと、愛されていたのか。
それを知りたい。
そう思った。

本当に父だけが悪いのか。

そして、ついに。
母親のあずさに会いに行く時がきた。
考えてもわからない数々の疑問。
一つでも何か答えがわかるだろうか。

蒼士が迎えに来る。
愛奈は口癖のように尋ねる。

「父は…。」

蒼士は頭を振る。

あれから。
父は依然、黙秘を続けていた。



初めて会った『母親』は、愛奈を見るなり大泣きをした。

「ルルカちゃん!!!会いたかった!本当に無事で良かった!」

愛奈はその白々しさに、初っ端から辟易する。

「ルルカちゃんがいなくなって、ママは凄く凄く大変だったのよ?それにしても、大きくなって…。あなたがいない毎日はどれほど不安だったか。」

これ以上この寸劇に付き合う気はない。
愛奈は単刀直入に聞く。

「ひとつ。聞きたいの。私がいなくなって…、探してくれた?」

あずさの目が微かに泳ぐ。
そして大げさに泣き叫ぶ。

「当たり前じゃない!寝ないで何日も何日も探したわよ!!」

どうしてこの女は、こうも全てが嘘臭いのだろうか。

「それじゃあ。どうして警察に行かなかったの?」

これは蒼士から聞いている。
過去に、二人の元から行方不明の捜索依頼は出されていない。

あずさが明らかに動揺を示す。

「それは…。ほら。警察にご迷惑かけちゃうなぁ。と思って…。」

「あなたたちが殺した子は、テレビにまで呼びかけていたのに?」

愛奈は淡々と質問する。
あずさは突然金切り声をあげた。

「何よ!!!悪いのは全部あの男じゃない!ルルカちゃんを連れて行くから!ママはおかしくなったの!あんたまさか。あの気持ち悪いロリコン男に何かされたんじゃないの?!」

思わず愛奈の声も大きくなる。

「『あの男』でも『ロリコン男』でもない!!私には『お父さん』だった!少なくとも…。」

冷静さを取り戻し、声のボリュームを落とす。
真っ直ぐに見つめ返し、絞り出すように言葉を放つ。

「私の名前を間違えたりなんかしなかった。一度もね。」

あずさはハッとした顔をしたかと思えば、気まずそうな表情を浮かべる。

「あぁ…。それは、あまりに会えなかったから、ついつい…よ?ごめんなさいね、リルカちゃん。」

「その名前で呼ばないで。私は愛奈。リルカでもないし、ルルカでもない。」

あずさは一瞬、愛奈を睨み付けるとすぐさま嘘臭い笑みを貼り付けた。
猫なで声で呼びかける。

「だからぁ。ごめんってば。そんなに怒らないでよ。ふて腐れないでぇ。」

愛奈は黙って席を立つと、近くの警察官に声をかけた。

「もう、いいです。」

あずさは慌てる。

「ちょっ…、待ってよ!ね!ママは悪くないってわかったでしょ??あなたを愛してるって伝わったわよね?!裁判になったら、リルカちゃんが証言して欲しいのよ!ママは悪くないって!ね!お願いよ?!絶対よ?!」

耳障りな声を遮り部屋を出る。

(自分の保身のために私を呼んだってわけね。わかったよ。あの人に、愛なんて微塵もなかったんだ。)

自分があの二人の元にいたら、どうなっていたのか。
父は、誘拐の理由を話さない。
たまたま。だと証言しているらしい。

(教えてよ、お父さん。たまたま。なんて訳ないじゃない。)

崩れ落ちそうになる心と体を必死に支え。
今を何とか生きているのだから…。
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